異世界実況
俺の名はタカシという。苗字はまだない。
いやウソだ。本当はある、もちろん。しかし今はあまり意味がないのだ。年は22才、社会人一年目、会社は…、いやこれも意味がないだろう。なぜなら、俺は今、異世界にいるからである。
異世界に飛ばされる…まあ、今時珍しい話でもない。ネットとか見ればいくらでも転がっている話だ。どうして転移したのか?転移先の世界は?そのへんもありきたりだ、たぶん。転移先での言葉や文字は?そういうのは聞くだけ野暮ってものだ。
まあ、ざっくり説明しておくと、家でリモート会議の準備をしてたら、何か設定間違いをしたらしく、知らないルームに繋がったと思ったら突然転移していたという、なんとも今風な感じだ。転移先の世界も、中世ヨーロッパ風で、剣と魔法でわちゃわちゃするような、かなりベタなパターン…だと思う。
なぜ「だと思う」なのかと言うと、なぜなら、俺は今、この異世界で隔離されているからである。
この世界へ転移した直後、床に魔法陣の描かれた部屋で、白衣を着て、顔に鳥のくちばしみたいなものを付けた者に囲まれて、有無を言わさず告げられたのだ。
「別の世界から転移してきた方は、衛生・防疫面の関係で一か月の間、隔離させていただきます」
何というか、ご時世なのだろう。どこの世界も同じような事をしてるようだ。確かに理にはかなっている。今までの異世界物に描かれて無かったのが不思議なくらいだ。まあ、さすがに一か月とはびっくりだが。
その後、隔離宣言されるとそのまま病院らしき建物に連れてこられ、そこの一室に閉じ込められてしまった。室内は病院というより、洋風の宿屋のような造りで、まあまあ清潔なワンルームに、ベット、バス、トイレ付といったところだ。食事は簡単だが、三食温かいものが提供される。また、1日1時間だけ、日光浴を兼ね、外での運動が許されている。
部屋に閉じ込められて五日がたち、隔離生活には慣れたというか、あきらめがついたという感じだが、外に出られないせいで、こちらの世界のことは今一よくわからない。そんな俺にとって、唯一の情報源であり、娯楽でもあるのがこれ。
【マジックアイテム:グリモワール】
隔離初日、部屋のベッドの上に置かれていた。見た目はブレスレットの形をしており、表面には複雑な模様が描かれ、手首に装着して使うものだ。
「グリモワール!」
この呪文を唱えると、“本”の形をしたものが目の前に現れる仕組みだ。どこかで見た覚えのある人もいるかもしれないが、あまり気にしないでほしい。
その実体化した本は、付属されたペンで文字や絵を書くことはもちろん、ページをめくっていくと、通信機能やカメラ機能、ゲーム機能、動画閲覧機能などのページがある多機能な作りになっている。まあ、ぶっちゃけスマホだ、というかタブレットと言うべきか。
また手首のブレスレットで体温や脈拍などの基本的な健康情報も確認ができ、俺はこのグリモワールを使って一日二回「王国衛生保健局」という所に健康情報を送ることが義務付けられている。
さらにこのグリモワールは「グリモワール」と唱えなくても、機能を指定することで、直接特定のページを開くことが可能だ。例えば、
「カメラ!」
と唱えれば、カメラ機能のページが開き、すぐに写真や動画の撮影ができる。そして、俺が一番多く唱えるのがこれ、
「ヨウツベ!」
どこかで聞いたような名だが、気にしない気にしない。これを唱えると動画閲覧のページが開かれ、こちらの世界の人が撮影、編集した様々な動画を見ることができる。俺はこの膨大にストックされた動画を見ながら、こちらの世界での生活ぶりや社会情勢などの知識を仕入れつつ、暇をつぶし、毎日を過ごしているのだ。
ちなみに今、画面に表示された動画の内容を見てみると
→あなたへのおすすめ
・異世界からこられた方へー王国移民局
・王国の習慣とルールー王国執政局
・風光明媚な王国景勝地のご案内—王国観光局
・王国からの支援金の給付について—王国福祉局
など、あまり面白そうなものはない。
その下を見ると
→最近アップロードされた動画
・実況者オシマン、獣人メイクやってみた!
・コジック、アタリだったマジックアイテム10選!
・ハヤヤのダンジョン攻略、うまいポイントの見つけ方!
・実況アイドル・ラメちゃん、雷魔法誤爆ついての謝罪
・ペット魔獣モロマル、初めての獣医でご機嫌ナナメ!
こちらは、なかなか気になるラインナップが揃っている。
先日まであった「急上昇」というメニューが見当たらない…仕方がないので「最近アップロードされた動画」をさらにスクロールして見ていく。
どうやら最近、この国で新たなダンジョンが発見されたらしく、そのダンジョンにまつわる動画が多くアップされてるようだ。その中の一本、
『新米トレジャーハンター:ケンケンのデシブ・ダンジョン潜入!』
これを見てみよう。なぜなら俺は”ハンター”と言う言葉に弱いからだ。”ハンター”と言う言葉に。大事なことなので二回言いました。
まあそれはいいとして、俺は再生ボタンをクリックした。
—《ここからケンケン視点》—
僕は今、最近発見された「デシブ・ダンジョン」の入口前に来ている。まずはここから実況用の動画撮影を始めようと思う。入口をバックにして、買ったばかりの小型カメラをセットし、グリモワールの録画ボタンを押した。
『はいどうも、トレジャーハンターのケンケンです!ここからは、ケンケン目線で、今注目のデシブ・ダンジョンを紹介していこうと思います!』
ちなみに使っている小型カメラは、
【マジックアイテム:ミラーアイ】
これは目玉の形をした小型カメラで、グリモワールのカメラと連動し、ミラーアイで撮ったものを、グリモワールに保存することができる。両側に小さな羽がついており、三脚なしで空中に固定が可能。さらに、手ブレ・風ブレ補正、自動追尾もついた優れモノだ。自撮り実況者のマストアイテムといえる。
…それにしても、まさが自分がトレジャーハンターになり、その様子を実況することになるとは思ってもみなかった。
もともと王国の騎士だった僕。しかし1週間前にクビになった、リストラだ。だが半年前に結婚して、妻のエリザを幸せにすると誓ったばかりの身。どうにかせねばと思っている所に、この新たに発見されたダンジョンのニュースを聞き、ここに賭けてみることにした。ただ、トレジャーハンティングだけでは経済的に不安なので副業で実況も始めたのだった…
『では、早速ダンジョンに潜入していきましょう!ただ、恥ずかしながら、私、駆け出しの新米トレジャーハンターです。一人では不安なので今回助っ人をお願いしました。紹介します、ポーターのロハスさんです!』
僕は、拍手をしながらロハスを呼び寄せ、二人でカメラに収まる。ロハスはエルフの男で、ダンジョンのポーターである。ポーターとはダンジョンの案内人だ。さらにポーターは通常【マジックアイテム:大風呂敷】を持っているので、大量のお宝を発見した時など、荷物持ちとしても重宝する。
横に並んだロハスの見た目は50過ぎのおじさんだ。エルフでおじさんに見えるって相当なものだ。だいたい100歳、150歳でもシュッとして見えるのがエルフなのだから。それだけベテランなのだろうと判断し、今回雇うことにしたのだ。
『ロハスさん、一言お願いします!』
『…』
何かもごもご言ってるが、よく聞き取れない。仕方がないので、字幕で「お任せください!」とでも入れておこう。しかしこの人、いやこのエルフ、大丈夫なんだろうな。
僕はロハスと一緒にダンジョンの入口へ向かう。入口といっても普通の洞窟の入口と変わらない。その横穴のような入口に足を踏み入れた。後ろを振り向くと、ちゃんと、ミラーアイが5メートルの距離で僕について来て、撮影してるのが確認できた。しかし、ちょっと暗いな…僕はポケットからあるものを取り出した。
【マジックアイテム:風船ライト】
これはしぼんだ風船の形をしていて、息を吹き込むとふくらみ、さらに明かりが灯り、ふわりと空中をただよう。そのまま息を吹き込んだ者の近くを自動追尾してくれる照明器具だ。これで視界も良好、先を急ごう。
そのまま下りのデコボコした道を500メートルほど進むと分かれ道に出た。僕はロハスにどっちに進むのかを聞いた。
「…」
また、もごもご言ってて聞き取れない。聞き取れなかったが、口の動きで何言ってるかはわかった。
「わからん」
彼の口は、確かにそう言っていた。僕は改めて聞いてみた。
「ひょっとして、ここ来るのは初めてなのか?」
「…」
よくよく聞いてみると…驚いたことに、彼はここに来ることも初めてなら、ポーターの仕事をすること自体が、今日初めてとのことだった。
1週間前に「王国林野局」を定年退職し、ポーターを始めたらしく、ダンジョンを歩くことが健康にいいと思った。などと、いらない情報まで教えてくれた。まったく、とんだ大風呂敷なアクティブシニアだ。
しかし困った…彼から聞かされた驚愕の事実に、呆然と立ち尽くす僕。そんな僕を5メートルの距離から撮影しているミラーアイ。
—こういう撮れ高はいらないのだが…
僕は心の中でそっと呟いた。
これ以上、このエルフに頼っていても仕方がない。僕は、何かの本で読んだ“左回りの法則”を思い出し、その裏をかいて右の道を選んで進んだ。
その後も何度か分かれ道があり、その度に右の道を選んで進む。やがて下に降りる階段が見えてきた。その階段を降りて道を進み、また階段を降りては道を進む。ひたすらこれを繰り返し、3時間ほどたっただろうか、ようやく最深部らしき所に着いたようだ。
そうしてたどり着いた先は…行き止まりだった。
目の前に大きな石のブロックを積み重ねたような壁が立ちはだかっている。右も左も、上も下も、どこにも先に道はなかった。
絶望に打ちひしがれて下を向く僕。そんな僕を5メートルの距離から撮影しているミラーアイ。
—こういう撮れ高は…ありかもしれない
僕は心の中でそっと呟いた。
そんなあざとい考えの僕の足元で、影が揺れていた。僕の影だ。いや実際揺れていたのは僕の影ではなく、風船ライトが揺れていたのだ。
—風!
風にあおられ、風船ライトは揺れていたのだ。どこからか風が吹いている。僕は石のブロックを丁寧に調べ、そのすき間を見つけた。力を込めて押すとわずかに動くようだ。隣でボーっと見ているロハスにも手伝わせ、さらにブロックを押す。
やがてブロックを壁の後ろに落とし、人が通れるほどのすき間ができた。体を無理やりねじ込みすき間を抜けると大きな部屋に出た。
部屋に入り、中を見渡すと中央に宝の箱らしきものが見えた。その発見に、一気に興奮が高まる。そしてその一方で、僕は自分の役割も思い出した。
『みなさん!我々は何かを見つけました、これは一体…』
その実況を入れたことで少し冷静になれた。そして思った。
—こんなにわかりやすくていいのだろうか?
新米トレジャーハンターの僕でも不安になるレベルだ。改めて冷静に周囲を見渡す。すると、部屋の天井、宝の箱の上あたりに、小さな穴がいくつか空いているのを見つけた。このまま宝箱へ近づくと、上から槍が降ってくるとか、檻が落ちてくるとか、そんな仕掛けだろうか。
見え見えの罠ではあるが、逆に少し安心した。逆に。
あの箱の中身は、罠を張るだけの“価値があるもの”なのかもしれない、そう思ったからだ。
僕は後ろを振り向いた。大丈夫、ミラーアイはきちんと5メートルの距離から撮影を続けている。
—ここからガチの撮れ高だからな!
僕は心の中で気合を入れると、リュックの中から、あるものを取り出した。
【マジックアイテム:マジックハンド】
このアイテムは…たぶん説明はいらないだろう。よくある“びよーん”って伸びるやつだ。そして僕は、罠の圏外から、マジックハンドを慎重にあやつり、その手を宝箱へ近づけていった…
—《ここまでケンケン視点》—
ここで画面はストップした。そして、ナレーションが入る。
『今回は、ここまで!次回“宝箱の正体”に、ご期待ください。気になる方は、チャンネル登録よろしくお願いします!』
—まじか!
悔しいがめっちゃ気になる。仕方なく?俺はチャンネル登録を済ませる。
しかし、新米トレジャーハンターのくせに、やるなー。笑いあり、絶望あり、そして最後のドキドキまで。この世界の実況者、侮れん…。
まあとりあえず、しばらくは退屈せずに過ごせそうだな。そんなことを思いながら、俺はヨウツベで新たな動画の物色を始めるのであった。
2022年2月note掲載作を加筆修正