プロローグ
教えてあげよう。
まず君は人間じゃない。
人間の形をした霊魂。つまり幽霊だ。
きみはしんだ。でもこの世には死後があった。
輪廻転生で君はこれから何かにはなるだろう。
それを選ぶ事はできない。
さあ瞼を開けてご覧。
新しい世界だ。
パチリと開く。
車内。鈍行でゆったり動く車窓。
汚れと汗が染み付いた長いシート。
シートに座る客。
一車両4人しかいない。
田舎の緑溢れる風景が車窓を流れている。
「えーまもなくー」
ぱちくり。
俺は全身をくまなくタッチして、何がないか探す。俺の身体はばっちりある。
「六畳峠です六畳峠です。おおりの方は」
俺が起き上がると散らばっていた車内の目線が一斉に集まる。
彼らはすぐに視線を逸らすも、またチラチラみている。
だが俺には他人の視線より気になる事があった。
左ポケットを探り、財布の中身をだした。
「10円……いやそこじゃない」
所持金がただ事じゃない問題をスルーして、右を探り目薬と携帯が出てきた。
「降りるかあ」
手前に座る爺さんがのんびりぼやく。
俺は携帯を一度だけ試しに点灯し、ロック画面が出て時間を確認したところでもう一度しまい、電車(鈍行)を降りた。
○年○月○日。
俺は転生した。
正確には転生したが、何が起きているかわからないでそのまま17年惰性で過ごした。
なんてことのない小学校生活。
あっという間の中学義務教育。
見飽きた街並みと、通い慣れた本屋。
行きつけのファミレスに、生活圏の顔馴染み。あまり遠出はしない。
高校は無難に公立に通い、2年目の今。
彼女らしき彼女のような何かはできた。
表情がコロコロ変わる伏野兎という女子だ。
一学年下で、いわゆる後輩キャラである。
「先輩! 今日もカラオケ行きましょうよ! カラオケの後はビリヤード行って駅前でお茶して、ディナーは市内の展望レストランで! お金は出してくれていいですよ?」
話し方から風貌から何から彼女は後輩だ。どこぞの美少女ゲームから飛び出してきたような後輩キャラで、彼女ではない。正式なお付き合いは申し込んでない。気付いたらよく遊ぶ関係になっていただけ。
でもいつ間にか彼女を自称していた。
中学の時からだからもうかれこれ3年だ。
17年歳。高校二年生。遊びたい盛り。バイトは週一でコンビニ。友達はまあまあ。彼女?のような存在と、家には猫。まあいいんじゃないかこれで、と思っていた。
そんな時、俺に雷が落ちた。比喩だ。
俺は俺が転生してきたことに気付く。
気付くなんて生易しいものじゃない。
突然稲光。
頭に電流が走ったように死ぬ前の全てをまざまざと思い出した。
「なに……まじかよ」
すり足でリビングソファーから自室に戻り、記憶が戻った副作用なのかすごい頭痛がした。
「いてえ」
そのままうつ伏せに床に突っ込んだ。
頭の痛みも他所に何が起きたのか、冷静に分析した。そして今までの17年間の違和感に気づく。
俺を取り巻く環境の違和感。
俺には当時超がつく美少女がクラスメイトで隣の席にいた。
中学一年の時のクラスで名前は忘れた。
彼女を取り巻く環境はまるで美少女ゲームの主要メンバーの集まりのようで、そしてまあ近づけなかった。
何故か知らないが近づいたり、話しかけようとすると、汗が吹き出し、手足が痙攣し、過呼吸になるのだ。
これ以上近づくとやばい。そんな気がしても、俺は過去に一度だけ彼女やその主要メンバーに近づき、話しかけたことがある。
「ごめん。また後でね」
ケムに巻かれた1時間後、俺はトラックに轢かれた。全治二ヶ月で、見舞いに来てくれたのが今の自称彼女、伏野兎というわけだ。
「先輩。会って間も無くでこんな事を言うのもなんですけど、気をつけてくださいね。人間には分不相応があります。あの人達は貴方には不向きです。私が看病しますから、それで我慢して下さい」
俺は何が起きているのか当時はわからず、気づけば流されるままに惰性で生きてしまいしかし、気付いたのだ。
「おかしい」
動くもの全ての人に違和感はない。しかし何か、何かがおかしい。そう思い、夜の公園で一人誰に言われたわけでもなく一人張り込む日々をしていた。何かが起きる気がして。
何かが来る、気がして。
そうしたら、伏野兎がきた。
「もう気付いてますよね。そうです。ここはいわゆる貴方が死ぬ前にプレイしていた鬱ゲーの世界で貴方は前の世界で自殺した。その転生者なんです」
「お前はだれなんだよ!?」
「私ですが。私はただの後輩キャラですよ。貴方のいく先々に現れて貴方がアレと関わろうとするのを未然に防ぎ、貴方がこの世界の誰かを好きになる、または干渉して世界を壊すのを防ぎ、貴方がアレ、主要メンバーに告白したり、仲間になろうとする前に抑止する貴方の可愛い後輩キャラです。そういう設定なんですよ。私。詳しくは私にもよくわかりません」
表情に困っておい、の、お、とだけ発した。
「ま、要するにバグなんですよ貴方は。この世界のバグ。世界の何かしらの核に触れようとすれば、警告が入るし、最悪死にます。前の事故のように。人には深く関われないし彼女などもっての他。でもそれじゃあまりに可哀想だから私が来ました。貴方は空気。空気です。空気のように生きて空気のようにしんでください」
「おい」
「空気じゃ可哀想だから幽霊ですかね。幽霊男。幽霊さん。福木陸ってお名前は呼びずらいので二人の時は幽霊にしましょう。以後よろしくお願いします。この世界のお目付役として立派にお役目果たさせていただきます。私もよくわかりませんが、そういう設定なんです」
「は」
「ま、戸惑うのも無理ないっすよね。妄言も程々にしろってね。百聞は一見にしかず。まずは確認されてみては?」
言われて外に出て、まず目に入ってきたのはファストフードの看板だ。
マックドネイルは生活圏で自宅からも公園からも徒歩1分にある。
その看板やこの社名は、確かにゲームのものだ。リアル名詞のアナグラム。
そして死ぬ直前までここでヒロインの一人夜朝を攻略していたからよく覚えている。
その後に急遽彼女が放った言葉。
【お前が死ねば世界中が歓喜するよwwwww】
にゲームキャラのジョークながら何故か現実の自分と照らし合わせて、死にたくなったのはよく覚えている。
次に回ったのは登下校の風景だった。
クリソツだし、なんならゲームより遥かにリアルだった。
学校につくといつもと同じ面々なのに、言われてみると初めて気付いた。
ゲームのモブだと。
顔の造形が主要メンバー他、台詞があったキャラ以外は皆なんとなくどことなく、微妙に雑なのだ。
歩いてると、いつのまにか背後を着いてきていた伏野兎。
彼女は言った。
「この世界はね、今最後の方。ラストシーンなんだよ。主人公君が幼馴染に告白する、タイミングよくその前に死んじゃってね、七月一日から八月の終わりまでを繰り返してるんだよね。ね、貴方ならどうする? これ続ける? 止めても何が起きるかはわからない。でも」
そう言ってトントンとスキップし、自由にはなるんじゃないかな。私も貴方も。
言ってまた振り返る。
「今ねバグってるんだよ。お話が」
「ストーリーが?」
「バグってます」
もう22回繰り返してるのに、一向に夏が終わらない。確かにそれはバグかもしれない。
ゲームは途中で止めていたからわからないし、自然に終わるのかそもそも本当にあっちのゲームと相関があるのか。
ループとゲームがどう関係してるのか。何故彼女はこんなにこの世界に詳しいのか。ラストシーンとかなんでわかる。
まだ俺はこのゲーム世界の事を何も知らない。三年付き合って未だに謎な伏野兎の事も。
いつかの帰り道のバスの中。夕暮れ時。たまたま一緒に着いてきた伏野兎。赤く火照る車内で兎はこっちを見つめて。
どうしますか。
俺は回答もなくまたループした。
そうして現在。
電車を降りてホームに足をつく。
まもなく、から続くアナウンスを聞き流し俺は田舎駅の改札を出て、真っ直ぐそこに向かう。
草木が群生する向こうの山々と、茅葺き屋根の民家を尻目に、たまにあるふるびた看板などをチラ見しながら、真っ直ぐに一番近くの坂を降る。1時間程すると青青した海が広がる、海沿いにきていた。
駅はちょうど観光で隆盛している駅の一つ隣だ。まあまあ道に人はいて、車も通っている。
道のりは坂道だった。
だから大分苦戦しつつ、郵便のバイクを避けて安全な側溝の近くを歩き、目の前に素朴な旅館が見えてきた。
「さあてまずは食べ歩きしながら考えます」
玄関付近。建物の死角。どこからか飛んできた声。そしてひょこりと姿を見せた少女は涼しげな白のミニスカートと白いフリル付きtシャツでネッククーラーをつけている。
先に着いていた伏野兎だ。ドヤ顔でフランクフルトを渡してくる。祭りでもあったのか。もう一本は咥えたままだ。
「とにかくこの夏中、彼らは修学旅行に行っていた。何がしかの不測の事態でこの旅館に引きこもってる」
「いえす!」
「高校違うし行ったら行方不明。どこで何しているかもわからなかったけどな」
「とりあえずチェックインまで時間ありますから、海でもいきまひょ」
何をどこまで知っているのか、謎だらけの伏野兎と、なかなか着いてこない俺に対してのそのキョトンとした顔にため息をついて、俺は周囲をみた。
そもそも解決してどうするのか。この世界でどう生きていくのか。目的も決まらないまま、目先の問題を何となく解決する事に疑問を覚えながらも、俺は走る伏野兎の後をついて行った。