学科選定試験
少し待っていると、一人の教師がマリアを迎えに来た。
「……君、なんで濡れているんだ?」
「そこで水浴びしました」
教師は眉をしかめてマリアを睨む。
ラック出身者は噴水を風呂だと思っているのか、とか思われていそうだ。
(炎の魔法の熱と風の魔法を応用すれば、乾かせないこともないんだけど)
それでも乾かさなかったのは、単純な理由だ。 面倒臭かったのである。
「……これから学科選定の試験がある。 ついてきなさい」
一つ大きくため息をついて、諦めたようにそのまま道案内される。
教師に連れてこられたのは、高く大きな建物だった。
促されるままに中に入ると、白く広い部屋の真ん中にひとつ大きな魔法陣があり、その周りを囲むように備え付けられた椅子に教員達や何名かの生徒が座っていた。
先程の学科代表五人がいるところを見ると、学園でなんらかの権力や役職を持つ生徒達が同席しているようだ。
先刻喧嘩を売ったせいか五人の視線が射るようにマリアに突き刺さるが、彼女は気にする素振りも見せず、案内してくれた教師のほうを見た。
「この魔法陣の中で、魔力の限界まで放出しなさい。 それで適性と魔力値がわかる」
「……わかりました」
そう返事をしたものの、マリアは全力を出すつもりは毛頭なかった。
(本気でやるとどんなものか、やってみたい気もするけれど………私がシェラリアであることは隠さなくちゃまずい……)
自身が伝説の魔女の生まれ変わりであると世間に知られたら、また自身を疎むブレスに殺されるかもしれない。 それだけは避けたい。
今は力をコントロールして弱く見せて、学園で学ぶ中で魔力が成長していったように振る舞う。
そうすることで、シェラリアであったことを隠しながら、なおかつ学園内で少しずつ影響力を広げていくのがマリアの目論見であった。
(大丈夫。 力のコントロールは、昔から誰よりも上手かった)
マリアは魔法陣の中に入り、目を瞑る。
そして大きく息を吸い込んで、自身の魔力を三分の一ほど放出した。
《炎、雷、風の魔力を検知。 適性は炎。 総合魔力値は5860です》
(やっぱり炎か。 前世と変わってない。 5860ってどれくらいなんだろう……)
コントロールが上手いとはいえ、マリアには″普通 ″の数値がわからない。
何故なら、千年前には魔力は数値化などされていなかったからである。
一般生徒がどの程度の魔力を持つのか想像もできないが、前世では並の魔法使いの三倍強いと言われたことがある。
出力を三分の一くらいにすれば並になるんじゃないか、とマリアは考えていた。
しかしその考えが安直すぎたということを、次の瞬間に悟る。
「5860……!? ま、間違い無いのか!? システムの不具合では……」
「5860……入学時点で5000を超える者は、千年の歴史の中で数えられるほどしかいない筈だぞ……!! 百年に一人の逸材だ!」
「しかもマコル君と同様に、属性を三つも持っているのか……!?」
やってしまった、とマリアは思った。
魔力の持つ属性を誤魔化すことはできないにしても、せめてもっと力を加減するべきだった。
これでは、考えていた作戦全て台無しだ。
「近年で最も優秀と言われるマコル君と並ぶとは………!!」
「ラック出身で、魔法の知識など皆無に等しいだろうに……!!」
教員達がざわつく中、すっと立ち上がった男がいた。
男が力任せに蹴飛ばした椅子が、大きな音を立てて倒れる。
浮き足立った教員達が、皆口を閉ざしてその男ーーーマコル・フォルノリアを見た。
「おい、犬。 ……お前、今ここで俺と勝負しろ」
マコルはゆっくりと中央の魔法陣に近づいてくる。
その顔は、鬼のような形相だった。
「………ブレス同士の殺し合いはご法度なのでは?」
「ラック出身の野良犬をブレスだとは認めてねえ。 それに……お前みたいな雑種が、俺に並ぶ魔力を持つわけがねえだろうが」
マコルが憤るのも無理はない。
何故なら彼は、魔法の名家に生まれてからというもの、人生の全てを魔法の訓練と勉学に注いできた。
生まれてからずっと魔力を隠し、魔法を使いもしなかったマリアにーーー訓練も勉学も、何一つ苦しい思いをしていないはずのラック出身の汚れた女に、名家生まれの自身が並ぶなど考えたくもなかった。
過去に同じ名家から生まれた者として、マリアにもその矜持が理解できなくはなかった。
「やめなさい、マコル君!」
暴走を止めようと教員が立ち上がるが、ピンクのツインテールの女生徒、サーシャ・アクアルが教員を制す。
「ほっときなよぉ、先生。 先生が割って入っても怪我するだけだって」
机に頬杖をついた金髪の女、リリス・ウィンドンもそれに続く。
「それより、周りへの被害を気にしたほうがいいんじゃない? 下手したらこの建物吹き飛ぶかも」
マコルの入学当初の魔力は確かに、5000台であった。
しかし、彼は今高等部二年である。
彼の魔力は一年で3000以上という常人離れした成長を遂げていた。
8000台となると、一部の教員が太刀打ちできるか否か、というレベルであった。
教員達は焦りながら、魔力の弱い者達を部屋から避難させ始める。
同等の魔力を持つ教員はいても、全ての生徒達を確実に守ることはできないという判断の上の行動だった。
(ど、どうしよう……)
マリアは困っていた。
マコルとの正統な決闘を期待していたものの、こんなに早くは望んでいなかった。
ある程度学園で学んでから、少しずつ彼を上回る魔法使いとなる振りをするーーーという試みが全て塵となってしまう。
同属性の魔法同士がぶつかり合う場合、単純に魔力の出力が高いほうが勝つ。
(多分普通にやったら勝っちゃうけど)
今、マコルに勝ってしまう訳にはいかない。
(仕方ない)
マリアが応戦するようにマコルに手をかざすと、マコルは唇を歪めて笑った。
「やる気だけは認めてやるわ。 ……行くぞ」
マコルは次々と炎の塊を放つ。
マリアも負けじと、それらの炎に対応した魔法で対抗する。
「へー。 マコルが手を抜いてるとはいえ、あのばい菌女、ちょっとやるじゃん」
「すげー! なあ、あの子まあまあ強くね!?」
「………だな」
「マコルが遊んでやってるだけでしょ」
教員達が他の生徒や魔力の弱い教員の盾となりながら避難を進めている中、学科代表の四人は楽しげに観戦している。
「……防戦一方じゃねえか! そろそろ、強めの魔法使うぜ?」
少しずつ、マコルの魔力が上がっていく。 マリアもそれに応じて魔法の練度を上げる。
同じ練度の魔法は、二人の間で何度もぶつかり合い相殺される。
「おい野良犬! 防いでばかりじゃ俺がつまんねえじゃねえか! もっと楽しませろよ!!」
マコルの魔法は激しさを増していき、立ち上る炎が段々と大きくなってゆく。
「マコルもいじわるだねえ〜。 マコル相手に楽しませるほど戦える奴なんていなくなぁい?」
「………あの女、本当にラック出身なのか?」
短髪の男子生徒、ヤナハ・アースロが訝しげに呟く。
「何、ヤナハ。 珍しく興味持ってんの?」
「魔法教育も受けていない女がマコルに応戦しているのを見て………お前たちはなんとも思わないのか」
「どうせマコルが遊んでやってるだけっしょー? すぐ終わるって」
茶髪の男、レイヤ・サンダーラがけらけらと笑いながらそう言うと同時に、魔法の爆撃音が止まった。
「ほら、目を離してるうちに終わっちゃった………って、あれ?」
四人はマコルとマリアの方を見て、唖然とした。
先程まで暇なく攻撃を繰り返していたマコルが、その手を止めたからである。
「………は? マコル、なんでやめたの?」
四人が知るマコルは、キレると手のつけられない男だった。
昔からラックに対して強い恨みを持っているようで、ラックを痛めつける姿はさながら鬼。
そんな男がラックの血を引く女への攻撃をやめたことは、四人にとってそれだけ驚愕の出来事だった。
マコルは舌打ちをしてから、すっと手を下ろす。
「お前……さっきの試験、本気じゃなかったな」
「……なんのことですか」
マリアは惚けてみせるが、マコルはふん、と鼻を鳴らす。
「俺が撃った魔法全て、相殺しただろうが」
マリアはマコルの魔法全てに、全く同じ魔力を込めた魔法をぶつけて対応していた。
彼女が試験で発した魔力を超える魔法をも、である。
「フォルノリア先輩が手を抜いてくださってるんじゃないですか。 ……でもこれじゃあ、勝敗はつきませんね」
マリアは手をマコルに向けたまま薄く笑う。
「……いいぜ。 俺の本気、見せてやるよ」
マコルの周りの空気が熱を増していく。
「……うわ。 本気でやろうとしてるわ。 サーシャ。 なんかあったらあんたが水の魔法で止めな」
「えぇー。 やだよ。 めんどくさっ」
「火の魔法の対極属性はあんたでしょうが」
「マコルの火力は強すぎて、さぁの水が蒸発しちゃうのーっ。 ヤナハが防御壁貼ればいいじゃん」
外野の会話はお構いなしに、マコルは魔力を最大まで放出する。
「行くぜ……俺の最高火力」
マコル・フォルノリアは十年に一人の天才と呼ばれていた。
このまま成長すれば、間違いなく歴代の高名な炎の魔法使い達に名を連ねる程に優秀な逸材である。
しかしながら、彼は今はまだ、優秀なただの学生であり、対するは過去に伝説と呼ばれた魔女であった。
マコル・フォルノリアの最大火力を、マリアは表情すら変えず、先程までと同じように相殺してみせた。
(この程度の魔法使い……私の敵じゃない)
高火力の炎魔法同士がぶつかった影響で、辺りは煙に包まれた。
煙が引いたところで、変わらず立っていた二人を見て、観客達は驚愕した。
「す、すごいじゃないか……!! マコル君と渡り合えるだなんて……!!」
生徒達の避難が終わり、戦闘を止めに来た教員が声を上げる。
その声を聞いて、マリアははっとする。
(やばい。 ムキになってやりすぎた)
マリアはどう切り抜けるか少し考えて、マコルに小走りで近づいていく。
そして、彼の手を取った。
「フォルノリア先輩、手加減してくださってありがとうございました! 知識も技術もない私に、実技を通して指導してくださったんですよね! でも、これでわかりましたよね? 魔力の測定装置が壊れていたって!」
周りに聞かせるために、わざと大きな声を張り上げる。
(ラック出身の転入生に喧嘩売って負けたなんて不名誉、この人も被りたくないはず)
お願いだから私に合わせて、と願いながら、マリアは必死に猿芝居を打つ。
「はあ? 俺は手加減なんてーーー」
「私なんかの魔力が先輩と並ぶなんて滅相もありませんからね! もう一回測定すれば自ずとわかるでしょう!」
マリアは、これ以上マコルに喋らせないためにぎゅ、と手を握り笑顔を作る。
「同じ炎学科として、これからご指導ご鞭撻よろしくお願いします!」
「な、なんだ。 マコル君が手心を加えていたのか。 そりゃそうか」
「転入生の魔力測定は、装置の点検をしてから改めて行おう!」
下手な三文芝居なのは重々承知していたが、強行した甲斐あってか、周囲からは期待していた反応が返ってきてマリアは胸を撫で下ろした。
「ふうん……」
長髪の男がマリアをじっと見て笑う。
「学園長? どうかなさいました?」
「いや……フォルノリア君は、やっぱり強いなあと思ってね」
「彼ほどの逸材はなかなかいませんからねえ! 転入生がそれに匹敵するなんて、そりゃ有り得ないことですよね」
「そうだね」
「それより学園長、測定器のメンテナンスは……」
教員達が魔力の再測定について話し合いを始める中、マリアの笑顔を前にしてマコルは呆然としていた。
マコルは自分より強い女に初めて出会った。
魔力だけではない。 名家の出身であり、理事長の息子である自分に逆らう者など、未だかつていなかった。
男も女も、学生も教員すらも皆媚び諂ってくるのが当たり前だったのだ。
それなのに彼女は正面から彼を見つめ、対抗してきた。
「はっ……離せ!」
マリアの手を払い除けて彼女から目を逸らす。
払い除けたはずの手は、じんじんと熱を持っていた。
手のひらに残る熱と跳ねる胸の意味を、マコル・フォルノリアは認めたくなかった。