襲撃
「マリア! 起きなさーい!」
マリアは母の声で目を覚ました。
窓の外で太陽が登り始めたところをみると、まだ早朝のようだ。
「母さん……おはよう……」
「ナイルに家事頼まれたんでしょ? 母さん、もう畑に出るから、あとよろしくね」
「はーい……父さんは?」
「帰ってきて寝てるわよ。 夜通し歩いて疲れてるから、寝かしといてあげて」
「わかった……」
眠い目を擦りながら起き上がった。
顔を洗い、適当に髪を整えて服を着替える。
(この服も、また繕わなくちゃなあ)
ボロボロの服を見てぼうっと考えた。
服だって高価だ。 大事に扱わなくちゃいけない。
台所に降り、朝食の準備を始めようと野菜に手をかけた、その瞬間だった。
ドオオオン!
外から爆発音が聞こえた。
古びた家がみしみしと悲鳴を上げる。
(……何の音!?)
驚いて窓から外を覗くと、そこにはーーーーーー
燃え広がる炎と、逃げ惑う人々。
そして、人々を襲うーーー魔法兵の姿があった。
(どうして、こんな小さい村まで……!! 逃げなくちゃーーー)
二階には疲れて熟睡中の父がいる。
急いで起こして、逃げなくては。
畑にいる母は無事だろうか。
焦る頭を必死に回転させながら、足早に父の休む部屋へ移動する。
「父さん!! 兵士が襲ってきたの! 逃げるよ!!」
「マリア…? 兵士、って……」
「寝ぼけてないで、早く!」
頭の回っていない父を無理矢理引き起こし、玄関へ急ぐ。
(魔法兵に見られないように、家を抜け出さなくちゃ……!)
この家に裏口はない。 玄関と窓があるだけだ。
何人いるかもわからない兵士達に、気付かれることなく出ていくことは至難の業である。
それでも、生きる為にはやらなければならない。
玄関の扉を少しだけ開ける。
立て付けの悪い扉が音を立てないか心配で、それだけで心臓が飛び出そうなほどに緊張が走る。
外の様子を伺ったマリアの目に飛び込んできた光景はーーーーーー
母が家の前で土下座している姿。
それから、母に一瞥もくれず家に手のひらを向け、今にも家を破壊しようとしている魔法兵の姿だった。
「お願いします! 娘と夫が家にいるんです! 差し上げられるものは全て差し上げます! ですから、娘と夫を助けてください!」
(ーーー母さん!!)
母は必死に、頭を土に擦り付けて懇願する。
魔法兵は、そんな母を見てーーーにやりと笑った。
「邪魔するならババア……てめえが先に逝ってろ。 すぐに家族もついて来るからよぉ」
手のひらをゆっくりと母に向けていく。
「母さん……!!」
父が母に駆け寄ろうと、マリアを押し除けて走り出す。
父の姿と、絶望した母の表情。 そして、それを嘲笑う魔法兵の手の動きが、マリアにはスローモーションに見えた。
生まれ変わってからの十六年間、彼女は平穏な日々を求めて、魔法を使うことを躊躇ってきた。
大なり小なり、力を持つと人間は変わる。
だからこそ今世は力無い人間として、謙虚に平穏に生きたいと思っていた。
(だけど……使っても使わなくても、私の平穏はここで終わりだ)
すう、を息を吸って顔を上げる。
(私は、家族を守る)
マリアの身体は、自然に動いていた。
風の移動魔法をまるで手足のように自然に扱い、兵士の前に瞬間的に移動した後に、炎の爆発魔法で兵士を吹き飛ばした。
「があぁぁっ!?」
兵士は向かいの建物の壁に身体を打ちつけ、そのまま倒れ込んだ。
「………!? 何だあいつは!?」
周りにいた魔法兵達が光に集う虫のように寄ってきても、マリアには関係がなかった。
次々と兵士達の魔法攻撃を無効化させ、倒していく。
「……マリア………?」
母と父は呆然とマリアを見つめることしか出来ず、ただ立ち尽くしていた。
「……母さん、父さん。 黙っててごめん」
マリアは敵から目を逸らさぬまま、母と父に語りかける。
(母さんと父さんに……怖がられるかな)
ふとそんな考えがよぎるが、背後を気にしている暇はない。
それに、気にする必要もない。
ただ父と母が無事なら、それだけで良かった。
「……ほう。 ラックに紛れていた奴がいたか」
兵士達の中から、中年の男が現れた。
周りの兵士達の態度を見る限り、階級の高い兵士のようだ。
(この男……かなり強い……!)
戦闘に慣れているーーーそんな雰囲気がひしひしと感じられた。
マリアが警戒している間にも、男は少しずつマリア達に近づいて来る。
「ラックに紛れていたにしては、随分と潜在能力が高そうだ。 うちの兵士がこうも簡単にやられるとは」
周囲に倒れている兵士達を一瞥してから、男はマリアに視線を向ける。
「しかし、お前一人では両親を守るのが精一杯だろう。 この村が全て焼け落ちるのも時間の問題だ」
周りには三百ほどの兵士達がいる。
男の言う通り、村全てを守ることができないことは自分が一番よく知っていた。
何故なら、防御魔法が使えないからである。
前世で伝説の魔女と呼ばれた彼女は、攻撃に特化した炎、雷の魔法と、飛行や瞬間移動に特化した風の魔法の三種類を使いこなす。
反対に、回復に特化した水の魔法、防御に特化した地の魔法は全く使えなかった。
前世では『伝説の盾』と呼ばれた者が彼女の背中を守っていたが……もう彼はいない。
今彼女ができるとしたら、兵士達を村や自分の家族ごと全て焼き尽くすことーーーそれだけである。
「本来なら、ラックに肩入れするブレスなど殺してやるところだが……お前の才能は惜しい。 だから、お前に選択権をやろう」
「……選択権?」
訝しげな表情をするマリアを見ると、男は口元を大きく歪ませて言葉を続けた。
「このまま村や村人が焼けていく様を見続けるか……お前がブレスに忠誠を誓い、魔法兵になるか、だ」
「な………!?」
マリアは驚愕し、目を見開いて男を見た。
「お前が聖魔法学園シェラルニアに入学をして、魔法兵となる教育を受けるのなら……この村への攻撃をやめてやる。 さあ………どうする?」
その学園のことは、誰よりも知っている。
自身がやっとの思いで作り上げた、平和の象徴となる筈だった学園。
誰かの思惑により、格差を広げるべく兵士育成施設と為された、悪意の満ちた学園にーーー
(私が、入学すれば………)
今聞こえる悲鳴も爆発音も、全て消えて元の平和な村に戻るのかもしれない。
しかし兵士になる道を選べば、いつか必ず、自身の手でラックを攻撃する時が来るのだろう。
(考えろ! 考えろ! 今最善の策はなんだ? どうしたら皆を救える?)
どれだけ思考を巡らせても、答えは一つしかない。
例え未来に闇が待っていようとも、目の前の家族の命を捨てることなど、彼女に出来はしない。
「早く返事をしないと、お前が返事をするまでの間にラック達が次々死んでいくぞ」
彼女はぎり、と自身の唇を噛んだ。 口の中に鉄の味が広がる。
こんな奴らに簡単に踏みにじられる命があっていいものか。
こんな世の中を、一体誰が作ったというんだ。
千年前のあの日、自分が死ななければーーーーきっと今、助けられた命がたくさんあった筈なのに。
(死んだ後、きっと誰かが遺志を継いでくれるなんて、甘い考えだった)
「……学園に入学して、魔法兵になります。 どうか家族や、この村の人々には手を出さないでください」
(私がもう一度、学園から世界を作り直してみせる。 こんな世の中、壊して作り替えてやる!)
服従にも似た答えに、男はにやりと口を歪めた。
彼女の心に燃える炎には、兵士の誰もが気付かなかった。
==============
「退け」
「ナナミヤ大佐……しかし……!」
「俺の命が聞けないのか。 退けと言っている!」
「は……はっ!」
兵士達がぞろぞろと村から退陣していく様子を見て、マリアは身体から力が抜けるのを感じた。
しかし、すぐに目の前の男を睨みつける。
マリアの視線に気付いたナナミヤと呼ばれる男は、鼻をふん、と鳴らしてから近くにいた兵士に目配せをした。
「ジルシー、この女を連れて行け」
「……はい」
命令を受けた兵士がマリアの近くに寄ってくるが、マリアはそのまま連行されるつもりはない。
「……せめて、家族と話をさせてください」
近寄ってきた、ジルシーと呼ばれる兵士が足を止める。
しかしマリアの懇願に返答したのは、彼ではなかった。
「許さん。 今すぐに来ないのならば、家族をお前の目の前で殺してやる」
ナナミヤと呼ばれた男の目は、マリアを射抜くように鋭く睨みつけていた。
(こいつ……!!)
こんな奴一人くらい、六割ほどの力を出せば消し飛ばせるというのに。
それでもマリアは、従うしかない。
感情のままにこの男を消したとしたら、ブレスが群となりこの村に押し寄せることは明白だった。
「マリア………!!」
「行かないでくれ………!!」
父と母の悲壮な声が聞こえる。 マリアが振り返ると、二人はぼろぼろと大粒の涙を流していた。
マリアは嬉しかった。
父と母が、あれだけの力を見せても自分を恐れず、娘として受け入れて引き止めてくれることが、涙が出るほどに嬉しかった。
(言葉を返してはいけない。 あの男が見ている)
だからマリアは、父と母に笑ってみせた。
育ててくれた恩への感謝と、これから家族が穏やかに生活していけるよう祈りを込めて。
(あなた達の元に生まれてーーー私はとても幸せでした)
そして、マリアは前を向いた。
彼女はもう、振り返らない。
家族を守る為、そしてーーー自身の作った学園を、有るべき姿に戻す為に。