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魔法学園創設者の苦悩  作者: 有里桃貴
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千年前の記憶


伝説の魔女シェラリア・フォルノリアは、魔法の五大属性の内の炎、雷、風の術を得意としていた。


炎の魔法の名家からの生まれであるからか、中でも炎の魔法において並ぶ者は歴史上一人もいないと称されている。


その類稀なる魔法の才覚と彼女の篤い性格からなる人望で仲間を集め、血の気の多いブレス達を短期間に統一してみせた。



彼女はブレス達を統一後、なす術なくブレスに虐げられるラック達を憂い、格差のない未来を作るべくブレスの子供達が魔法の正しいあり方を学ぶ学園を創設する。


道徳的観点やラック達との共存のメリットについての教科書を作成し、ブレスとラックの格差社会を無くすことに賛同する教員達を集めた。



しかし生徒を集めていざ開校というところで、彼女は夢半ばに世を去った。



だがそれでも彼女は、今際の際に(いまわのきわ)に思っていた。


自身が死んでも、明るい未来はきっと遺したものたちが作ってくれると。


学園と教材。 教育方針とそれに賛同する教員達。 


自身の努力は、これから生まれてくる新しい命達を守ってくれると信じていたのである。



しかしながら、転生した千年後の世の中の格差は依然としてーーー否、更に劣悪になっていた。


生まれ変わったマリアは、声を大にして言いたかった。


「なんでだよ!」

「は?」


ばっと顔を上げると、自身の家だった。 テーブルに突っ伏して寝ていたらしい。


「急に起きたと思ったら、何叫んでんの」

「あ、ごめん……」


畑仕事に疲れて、帰宅してすぐうたた寝してしまったようだ。


呆れ顔のナイルはため息を一つ吐くと、洗濯物を畳む作業に戻る。


「姉貴。 俺、明日は野菜を隣町に売りに行ってくる。 朝早く出るから、代わりに家事頼んでいいか」

「わかった。 朝ごはんにおにぎり作ろうか?」

「いや、自分でやるから無理に起きなくていい。 寝言で変な叫び声上げるくらい疲れてるみたいだし、ゆっくり寝てろよ」


ナイルは意地の悪い顔でにやにや笑って揶揄ってくる。


(くそう……)


昔は可愛かったのに、随分生意気な弟に育ったものだとマリアは思った。


畳んだ洗濯物を全て持ち上げて、ナイルは居間の扉を開く。


そのとき思い出したかのように「あ、」と呟いた。


「父さんは明日の朝帰ってくるらしいから、俺とはちょうど入れ違いになるかも。 父さんの分の朝飯も作ってやって」

「はーい」


机に突っ伏したままでの返事を聞き、ナイルは肩を竦めて呆れたように笑った。


「じゃ、俺、朝早いから寝る。 おやすみ」

「おやすみー」


部屋を出ていこうとしたナイルが、また思い出したように扉の前で足を止めて振り返る。


「姉貴、ちゃんと風呂入れよ。 今母さんが入ってるから」

「はいはい、わかってるよ」


本当に世話焼きだなあ、と思いながらひらひらと手を振って返事をする。


「風呂出たらちゃんと火の始末もしろよな」

「はいはーい」


アルファリオ家では、料理や湯沸かしのために火を焚く。


電気やガスが使えない訳ではないが、ガスや発電機、電線などを使用するための技術や物資を所有しているのがブレスの人間のみであるため、使用料が非常に高額なのだ。


そのため戦況把握以外の理由でテレビやラジオをつけることはないし、ブレスのように家の温度や空調を変える機械をつけたり、湯を電気で沸かせる機械を使ったりはできない。


(……多分、電化製品は雷の魔法で使えてしまうんだろうけど)


それでもマリアは、今世で魔法を封印すると心に誓ってこの十六年間を生きてきたのだ。


転生の儀式をしたわけでもないのに、何故自分が前世の記憶を持ったまま転生したのかはわからないが、きっとこれは神様が悲惨な最期を迎えた自分にくれたチャンスなのだと思っている。



志半ばで死んだ前世と同じ人生など、絶対に歩んでやるものか。


例え暮らしが貧しくとも不便であろうとも、ラックとして生き、ラックとして死ぬことを決めていた。


(ーーー今世こそは、穏やかに生きていくんだ。 絶対に)


そんなことを考えながら、マリアは母が風呂から出るのを待つのだった。




==============




マリアの前世、シェラリアの人生は惨憺たるものだった。


魔力が他人より強いことを理由に周りのブレス達に担ぎ上げられ、ブレスを統一しろと言うからその通りにしてやった。


しかしその後自分のやりたいようにラックとの格差を無くす運動をしたら、ブレス達から非難轟々だったのである。



恵まれたブレス達は、自身らの恵まれた環境や資金、技術や資源をラックに分け与えることを許さなかった。


そんな中でも、自身に協力してくれるパートナーや人材を集め、なんとか学園の運営の目処が立ったとき、その事件は起こった。


(……最近ちゃんと寝られてないな……。 でも、もう少しで学園を始められる。 アルトも教員達も協力してくれている。 頑張らなくちゃ)


シェラリアは早足に次の目的地へ向かっていた。


その日は、学園入学に適齢の子どものいる魔法の名家にいくつか訪れ、入学の勧誘をするところだった。


魔法の名家は単に魔力の優れた人間が生まれるというわけでなく、ブレス達に最も影響が強い人間の集まりでもある。


その家の未来を担う子ども達は、シェラリアが最も学園に入学して欲しいと望む者達だった。


(彼らの入学無くして、ラックとの共存の未来はあり得ない)


パートナーのアルトは別の用事で遅れるが、シェラリアより弁の立つ彼だ。 名家の頭の固い人間達をうまく説得してくれるに違いない。


もう少しで自分達がやってきたことが形になる。


希望の光を胸に、前に進んでいるその時だった。




周囲に爆音が響いたのである。


(魔法の爆発音!?)


ここは名家の立ち並ぶ住宅街だ。 普通なら魔法の戦闘が起こるはずがない。


シェラリアは進む方向を変え、音の聞こえた方へと急いだ。


「もう終わり? 動かない的なんて、楽しくないなあ!」

「ひ、ひいいい! お助けください……!!」


ブレスの男が、ラックの人間に何度も魔法を発していた。


まるで狩りのように、逃げ惑う獲物を追って楽しんでいるように見える。



シェラリアは男の顔に見覚えがあった。


ラック差別主義派のトップーーーシアリス・ラドクリフ。


狂ったように笑うシアリスは、次々と魔法を繰り出していた。


シェラリアはラックの前に出てシアリスの魔法を相殺し、彼を睨みつける。


「……何をしてるの。 シアリス・ラドクリフ」

「あれ。 生きる伝説なんて噂のシェラリア様じゃないですかあ」


シアリスは驚いた様子もなくへらへらと笑っている。


シェラリアの睨みなど意に介していないようだった。


「どうしたんですか?」

「無抵抗な人間に、なんて酷いことをしてるの!?」

「あはは。 さすが、女神とさえ呼ばれる人は懐の広さが違いますねえ。 ……いくらでも代わりのいる家畜のことを、″ 人間″と呼ぶなんて」


シェラリアを焚きつけるように、シアリスはわざとらしく笑う。


その言葉に逆撫でされ、怒りが次々と込み上げてくる。


「彼らは私達と同じ人間よ。 心も身体も、何も変わりはしない」

「そう! なのに、一番大事な魔法能力が足りない、大変な欠陥品だ!」


突然けらけらと高笑いしたかと思うと、突然ぴたりと静かになり、真顔で吐き捨てるように言う。


「たかが遊びに目くじら立てないでくださいよお。 ただでさえ、あなたのせいでラック擁護派が増えてきて苛々してるんですから。 こんなゴミが死んだって、世の中は何も変わりませんよ」


大袈裟に肩を竦めて、シェラリアの後ろで震えるラックの男を指差す。


腹わたが煮え繰り返りそうだった。


わなわなと震える手を、ぎゅっと握りしめる。


「あなた……自分を代わりのいない特別な人間だとでも思ってるの?」

「思っていますよ?」


当たり前のように答えるシアリスに、面食らってしまう。


先程までにやついていたシアリスの顔は、嘘を言っているようには見えない。


飄々と彼は、言葉を続ける。


「俺は神から能力を与えられた特別な人間です。 だけどあなたは……俺よりももっと才能に恵まれていて、この世の誰もが代われない、たった一人だけの人間だ」


シアリスは一歩一歩、こちらへ近づいてくる。


こいつにだけは、背中を見せたくない。 そんな意地から、自分から動きはしなかった。

そのまま首に手を伸ばし、軽く触れられる。


「そんな人間の″死 ″はきっと、この世の全ての心に響き、残ることでしょうね」

「何を………」


シアリスからの攻撃に備え、手のひらを彼に向ける。


どんなに距離を詰められても、シアリス程度の魔法使いには負けない自信があった。


しかし、そんな彼女をシアリスは嘲笑う。


「俺は何もしませんよ。 ーーーさようなら、″伝説の魔女 ″」


その瞬間、彼女の背中に裂くような痛みが広がった。


「な、に………?」


倒れ込んだシェラリアが見たのは、血に濡れた鋭いナイフを持ったまま立ち尽くす男。 


その男は、先程シアリスから攻撃を受けていたラックだった。


「あはははァ! 伝説の魔女の最期が、守ろうとしたラックから殺されるんじゃ笑い者だなあ!」

「……や、やってやったぞ! これで妻を助けてくれるんだろう!?」

「……ああ。 好きにしろ。 邪魔な女が死ぬんだ。 今日は気分がいいなあ」


(なんだ、私……嵌められたのか)


背中が焼けるように熱い。 魔法での怪我はともかく、刺されたのは初めてだった。 

血がどくどくと流れて、自身を濡らしていくのがわかる。 

重力の向きがわからない程に、ぐらぐらと揺れる感覚が終わらない。


「あなたが″(アルト)″を連れていなかったのは、本当に好都合だった。 ……死にゆくあなたも、とても美しいですよ」


そういって背中の傷を蹴り上げると、壊れた玩具のように高らかに笑声を上げながら去っていく。


「う、ぐ……」


治療魔法を使えるパートナーのアルトは今、側にいない。


(ああ、私……死ぬんだな)


それでもシェラリアは意識の薄れゆく中、安堵していた。


生徒さえ集まれば、学園はいつでも開校できる。 学ぶ内容も、それを伝える教師も育成した。


(…ブレスとラックの確執も、きっとすぐに消える。 私はその為に、学園を作ったのだから)


残った誰かが、世の中を変えてくれる。


そう思えるだけで、シェラリアは穏やかな気持ちで、近づいてくる死を受容できた。


「……シェラリア………!?」


遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえた。


(ああ、アルト…。 もう来てくれたんだ…)


「シェラリア……!! すぐに治すから……!!」


そんな声が、近くまで駆け寄ってくる。


彼の回復魔法には過去何度も助けられてきたが、この出血量では自身が助からないことを、彼女が一番よく理解していた。


「……ア……ルト……。 も……わた……し……だけに………」


(ブレスとラックの対立で犠牲になるのは、私で最後にして欲しい)


そう伝えたくても、うまく舌が回らない。


でも、伝えられなくてもきっと、彼はやってくれるだろう。


だって彼は、私の一番の理解者(パートナー)だから。


「喋るな! 大丈夫だから! 俺が助けるから…!」


胸が温かい。


彼の魔法が、優しくシェラリアを包み込んでいる。


「…学園を……おねがいね……」

「死なないでくれ……!! シェラリア……!!」


記憶はそこで途切れてしまった。





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