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魔法学園創設者の苦悩  作者: 有里桃貴
16/18

女の嫉妬


休日が終わり、登校する途中に後ろから肩を掴まれた。


何事かと後ろを振り返ると、息を切らして眉を吊り上げた女生徒、サーシャ・アクアルが立っていた。


「あんた………日曜日にマコルと、デートしてたって!?」

「デート?」


聞き慣れない単語に首を傾げていると、サーシャが腹立たしそうに舌打ちをした。


「ショッピングしたり、映画見たり、夜はレストランでディナーしたって聞いたけど!?」

「あ、はい。 それが何か?」

「な、何か………?」


きょとんとしたマリアを見て、サーシャが俯いて震え始めた。


それが怒りによるものだなとと、マリアは知る由もない。


(街に遊びにいくことを、デートっていうのか)


勉強になったな、などと場違いなことを考えていた。


そんなマリアに、サーシャの怒りが頂点に達する。


「何かじゃないっつーの! マコルはさぁの婚約者なんだよ!! 他人ヒトの男に手ェ出してんじゃねーよこのアバズレ女!」


サーシャは強くマリアの頬を打つ。


突然のことにマリアは避けることもできず、地面に倒れ込んだ。


ぽかんと口を開けて、怒り狂うサーシャを見上げる。


「どうせマコルの家の金が目当てなんでしょ!? デートだって、金のないあんたがマコルを誘って金たかって無理矢理連れ回したんでしょ!! 貧乏人は立場弁えろってーの!」


マコルとサーシャが婚約しているなど、マリアは初耳だった。


ひりひりと痛む右頬に手を当てながら考える。


(なるほど。 婚約者が無理矢理買い物に連れて行かれて散財させられたと思っているのか)


確かに、婚約者が虐げられていると知ったら起こるのも無理はない。


きちんと真実を伝えよう、とマリアは顔を上げた。


「ええと、マコル…様に誘われたんです。 お金も、無理矢理出させたわけじゃないですよ」


(無理矢理従わせているわけじゃないとわかってもらえばいい。 私は施しを受けただけですよ、と)


これでサーシャの怒りが収まると、マリアは本気で思っていた。


恋人がいたことも、恋をしたこともないマリアは、同性に抱く嫉妬というものを理解していなかったのである。


「ハァ!? んなわけないでしょ! マコルは女に誘われて嫌々デートすることはあっても、自分から誘うなんてこと今まで一回もないっつーの! 自分は特別だって言いたい訳ぇ!?」


(余計に怒らせてしまった)


乙女心の難しさを痛感した。 マリアも女なのだが。


「あんた、マコルに何貢がせたのよ」

「みつ………?」

「何に金払わせたのって聞いてんの!」


サーシャの苛立ちが段々と強くなるのを感じ、マリアはもう何も言わないほうがいいのでは、と考え始める。


しかし、答えなければそれはそれで怒られそうだ。


「……ええと……服と靴とアクセサリーと……ブレスレットフォンと……ご飯です」


観念して素直に答えるが、怖くてサーシャの顔が見られない。


それでも、誤解を解かねば大変なことになることは明白だった。


「あ、あの! 違うんです! ただその……勉強させていただいてるだけなんです!」

「ハアァ!!?? マコルに本気じゃないって言ってんの!? あんたが遊んでやってるって!? ふざけんな!!」


地面に倒れ込んでいるマリアの手のひらを踏み付け、サーシャはマリアを睨みつける。


「もう本当にただじゃおかないから。」


そのままどすどすと足を踏み鳴らして校舎へと消えていく。


大変な相手を怒らせてしまった、とマリアは困り果てた。




==============




講義を終え、荷物を鞄に詰め込む。


今日は教師に雑用を頼まれたため、少し遅くなってしまった。


(マコル、もう待ってるかな)


図書館での勉強会は毎日続いている。


マコルはいつも小難しそうな本を読んでいるが、わからないところは聞けば丁寧に教えてくれた。


自分の勉強に付き合わせているのに、待たせるのは申し訳ない。


(今朝の、サーシャとの一件についても話さないとな)


考え事をしながら小走りで教室を出ると、扉の前の大きな影に顔面からぶつかった。


「ぶっ………すみません」


鼻を押さえながら相手を見上げると、見知らぬ男子生徒が立っていた。


少なくともクラスメイトではない。


この教室に用事があるようには思えなかった。


男子生徒は怪しくにい、と笑うとマリアの口に布を押さえつけた。


(何? 変な匂いが…)


驚いて飛びのこうとしたが、身体から力が抜けていく。


そのまま意識がぷつりと途切れるのを感じた。




==============




目を覚ますと、知らない教室に転がっていた。


見上げるとにんまりと笑うピンクのツインテールがいる。


その後ろには、先程ぶつかった男と、他四人ほどのがたいの良い男が立っていた。


「やっと起きたあ♡ 眠ったままだとつまんないもんねえ」


立ち上がろうとすると、手首と足首がうまく動かないことに気づく。


何かの紐で繋がれているようだった。


「あはは、動けないよ。 つーか逃がすつもりないから」


サーシャがマリアの顎をくい、と持ち上げながら、冷たい声で言う。


そして、満面の笑みで後ろの男達を指差した。


「こいつらねえ、さぁの親衛隊♡」


ぼうっとする頭で逃げる方法を考えるが、何故だか頭が上手く働かない。


先程吸わされた薬以外にも、何か飲まされたのかもしれない。


サーシャは男達の方を向くと、満足げに指示を出す。


「この女、マワしていーよ。 マコルに見せてあげるんだから、動画撮っておいてね」


男の一人がブレスレットフォンをこちらに向けた。


もしかしたら、あの中にカメラとやらがあるのかもしれない。


「パパの病院から持ってきた媚薬、魔法で濃くして飲ませといたから、あんたらも楽しめるんじゃない? 二度とマコルの前に顔見せられないように、めちゃくちゃにヤッちゃってー」


サーシャはがらりと扉を開けて出て行く。


「かしこまりましたー」


男達の一人が、軽い口調でそう返事をした。


「じゃあ……俺らと楽しもっかあ」


にやにやと下卑た笑みを浮かべながら、男達が近づいてくる。


一番近くにいた男が馬乗りになり、ブラウスのボタンを引きちぎった。


「意外と胸あるじゃん。 顔もまあまあ」


マリアの肢体を舐め回すように見て、舌舐めずりをする。


そのまま首筋を喰むように舌を這わせてきた。


(……気持ち悪い)


恋愛などの男女の関係について疎いマリアでも、これから何をされるのかは予想ができた。


前世も含めて男性と身体の関係を持ったことはないが、性教育の一環としては一応知っている。


普段通りの体調であれば手足を縛る物を燃やして、こんな男達など返り討ちにしてやれるのに。


意識は朦朧とし、身体はぐったりと力が抜けて熱をもっていた。


「身体が良くても、ラック出身ってだけでマイナス百億点だけどな」

「変な病気持ってねえだろーな」


周りにいた男達も近くに寄ってくる。


がちゃがちゃと金属を外す音と、衣擦れの音が耳に届く。


(たすけて…)


頬を涙が伝う感覚を感じるとともに、刺繍レースの下着が引っ張られるのがわかった。


悲鳴を上げたくても、薬のせいか大きな声も出なかった。


(気持ち悪い。 怖い……! 誰か…!)





がらり、と音が響いた。




「………てめえら、何してんの?」



その瞬間、教室の空気が変わった。


卑しい笑みを貼り付けていた男達の顔が凍りついていた。


「楽しそうじゃん。 俺も混ぜてくれよ」


教室の扉に寄りかかるように、マコルが立っていた。


息を切らしている様子から、走ってきたのだろう。


「マ、マコル様…!!」

「これは、その…サーシャ様に頼まれたんです!」


男子生徒達はあたふたしながらズボンを履き直し、マリアから遠ざかる。


離れたことにより、縛り上げられて衣服を乱されたマリアが、マコルの視界に現れた。


マコルはゆっくりマリアに近づき、自分の上着を脱いで投げるように掛けた。


「へえ…頼まれてやってるてめえらは、悪くないってか?」


男達の方に向き直ると、ぱきりと拳を鳴らした。


「ブレス同士での殺しは法律違反だもんな……八割殺しで勘弁してやるよ」


にこりと笑ってみせたマコルの目は、全く笑っていなかった。


「ひいいっ」

「すみません、すみません!!」


慄く男子生徒達に同情する気などマコルにはない。


とりあえず、相手が動けなくなるまでぼこぼこに殴った。


マコル一人に対して相手は五人だが、名家フォルノリアの跡取りであり学園トップの魔力を持つマコルに、五人は逆らうつもりすらなかったらしく、大人しく殴られていた。


全員が動けなくなると、マコルは五人のブレスレットフォンを外し、全て魔法の熱で溶かす。


動画など撮られていたらたまったものではない。


全て終わりマリアの方を向くと、真っ赤な顔をしたマリアが囁くように声を出した。


「マ、コル…。 苦しい…」


駆け寄って抱き起こすと、マリアの体温が異常に熱いことに気づく。


「っ……!! おい! こいつに何した!!」


倒れている男達を怒鳴りつけると、一人がひい、と声を上げて答えた。


「さ、サーシャ様が、お父様の病院から持ってきた媚薬を濃くして飲ませたと…」


マコルは大きく舌打ちをする。


マコルの使える魔法はマリアと同じ、炎、雷、風。 


薬に関することは治療に特化した水の魔法の領域だ。


しかも、サーシャが魔法を使った薬となると、その辺の学生風情では効果を消し去ることはできないだろう。


「おい、てめえら…本当に殺されたくなければ、さっさと出ていけ!」

「は、はいぃ!」


転がっていた男達は、体を引きずりながら教室を出て行く。


その様子を見送ってから、マコルはマリアの手足の縄を焼き切った。


その皮膚に残る痛々しい縄の痕を見て、マコルは顔をしかめる。


水の魔法を使えない自分には、薬の効果を消すこともこの痕を治すこともしてやれない。



自身の鞄からペットボトルを出して、マリアの口に飲み口を当てる。


「水…飲めるか?」

「うん…」


ゆっくりと口に水を流し込むが、力が入らないせいか、マリアの口端から水が漏れる。


それがなんとも官能的で、マコルは視線を逸らした。


「身体、熱い……私、どうなるの…?」

「死にはしないだろうけど……薬が抜けるまでは、多分すげえ辛い」


こんな扇状的な状態のマリアを置いて、水の魔法を使える人間を探しにはいけない。


かといってマリアを抱えていくのは、マリアが手籠にされそうになったことを全校中に知らせるようなものだ。


そもそも、サーシャと同等かそれ以上の魔力を持つ水魔法使いなど、この学園には一部の教員くらいしかいない。


教員の連絡先など、マコルは知らない。


「死なないなら…大丈夫。 我慢できる…」


心配するなと言いたげに無理に笑うマリアを見て、マコルの胸はぎゅうと痛む。


「………悪い。 俺…部屋から出てるわ」


これ以上、辛そうな彼女を見ていられない。


辛そうなのに、彼女に色を感じてしまう自分にも耐えられなかった。


「今のお前に誰も近づけないように……ドアの前にいるから。 辛いと思うけど……耐えてくれ」


こくりとマリアが頷くのを確認してから、マコルは教室の扉を開いた。


ーーー自分がもし、水の魔法を使える魔法使いであったならば。


千年前に彼女を守っていた男のように、サポートができる魔法使いであったなら、苦しそうな彼女を助けることができたのに。


何も変わらないとわかっていても、そう考えずにはいられなかった。



扉の前に座り込み頭を垂れていると、数メートル先から声が聞こえた。


「マコル」

 

呼ばれた方を見ると、そこには地学科代表、ヤナハ・アースロが立っていた。


「こんなところで何してる?」


すたすたとヤナハが近づいてくる。


「ここは水学科の校舎だぞ。 他学科の生徒は立ち入り禁止だ」

「……お前も学科違うだろうが」


何故地学科のヤナハがこんなところを歩いているのか、見当もつかない。


「俺は水学科の授業も受講してる。 今も講義の帰りだ」


ヤナハはほら、と手に持つ教材を見せてくる。


「……! お前、水の魔法使えるのか?」

「ああ。 ある程度はな」


知らなかった。


学科代表で集まっているときは、水魔法が必要になればサーシャがいる。


考えみれば、サーシャ以外の三人の使える魔法属性など覚えていなかった。



ーーー純粋な魔力だけなら、ヤナハはサーシャに対抗し得る。


適性が水魔法であるサーシャには劣るかもしれないが、試す価値はある。


「……頼みがある」

「マコルが、俺に?」


訝しげに目を細めるヤナハの手を無理やり引き、マコルは教室の扉を開けた。




教室の扉を開けると、マリアが床で横になっている。


熱い吐息を時折声を交えて漏らしながら苦しそうにしており、首筋に汗の玉が光っていた。


「これは……」


ヤナハは顔色も変えず、倒れたマリアをじっと見る。


「扇状的だな」

「まじまじと見んじゃねえ」


マコルは漫才の突っ込みのようにヤナハを叩く。

真顔で何をいうかと思えば、くだらなかった。


ヤナハは叩かれた後頭部をさすりながらも、マリアを観察している。


「で、サーシャに媚薬を盛られたから彼女の薬の効果を緩和してほしい、と」

「そうだ。 できるか?」


マコルは祈るような気持ちでヤナハを見る。


ヤナハは少し首を傾げて考えてから答えた。


「完全に効果を無くすことは、俺には出来ない。 いくら魔力はサーシャと同程度とはいえ、俺の適正は水じゃないからな」


やはりな、とマコルは思う。


「弱くするだけでもいい。 少しでも、苦しさが緩和されるならそれでいいから、頼む」

「わかった。 やってみよう。 しかし……」


ヤナハは深刻そうな表情をしてため息を吐く。


マコルの胸に不安が過った。



ーーーまさか、魔法に副作用でもあるのか?



百年に一人の天才と言われていても、マコルは水の魔法については門外漢だ。


人の体内に影響を及ぼす魔法なのだから、何かあってもおかしくないのかもしれない。


固唾を飲んで見守るマコルのほうへ体を向けて、ヤナハは重い口を開いた。


「こういう時は助けたお前が火照った身体を慰めてやるべきなんじゃないか? エロ同人みたいに」

「真面目な顔して馬鹿なこと言ってんじゃねえ。 早くやれ」


マコルは再び、ヤナハの後頭部を叩く。


これから助けてもらうところだというのに、叩かずにはいられなかった。


「気を遣って言ってるのに…」


後頭部を撫でながら残念そうに言って、ヤナハはマリアの身体に手を当てた。


「そんな気遣いいるか」

「わかったよ……いくぞ」


ヤナハの魔法とともにマリアの表情が和らぎ、荒かった息が次第に穏やかな寝息に変わっていく。


頬の赤みは完全に治ったわけではないが、だいぶ楽になったのが見て取れた。


その表情を見て、マコルはほっと息を吐く。



「……本当に良かったのか」

「何が」

「他の男達とは未遂だったんだろ。 据え膳じゃないか」

「………」

「『身体が熱いの……お願い、めちゃくちゃにして……』」

「お前の頭の中のエロ同人はどうでも良いんだよ」


恩人相手だというのに、マコルは再びヤナハの後頭部を叩く。


「冗談は置いておいて……お前、この女のことを気に入っていただろう。 今まで色々な女と遊んでいたようだったから、この女にもすぐ手を出すのかと思っていたが」


仕事は終わったと言わんばかりにすくっと立ち上がり、ヤナハはマコルを見下ろす。


すうすうと眠るマリアの額に手を当てたまま、マコルは罰が悪そうに答えた。


「……嫌われたくねえんだよ」


一瞬、ヤナハは細い目をまん丸にして呆気にとられる。


「本気なのか」


マコルは決まりが悪そうに頷く。


「お前ほどの男が本気になるような女か…。 興味が湧くな」


マリアを見ながら顎に手を当て、ふむ、と考えるヤナハ。


「手放せないほどの床上手だとか」

「お前は見た目真面目そうな癖に下ネタしか吐けねえのか」


わざわざ立ち上がって突っ込みを入れはしなかったが、近くにいたらまた叩いているところだった。


「でも……こいつが待ってるのは、俺じゃないからなあ」


マリアの頬に指を滑らせ、少しだけ悔しそうな顔でマコルが呟く。


ヤナハはその言葉に首を傾げながらも、何も言わずに二人を見ていた。




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