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魔法学園創設者の苦悩  作者: 有里桃貴
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死後の記憶


「姉様?」


カルリアは姉の亡骸の前に立っていた。


(この冷たく動かない物が………姉様だって?)


そんな筈がない。


何故なら彼の姉は、この世で最も強い魔女なのだ。


彼女が魔法で負ける訳がないし、ラックが使う弱々しい武器などにはどうやったって負けはしない。


だから彼は目の前に姉であった物を差し出されても、信じられなかった。


「シェラリア様はラックの男に背後からナイフで心臓を突かれ、そのままーーー」


呆然としたまま、姉だった物から視線を外す。


棺の横には、彼女の盾と呼ばれた男が膝をついていた。


「アルト、さん……」


男は名を呼ばれても動きはしない。


カルリアがそこにいることすら、彼は気付いていないようだった。


カルリアは男の胸ぐらを掴み、無理矢理立ち上がらせる。


「あなたがついていながら、どうして………どうして!! 答えろよ! アルト・シャルルハス……!」


強く優しく美しい、自慢の姉だった。 姉のことが大好きだった。


そして姉が信頼し、背中を預けていたこの男にも、カルリアは憧れを抱いていた。


カルリアは大切な姉を失ったと同時に、男への敬慕が失われていくのを感じた。


「………どうして、なんだろうな」


アルトがぽつりと呟く。


「どうして俺は、シェラリアの側にいなかったんだろう」


その呟きは、まるで懺悔しているような言葉だった。


虚ろな瞳で空を見つめながら声を発する彼は、宛ら壊れた機械人形のようだ。


「シェラリアを殺したラックを、殺してやろうと思った。 俺が考え得る中で一番苦しくて、一番無惨な殺し方をしてやろうと思った」


残酷な言葉を発する口は、少し震えて沈黙した。


それから、こぼれ落ちるように呟く。


「だけど……そのラックを見つけた時、そいつはもう死んでいた」


アルトの瞳から、ぽたりぽたりと涙が溢れる。


「……なあ、カルリア………。 俺はどうしたらいいんだ?」


彼は縋るように、カルリアの襟を掴んで崩れ落ちていく。


「……俺は今、ラックが憎くて、全て殺してしまいたくて仕方がない」


アルトの手は力なくカルリアの服の裾を掴み、わなわなと震えていた。


「俺は……これからどうしたらいい?」


自分以上に錯乱するアルトを見て、カルリアは思う。


(ああ……。 この人は、姉様がいないと……こんなに弱い人だったのか)


支えを無くし、憎しみに暮れる姿。

その憎しみさえ行き場を失い、絶望する姿。

姉の背中を守っていた時の輝きは、見る影もない。


(姉様がここにいたら、きっと……憎しみに苛まれる彼を見て、大層悲しむのだろう)


「………アルトさん」


カルリアは崩れ落ちたアルトの肩を掴んで、強い瞳で彼の目を見つめる。


(この人に、絶対にラックを殺させない。 きっとそれが、僕から姉様への手向けになる)


「姉様を、取り戻しましょう」


(姉様、ごめん。 僕には……姉様を失ったアルトさん(この人)の憎しみを、あなたへの希望へ変えることしかできない。 あなたの研究した秘術をこんな形で勝手に使って、ごめん)


カルリアは、彼の姉が研究していた秘術ーーー記憶・能力の継承転生の魔法の論文をフォルノリアの書庫から持ち出した。


彼女の遺した秘術と彼女の亡骸を使って、アルトとカルリアは転生魔法の儀式を行った。


二人の愛した彼女が、そのままの優しさと強さを持って帰ってくることを願って。




==============




「あなたの弟君であるカルリア様は、あなたの生前の秘術研究の中にあった記憶・能力の継承転生の魔法の存在をアルト様に伝え、二人でそれを行使しました。 ……そうしなければ、アルト様の精神が壊れてしまいそうだったからです」


切々と千年前の出来事を語るマコルに対して、マリアの猜疑心は既に薄れていた。


マリアは、自身が転生した時からずっと疑問に思っていた。 転生の秘術を行使したわけでもない自分が、どうして記憶と能力を引き継いだのか。


ーーー自分の死後に、儀式が行われていたのだ。


そして、マリアの生前の秘術の研究を知るのは、当時のフォルノリア家の者のみであった。 

秘術の存在を知ることも、それを持ち出し行使することも、フォルノリアの者でなければできないはずだ。


ーーー弟のカルリアには、恐らくそれが出来たであろう。



マコルの話は、マリアの疑問の穴を次々と埋めていく。 疑うことすら、困難なほどに。


「……これが千年前、あなたが死んだ後の出来事です」


話が終わると、マコルは伺うようにマリアの顔を見上げる。


その瞳は今まで見てきたマコルの悪意ある瞳とは違い、誠意のある光を持っていた。


「どうして、あなたがそんなことを知っているんですか……。 まるで、彼らと一緒にいたみたいに」


マリアはもう誤魔化さなかった。


自身の正体を隠すことよりも、マコルからもたらされる情報に意味があると思ったからだ。


「フォルノリアの末裔は、シェラリア様の遺してくださった秘術のうちの一つ………記憶伝承の術を行使して、代々家を継ぐ者が記憶を伝承してきました」


マリアは驚愕して目を見開いた。


そんな彼女をじっと見つめ、マコルはゆっくりと告げた。


「俺はあなたの亡き後、代わって家督を継いだ弟君……カルリア様の記憶を持っています」





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