伝説の魔女は平和に生きたい
4連休は1日3話のペースで投稿します。
よろしくお願いします。
唸る地響き。 轟く爆発音。
高らかな断末魔と、非情な敵の笑い声が軍隊行進曲を奏でる戦場で、今。
マリア・アルファリオは選ばなければいけなかった。
無能力者として、家族や友人達と共に死ぬか。
能力者として、能力を戦争に行使する兵士と成り下がるのか。
「お前が聖魔法学園シェラルニアに入学をして、魔法兵となるのなら……この村への攻撃をやめてやる。 さあ……どうする?」
過去の自分の過ちが故にこの理不尽が突きつけられているのだとしたらーーー受け入れる以外に、道はない。
「……学園に入学します。 どうか、家族や村の人々には、手を出さないでください」
服従と同義の答えを聞き、その男は下卑た笑い声を村中に響かせた。
服従など、誰がするものか。
家族を守るために出来ることが、これしかないのならーーー私がこの手で、汚れた社会を変えてやる。
そう心で叫びながら、彼女は立ち上がった。
==============
この世界には、二つの人種が生きている。
一つは、特別な能力を持った人間達。
炎、水、風、雷、地の五つの魔法を自在に操り、次々と権力や名誉、金を得ていった。
もう一つは、能力の無い普通の人間達。 能力者に使われ、虐げられながらも、質素にひっそりと暮らしていた。
能力のある人々は、無能力の人々を蔑むように欠けた者ーーラックと呼び、反対に自分達のことは、神に恵みを与えられた者ーーーブレスと呼んだ。
千年前、ラックとブレスの格差を是正するために動いた、伝説の魔女がいた。
その魔女は当時ブレス同士の戦いを収めて能力者達を統一し、ラック達と共存する世界を作り上げるべく、魔法使いの子供達を教育する機関を作り上げた。
それが、聖魔法学園シェラルニア。
しかし伝説の魔女は、とある事件に遭い、教鞭を取ることなくこの世を去った。
彼女の亡き後、シェラルニアは彼女の望み通りの学び舎とはならなかった。
ラックとの共存を生徒達に教える為に創設された学園シェラルニアは創設から千年後、ラックを虐げる為にブレスの子供達へ魔術を教える魔法兵士育成機関となっていたのである。
それをマリアが知ったのは、四歳の頃のこと。
その歴史が、マリアにとっては不思議でならなかった。
そうなる筈がないと、彼女は知っていたのである。
==============
「姉貴、飯出来たよ。 顔洗ってこい」
マリアは弟、ナイルの声で目が覚めた。
カーテンから差し込む朝日が目に染みる。
ナイルの開いた扉の向こうからスープの香りがふわりと匂い、途端に空腹に気付かされたようにマリアのお腹が鳴った。
「……おはよう」
「おはよ。 朝から食欲旺盛だな」
ちゃかすように笑いながら、ナイルはマリアの部屋を出て行った。
マリアは顔を洗って、食卓につく。
テーブルと椅子は古いためか、座るとギィと音がする。
今日の朝食は少しの米と目玉焼き、畑で取れた野菜のサラダ、野菜屑のスープだった。
(卵があるなんて、今日は豪勢だな)
「いただきます」
「どうぞ」
裕福な家庭ではないので食事は質素な物が並ぶが、マリアには文句なかった。
毎日をぎりぎり生きられる程度の食事にはありつけていたからである。
その上、料理の上手な弟のおかげで飽きることはない。
(今日も美味しい)
ナイルは既に食べ終わったのか、後片付けをしながらテレビを見ていた。
突然テレビからジジジ、と音がする。
そちらを見やると、テレビは時折波打つだけの黒い画面を映していた。
ナイルが困ったように眉を潜めている。
「……また映らなくなった……。 姉貴、いつもの頼む」
「うん」
マリアがテレビをごんと叩くと、ニュース番組が流れ始めた。
ゴミ捨て場から拾って来たテレビは非常に映りが悪いが、このアルファリオ家では重宝している。
電化製品は高価すぎて、ラックに簡単に買える代物ではないのである。
「……随分近づいて来たな……」
「戦地?」
「そう。 もうここから三十キロくらい先の場所で戦ってるだろ。 ……此処らのラックの村が火の海に変わるのも、遠い未来の話じゃない」
窓の外を眺めながら言うナイルは、これから起こりうる戦火を想像して苦い顔をしていた。
″ 戦っている″とナイルは表現したが、正しい表現としては間違っている。
テレビでも″ 戦争″と表現して報道しているが、ブレスに対抗する力などラックは持っていない。
ブレスによる一方的な弾圧と暴力が横行しているだけだ。
力あるものはいつの時代であっても傲慢なものだ、とマリアは思った。
「……そんなことしなくたって、私達は力のある人達に逆らおうとは思わないのにね」
ブレスはなんだって持っている。
金も地位も名誉も、最新の科学技術だって、世の中の輝かしいものは残らず全てブレスのものだ。
ラックは少ない賃金で労働する家畜としてしか扱われていない。
それどころか近年は、賃金を必要としないロボットやアンドロイドとやらに仕事を奪われ、労働することすら許されないような状況であった。
その上ラックが追いやられた居住地は狭く、加えて不毛の地であり作物も多くは収穫できない。
金も食べ物もなく、ただ毎日をどうにか生きるだけの日々をラック達は暮らしていた。
(私達から奪えるものなんて、これ以上に何があるというんだ)
マリアが俯いて考えていると、ナイルがため息を吐いた。
「力のある奴らの考えなんて、ラックの俺達にわかるわけないだろ。 表向きは″ 数の暴力に屈しないため″らしいけど」
ラックは人口の七割以上を占めており、ブレスよりも数が多い。
しかし数が勝るからといって、ラック百人を一人のブレスが簡単に虐殺できるほどの力の差がありながら、どうしてブレスに歯向かおうと思えるのだろう、とマリアは甚だ疑問に思う。
「そういえば…父さんと母さんは?」
「父さんは仕事で隣町に出向。 母さんは畑に出てる」
ナイルは戦況についてのニュースを見終えるとすぐにテレビを消し、家事に戻る。
てきぱきと動く様子を見て、本当によく働くいい子だなあと思う。
「俺も姉貴の食器片付けたら畑を手伝いに行くけど、姉貴はどうする?」
「私も手伝うよ」
「ごちそうさま」と呟いてマリアが食器をシンクに置くと、「はいよ」と返事をしてナイルが食器を洗い始めた。
「ありがとね。 すぐ支度してくる」
自室に戻って着替えた後、マリアはナイルと共に畑に向かう。
畑に到着すると、二人の母が地面を耕しているところだった。
マリアとナイルを見るなり母は、満面の笑顔で迎えた。
三人で畑に苗を植え、熟れた野菜を収穫し、お昼にはナイルの握ったおにぎりを食べる。
具や海苔なんて高価なものはないけれど、それでも、家族で食べるご飯は美味しい、とマリアは幸福を感じていた。
貧しいけれど温かく平穏な日々がずっと続くように、心から願っていた。
だからこそ、マリアはこの幸せを守るために、誰にも知られてはいけない。
彼女がーーーマリア・アルファリオが、伝説の魔女、シェラリア・フォルノリアの生まれ変わりであることを。