アラン・過去3
アランが王女の護衛騎士となってから一年と少々の時間が経った。
護衛騎士としての仕事は護衛対象である王女を守ることだが、それは常に、というわけではない。空き時間はあるわけだし、騎士として訓練に出る必要があるし、他に仕事が与えられたりする場合もある。
今日はそんな日の内の一つで、アランは普段の王女の護衛の際にはつけないような全身鎧をつけて他の騎士たちと共に並んでいた。
そんなアランたちの前にはどこか落ち着きのなさが感じられる少年たちがならび、一人づつ前に出て自己紹介をしていた。
その少年たちの歳の頃は十五。今日は騎士団に入る新人達の入団式の日だった。
「アラン・ゼートです。本日より騎士団に入団しました。よろしくお願いしまっす!」
新人達の自己紹介が進んでいくと一人の少年が前に出てきた。
その少年は名前をアランと言うらしいが、アランは自分と同じ名前だったその少年のことが少し気になっていた。
気になった、と言っても何かおかしなところがあるというわけではなく、ただ単に名前が同じだったから気が引かれたというだけの話だった。
実際そのあとは他の者が前に出てきたことで自分と同じ名前の『アラン』のことは意識から外れていた。
入団式が終わり、その翌日。
新人達は今日から本格的な訓練が始まるのだが、まだ半人前どころかひよっこだとは言っても騎士は騎士だ。使う寮や食堂などの施設は正式な騎士達と変わらない。
そして、それは王族の護衛騎士であっても同じだ。
だから二人が出会ったのはある意味必然だったのだろう。
「あれ? 紹介んときに見なかったよな?」
アランの目の前にはアランよりも一回り大きい背丈をした自分とは違う『アラン』がいた。
この時のアランの背丈は他の者達よりも低い。当然だ。アランが入団した時よりも時が経ったとは言っても、それでもまだ新たに入団した者達よりは歳が低いのだから。
そんな周りよりも背の低いアランは、自己紹介の時に前に出ていれば目立っただろう。
だというのに、『アラン』は見覚えのなかったために不思議そうにしながら、一人で食事をとっていたアランに対して声をかけたのだった。
「いえ、いましたよ」
しかしアランはそんな言葉に首を振って否定した。
「え? うそ。俺見逃したか?」
「見逃したわけではないですよ。私は紹介はしていませんでしたから」
「? 紹介んときにいたんだよな?」
アランの言葉に意味がわからないとばかりに首を傾げるが、これはアランが悪いだろう。明らかに言葉が足りていないのだから。
「ええ。ただし、新人としてではなく上官としてですが」
「は? え、ちょっと待った。上官って……上官?」
アランの言葉を聞いて困惑した様子を見せる『アラン』は、周りを見回して近くにいた上官である騎士とアランのことを見比べた。
だが、その結果尚のこと眉を寄せることとなった。
「ええいやでも、お前俺より下に見えるけど?」
「でしょうね。歳は十三……もうすぐ十四ですから」
「十三って……騎士団って十五からだろ? なんでそんな……」
「簡単にいえば父親のコネです。二年前、十二の時に騎士団に入りました」
そんなアランの言葉で本当のことなんだと理解したのだろう。『アラン』は唖然としたように呟いた。
「マジか……って、じゃあ俺、じゃなくて私は上官に対して……」
「訓練や任務中では気をつけたほうがいいですけど、自由時間や休憩時間中は無理して敬わなくていいですよ」
「あ、ああそうか? そりゃあまあ、助かるが……」
その目は本当にいいのか、と尋ねるようにアランを見ていたが、アランが頷いたことで納得したのだろう、ホッとしたように息を吐き出してから再び話し始めた。
その後、二人のアランは話していた——というよりもほとんど『アラン』が一方的に話しかけていただけのような気もするが、そうしているうちに時間は過ぎていった。
「——でさあ」
「そろそろ時間ではありませんか?」
アランが周囲を見回すと、そこには食堂にいた他の騎士達が移動を始めていたところだった。
むしろもう何割かは移動を終えたようで食堂からいなくなっている上に、残っているものも少し急いでいる様子なのをみればわかるが、時間的には割とギリギリなところがあった。
「おまえは行かないのか?」
「私はミザリス殿下の護衛騎士ですので、騎士団としての訓練には参加したりしなかったりです」
「護衛騎士って。お前みたいのがか?」
「実力と見た目は違いますから」
自慢することでもないが、過度の謙遜は自身の主を貶めることにも繋がりかねない。なのでアランは舐められないような発言をすることがあった。
「そりゃあそうだが……」
「訓練で一緒になった時にわかりますよ」
アランの言葉を聞いても完全には納得しきれない様子だが、それ以上は実際に体感させなければ何を言ったところで意味がないとわかっていたアランはそう言ってから立ち上がると食器を手に歩き出した。
「それでは、訓練頑張ってください。遅れると怖いですよ」
「え? ああっ!? やべえっ!」
周りを見ると数人を残してほとんど誰もいなくなっていた食堂を見て叫ぶと、『アラン』は急いで立ち上がって先を進んでいたアランを追い抜いて食器を片付けて走り去っていった。
「じゃあな!」
それからおよそ一週間が経過したある日。アランは今日も王女の護衛という任務から外れて訓練場にやってきていた。
訓練場にやってきたアランはその場で新人達を指導していた騎士の一人を視界に収めた。
どうやら今は休憩中のようで新人達は息も絶え絶えになって地面に座り込んでいたが、教える側である騎士達としてはその程度の訓練は慣れたものであるために余裕そうにしている。
他の騎士と話していた目的の人物に声をかけて軽くその後の予定について話したあと、お辞儀をしてからその場を離れた。
それからは自分の役割がくるまで準備運動でもして待機していようと思って壁際に移動しようとしたアランだが、不意に視界のはしに見知った顔を見かけたので何となしにそちらに向かって進んでいった。
「んあ? ……あー、久しぶりだなー」
疲労によって倒れていたところに誰かが近寄ってきたのが分かったからか、倒れていた者は顔を動かして自分へと近寄ってきた者へと向けた。
するとその者はアランへと向かって話しかけたのだが、それはどこかぼけたような声だった。それだけきつい訓練だったということだ。
「ええ。……訓練はどうですか?」
疲労を滲ませて倒れている『アラン』に対して、アランはそんなふうに声をかけた。
普段は自分から誰かに声をかけるなどほとんどしないというのに、この時そうしたのはそれだけ自分と同じ名前の男が気になったからだろう。
「あーなんとかついてけてる感じだな。これでまだ一週間だってんだから、本当にやってけんのかって感じがすんな」
『アラン』は人がきたために体を起こしてからそう言って苦笑いした。
「……大丈夫ですよ。一度騎士団に入ってしまえば、最低でも一年は並大抵の理由では辞められませんから。いやでも慣れます」
アランはそのまま話すと見下しているようになってしまうので座るべきかと迷ったみたいだったが、人とあまり接してこなかったためか距離感がわからないのだろう。結局立ったまま話すことにしたようだ。
「いやそれ、大丈夫ってかむしろ大丈夫じゃないんじゃ……」
「でも騎士団に入ったのは自分の意思でしょう?」
「あー、まあな。うちは親父が騎士爵なんだが、貴族って言ってもそんな金があるわけでもねえからな。お袋も仕事してるし、俺も稼がねえとってな。騎士になれば衣食住に困んねえし、むしろ金がもらえる。それに税金だって騎士になれば安くなるしな」
「どこも似たような話ですよね」
「お前もか?」
「ええ。一応男爵家ですが、母は内職をしてますし、当主である父が死んだらそれまででした。だから父は早いうちから私を騎士団に入れたんです」
「やっぱうちだけじゃねえってか。安心、って言ったらあれだが、華々しい貴族なんてのは幻想だってわけだ」
それほど親しくもない相手に、どうしてそんな話をしたのかアラン自身よくわからなかった。
だが、それでも途中で止めようとは思えなかったようで言葉を止めることも撤回することもなかった。
「ところで、一つ聞いてもいいか?」
「はい? なんでしょうか?」
「なんで俺に構うんだ? こんな身の上話までして……一度会っただけだろ俺たち」
親しげに話しているが、アランは上官ということもあるし、そもそもがそれほど親しくないのだからそんな話をすることもなかったはずだ。
だからこの時の『アラン』の問いかけは正しいものだっただろう。
「ああ。そうですね……一言で言ってしまえば、名前? です」
アランは少し考え込んだ様子を見せた後に答えたのだが、その答えはどこか迷った様子だった。おそらくは自分でもよく分かっていなかったのだろう。
それでも名前と言ったのは、あえて言葉にすればきっとそうなのだろう、と先日自分とは違う『アラン』と話してから考えたからだった。
まあそれも、結局は完全に答えを出せたわけではないから疑問系となってしまったが。
「名前?」
「はい。私の名前をご存知ですか?」
「いや……そういや聞いてなかったな」
「私はアラン・アールズと申します」
「アランって、そりゃあ……」
「あなたと同じですね」
「自分と同じ名前だから気になったってか?」
「まあ、そうですね。アランなんてそう珍しい名前でもありませんから同じ騎士団に何人か被ってもおかしくはありませんけど」
実際、アラン達以外にも軍には『アラン』という名前はそれなりにいる。
「ただ、同年代で同じ名前の騎士となると、自然と目が行きますよね。少なくとも、他の者よりは気になります」
「ほーん? まあそんなもんかねぇ」
その言葉を聞いてぼんやりと納得したような声で返事をした『アラン』だが、ふと何かを思い出したかのようにアランに声をかけた。
「っと、そうだ。あんたはその言葉遣い変えないのか? 年上って言っても、一年や二年なんだし、それほど畏まることはないだろ。それにここではあんたの方が先輩なわけだし」
新人の騎士がタメ口で話し、上官であるはずの者が敬語を使うというのはどう考えてもおかしい。これで実家の身分差があるというのならわからなくもないが、それだって家柄で言ったらアランの方が上なのだから敬語を使う理由にはならない。
だがそんな言葉を受けてもアランは首を横に振った。
「いえ、これは王女殿下の護衛としてふさわしい言動をしなければなりませんから」
「はー、普段からそれって大変だな」
「そうでもないですよ。これは自分から望んでなったことなので」
訓練も言葉遣いも振る舞いも、全ては王女の護衛騎士として相応しくあるために身につけたものだった。
それはアランが望んだことなので、アランにとっては苦痛でも何でもなかった。
「そろそろ休憩が終わりますね」
「あ゛あ゛〜、また始まんのか……」
「訓練は大変ですか?」
「まあな。だがこの後は少し楽だな。週一回で現役の騎士と一対一をするんだが、そう何人も集めるってわけじゃないから戦ってるやつと見てるやつで別れるんだ。だからその見てる間ってのは休憩できんだよ——って、んな話は知ってるか」
「ええ。でも、頑張ってください」
そう話をしてから『アラン』は集合するために移動を始めたのだが、なぜかアランも一緒についてきていることを疑問に思った。
だがそういう事もあるだろうと、それよりもこの後は楽なのがいいなと考えて集合場所へと進んでいった。
「今回は王女殿下の護衛騎士の者と戦ってもらう」
「王女の護衛? それって……」
新人達の訓練を引き受けている騎士からの言葉を聞いて、新人達は王女の護衛とはどんな者だろうかと期待や憧れやちょっとした怖れを込めた顔をしたが、『アラン』だけは顔をひくつかせた。
そして、騎士達の紹介で現れたのはやはりというか当然というか、アランだった。
新人達は自分たちよりもわずかながら幼く見えるアランのことを期待外れとでもいうかのようにガッカリとした視線を向けた。おそらくは王女の護衛と言っても話し相手のようなものとして考えたのだろう。
だが、そうであればあれほど自信満々に「見ればわかる」なんていうはずがない。
そう考えた『アラン』だが、不幸なことにアランの戦いを見てどれほどの腕なのかを確認する前に一番最初の相手としてアランと戦うこととなった。
「あー、よろしく頼むわ」
「ええ。よろしくお願いします。——ですが」
模擬戦を行うために訓練場にて向かい合った二人のアランだが、まだ戦いを見たことがあるわけでもないので見た目からの侮りがあったのだろう。
アランは挨拶を終えると、今ひとつ緊張感を持てずにいた『アラン』に対して接近し——
「今は訓練中なので、言葉遣いは気をつけた方がいいですよ」
そう言いながら思い切り剣を叩きつけた。
思い切りと言っても加減はしていたし、武器も木製の剣だ。だがそれでも思い切り叩かれれば痛いに決まっている。
「うおあああいっっっってええええっ!?」
結果、剣を持っていた手を叩かれて持っていた剣を離しながらみっともなく叫ぶこととなった。
「いててて……お前強くねえか?」
訓練が終わった後、二人は自室に戻るために廊下を歩いていた。
部屋そのものは違うが、部屋のある建物は同じなので途中までは一緒なのだ。
だが、先ほど戦った姿を見たからか、周りにも人はいるのに誰一人としてアランに話しかけてくる者はいなかった。
「これくらいできなければ殿下の護衛として足りませんから。ですが、まだまだです」
「まだまだって……結局最後はお前一人対俺たち新人全員でやったってのに負けたんだぞ?」
アランは個人戦として一対一を終えた後、集団戦としてアラン一人対新人騎士全員で戦っていた。
それはアランが望んだことだ。それくらいしないと訓練にならない、と。
最初はそれを指導役だった騎士達は止めたのだが、どうしてもということで、やらせてみればどれほど無謀なことかわかるだろう、とやることとなった。
だが、結果は新人達の全滅。まだ入ったばかりとはいえ、アラン一人で数十という数の相手を倒してしまったのだった。
「ですが、三度も剣を受けてしまいました。これが実践であれば、毒などで死んでいた可能性があります。それに、護衛である私は王女の剣。ならば、不甲斐ない姿を見せるわけにはいきません。私が苦戦する姿を見せてしまえば、殿下が侮られる理由となりますから」
しかしそんな他の者達を驚かせる結果とてアランにとっては不満の残るものだった。そんなことでは王女を完璧に守ることなどできはしないのだ、と。
「お前がそんなに頑張るってことは、王女様ってのはいい人なんだろうな」
「ええ。まだ年齢的に言えば幼いですが、仕え、守るべき主人としてこれ以上ないほどの素晴らしい方です」
「はー……一度くらい会ってみたいもんだなぁ」
「護衛騎士となればいつでも、とはいきませんが頻繁に会えますよ」
「そこで『会わせてやる』とは言わないのな」
「私はただの護衛ですから」
そうして話しているうちに二人は騎士寮につき、それぞれの部屋に戻るべく分かれていった。