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王女12

 

「……なんですか。あなたにどのような権限があって私を止めているのですっ」


 私は苛立ちまじりに話したせいで語調がキツくなってしまったかもしれませんが、そんなことは気にしている余裕などありません。


「皇帝陛下からのお言葉を伝えに参りました。聞いてはいただけませぬかな?」

「……陛下から? ……聞きましょう」


 急ぎたい。けれど、こちらを見つめている皇帝の姿を見てしまえば、断ることなどできようはずもありませんでした。


「結構」


 知らせを持ってきたと言うその者は、皇族でもないのに他国の王族である私に対して尊大な口調で頷きました。

 それによってこの者が私たちのことをどう見ているのかなど容易にわかりますが、今はそんなことに構うつもりなどないので無視します。


「それでは皇帝陛下より預かったお言葉をお伝えいたします。——『予想していたものとは違ったとはいえ、此度の闘い誠に見事であった。ついては、決闘を行なった騎士の治療はそちらでは難しかろう。こちらで受けることも可能だが、どうする?』とのことです」


 ……確かにアレほどの怪我をしていれば、私たちでは完全に直すと言うのは難しいかもしれません。ここは自国ではない訳ですから設備も人でも足りていませんから。


 ですが、それでも任せる気にはなれません。ヴィナートが親切でそんな事をするとは到底思えませんし、ヴィナートに任せたところで、アランが無事に戻ってくると言う保証などないのですから。


「結構です。アランはこちらで治療します」


 それにそもそもの話、仮に我々の中にアランを治せるものがいなかったとしても、ヴィナートにアランのことを診せるわけにはいきません。万が一何があった場合、揉み消すことができなくなりますから。


「そうですか」

「……話は終わったはずです。そこを退きなさい」

「お待ちを、ミザリス王女殿下。まだお話は終わっておりませぬ故」

「では早く話しなさい。それともあなたはこちらに遊びに来たとでも言うのですか?」


 私が咎めると、伝言を持ってきたものは僅かながらも不快げに表情を歪めましたが、自身の役割は果たすつもりなのでしょう。頬をひくつかせてから口を開きました。


「まあ待て。要件はもう一つあるが、そちらは私から話そう」

「……陛下」


 けれど、その言葉は皇帝が現れたために紡がれることはありませんでした。


「決闘は見事であったが、いかに決闘とはいえ我が国の皇太子殺したのだ。──ただで済むとは思っていまいな?」

「なっ!? 決闘はそちらから言い出したことではありませんか! それで負けたらこちらを責めるなど、身勝手が過ぎるのではありませんか!?」


 自分たちから提案して決めておいて、いざとなったらそれをひっくり返すようなことを言ってきた皇帝に対して、私は怒りを込めて抗議しました。


「だろうな。ああわかっている」


 皇帝も自分の言っていることが道理にないことは承知しているのでしょう。私の訴えに対して眉を寄せながら、それを宥めるかのように手を前に出してそう言ってきました。


「俺としては何かするつもりはない。勝った方が正しいって決まりを実行されたんだからな。ここで負けたから手のひらを返すようじゃ恥ずかしくて生きてらんねえよ」


 自身の呼び方が『私』、ではなく『俺』と言う呼び方に変わり、口調や態度もどこか砕けたものに変わりました。

 なぜだろう、とそのことに疑問が湧きましたが、私が何かを問いかける前に皇帝は言葉を続けます。


「だがな。何もないかというと、そう言うわけにはいかない。ただの冗談で終わるとも言い難いんだよ」


 そういって軽く息を吐き出した皇帝は、やはりそれまでとは違って皇帝らしからぬ動作で話を続けました。


「今回の場合、そちらに全く非がないというわけでもない。手足の三本四本程度切り落としたとしても殺したとしても、この決闘では本来ならばなんら問題はなかった。だが最後、フラントは完全に降参の宣言こそしていなかったが、その姿勢は見せていた。そしてそれを聞くだけの余裕があった。それでも降参を最後まで聞かずに殺したとなると、それを理由にすることはできる。いくら殺しがルールとして定められていたとしてもな」


 皇帝はそう言いましたが、確かにフラント皇子は降参のような言葉を口に仕掛けていたようにも感じられましたけれど、だからといって聞くだけの余裕がアランにあったのかというと疑問ですね。


 何せアランは戦いが終わったあとに血を吐きながら倒れ、先程搬送されたのです。そんな状態だった人間が、果たして敵の言葉を聞いている余裕があったものでしょうか? 


 ですが、勝利宣言の直後に倒れなかったと言うことはその程度の余裕はあった、などと言われれば説得力はなくとも理由にはならないこともない。

 そして理由にさえなってしまえば、フルーフとヴィナートの国力の差からその理由に抗議することはできません。


「まあ言いがかりみてえなもんだ。だが、俺は動かなかったとしても他の奴らがどうするのかわからん。愚かであったとはいえ、継承権を持っていたものが死んだんだ。なら次の皇帝になるべく手柄を求めるものがいるのは当然だろ? そして、ここには決闘で降参しようとしていた皇族を殺し、以前には戦争において帝国の軍を退けた化けものがいる。その首を取ったとなれば、手柄としては他のものよりも一歩出ることができるだろうな」


 その話は当然ながら私だけではなく、私の周りで待機していた護衛騎士や側仕えなども聞いていました。


 そして、その話を聞いた瞬間に守るべき対象である私が狙われるかもしれないと理解した騎士たちはそれまでよりもより強く周囲を警戒し始め、そんな護衛たちに引きずられるかのように側仕えたちも気を引き張り出したのがわかルほどに周囲の雰囲気が険しいものへと変わったのです。


 しかし、そのうちの数名はアランがいるからこそ襲われるのではないか、と。アランがいなければ自分たち——ひいては護衛対象である私は無事でいられるのではないかと、考えたのではないでしょうか。

 なんとなくですが、雰囲気が変わったような、悪意の混じったものへと変わったように感じられます。


 ですが、そんな考えを一笑に付すかのように皇帝は言葉を続けました。


「ふっ、奴を見捨てればいいと言う話ではないぞ。それに加え、王女がいるのだ。捕らえ、人質とし使えば、フルーフにおいて有利な条件で交渉、もしくは降伏をさせられるかもしれぬ。もしも過去攻め落とそうとして、だができなかった国を容易に手に入れることができたとなったのならば、それは功績として十分であろうな」


 その場合は周辺国からの突き上げがあるでしょうけれど、先程のことを理由にして「兄弟を殺された復讐でやったのだ」、といえば、「ならば仕方がない。フルーフにも攻められるだけの理由があった」、と必ず日和る国は出てくると思います。誰だってどこだって、帝国のような大きな国と戦争したいわけではないのですから。


「それは……」


 故に、私は皇帝のその言葉を否定することはできません。


 もしここで私が捕まった場合、それを利用されればあらゆる面で不利になるでしょう。

 捕まったとしても私になんて特に必要というほど価値があるわけでもないのですから見捨ててしまえば楽になりますが、それはそれで問題があります。

 それ故に見捨てることもできず、不利な話に乗らざるを得なくなるでしょう。


 そして捕まるのではなく殺されるのであったとしても、それはそれで問題です。

 友好のために受け入れておいて他国の王女を殺したのであれば、フルーフだけではなく他の周辺国も帝国のことを批判するでしょうし、その果てには周辺国と連携して帝国を攻めることになるかもしれません。


 けれど、その矢面に立つのは王女が殺されて、それを中心に話が動くことになるフルーフなのです。


 戦争をしたくないから私たちは危険だと分かっていながらも帝国まできたというのに、その結果が帝国との全面戦争となれば到底笑えるはずもないことになります。


「それに、もしあの男を見捨てたとして、お前たちは生き残れるか? ああ、ここでの話じゃないぞ? 今後の話だ。国に帰った後、国を守り切れるのかってことだよ。お前たちは誰も認めねえだろうし、それは俺たちだって少なくとも表面上は同じだが、あの男を警戒し、手が出せなかったのは、出すことを躊躇ったのは事実だ。そんな男を見捨てた場合、フルーフの戦力はかなり落ちることになるだろうな。そんな国を俺たちが見逃すと思うか?」


 皇帝がそう言った瞬間、私のそばで警戒していた騎士たちは、先程警戒を強めたばかりだというのにぴくりと反応を示しました。全員ヘルムをつけているけれど、きっとその下では顔が歪められていることではないでしょうか。


「だから、お前らの勝利条件はお前らの王女と、それからあのアランを守り切って国に帰ることだ」


 けれど、予定していた滞在期間は後半月は残っています。

 その間、怪我をしたアランと私を今まで以上の刺客から守り切ることができるのかというと……それはとても難しいでしょう。


 騎士たちもそう考えたのでしょう。わずかに怯えたような感情が感じ取れました。


 それに、その刺客というのはすでに動き出しているかもしれない。いや、まず間違いなく動き出しているはずです。


 どう考えてもまずい状況。どうにかして残り半月あった滞在を短くできないかと考えますが、今回のことはフルーフ側が自分たちから友好のために、と手紙を出していました。

 それなのに自分たちの都合でそれを早めることなどできない。


 加えて、私たちは今にも攻め込まれそうな状況をどうにかするためにこの危険地帯に来たというのに、このまま帰ってしまっては何一つとして意味がありません。このまま帰っては状況を悪化させるだけになってしまいます。


「急な事ではあるが、そちらが望むのであれば滞在期間を早め帰っても良い。それに加えて、先程の決闘の褒美だ。向こう十年は攻め込まないと約束しよう。まあ、そのあとはそちらの努力次第ではある上に、十年というのも俺が生きている間の話だがな」


 どうしたものか、これからどうするべきかと必死になって頭を働かせていると、不意に皇帝からそんな言葉が投げかけられてきました。


「それは……よろしいのですか?」


 突然の皇帝からの言葉に何か裏があるのではないかと訝しげに思いながらも、提案自体は渡に船といったもの。

 ですのですぐさま了承しかけましたが、それは思いとどまり問い返しました。

 やはりあまりにもこちらに都合が良すぎてどうしても信じ切ることができません。


「ふっ、言っただろ? 力を尊ぶ、と。俺は欲しいものが有れば力で奪えば良いと思っている。現に今までそうしてきた。だが、自身の策を超えられた者には、それ以上の手出しをするのは好かん。ミザリス王女、本当に良い騎士を持ったものだな」


 そう言って笑うと、皇帝はそれまでのどこか砕けた態度を消して皇帝としての態度で話を続けます。


「とはいえ、今からすぐに返すことはできぬ。それでは我が国の名に傷がつくのでな。せめて明日に夜会を開くのでそちらに参加してもらおう。それさえ受け入れてもらえるのであれば、私は手を出さぬ」


 半月だった滞在が二日に変わるのです。それだけ危険が減るということであり、私にも騎士たちにも否はありません。


「……かしこまりました。では明日の夜会には参加させていただきます。……話は終わりでしょうか?」

「うむ。精々あの騎士を死なさぬようにな」


 それだけ言うと皇帝はくるりと身を翻して歩き出します。

 私も頭の中を巡る考えはいくつもありますが、それを一旦無視して足早にその場から去ることにしました。今はアランのところへと戻りましょう。


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