それは自己紹介の話。
あたしには二人の父親がいる。
血の繋がったパパと、血は繋がってないけど、一応お父さんって呼んでる人。
あたしの1番古い記憶は、ママとパパと、日曜の朝に一緒にテレビを見てるとこ。二番目に古い記憶は、白い布が顔にかけられて、どっかの病室で寝ているママと、呆然とそれを見ているパパ。その記憶より少し経った頃から、お父さんはパパとあたしと一緒に暮らし始めた。
どうして一緒に暮らすことになったのか、あたしは13年間一度も訊くことはなかった。
「……ロ、シロ!」
「…あ?何?」
短期間の無理な体勢の睡眠の後によくある、鈍い頭痛を感じながら、あたしは目を覚ました。貴重な休み時間を睡眠という有意義なことに使用していたのになんだお前。
「寝てたの起こしてごめん、さっきのLHRの話だけど…文化祭の会計、シロに任せても、いいかな?」
「やるわ」
「即答かい」
ただし、それが金に関することなら許す。
あたしは金が大好きだ。大人になったら金をたくさん稼ぎたいと思っているし、沢山の金に触れたい。と言っても守銭奴になるつもりはさらさらなくて、経済を回しつつも常に金と触れ合っていたいのである。要するに、金にダイレクトに関わる仕事がしたい。
会計の仕事を受けたのも、それを通して金を扱えるからだ。
「シロって本当、お金好きだよねー」
「まあね。将来の夢は造幣局の職員だから」
そう言ってあたしは胸を張る。小さい時からの夢だ。お金に囲まれて仕事ができるという点で、それがきっとあたしにとっての天職だとずっと思っていた。
「国家こーむいん試験だっけ?に受かんないとなれないんだっけっか。ウチの高校の偏差値でそーゆーとこ受けられる大学っていけんの?」
「行けるじゃなくて行くんだよ。だから今から勉強してんじゃん」
「やっぱシロ真面目だねー」
「真面目じゃないよ、金が好きなだけ」
「えー」
「それにさ、国公立の大学言った方が金かからないじゃん、勉強して損ないし」
「そんなん考えてる時点でもう真面目じゃん」
といっても、勉強量に対して、あたしの頭はさして良くないのだ。人より真面目でいないと、成績を上げるどころか維持すら難しい。こうやってちょっかいを出してくるクラスメイトだって、現代社会のテストはあたしよりも遥かに良いんだから。
「げっ、次化学じゃん準備しないと。じゃあ言ったからね、シロ、会計よろしく!」
そう言って、彼女は慌ただしく自分の席に戻っていった。
あたしのあだ名はシロ、もしくはシロウ。天草という名前はとかく呼びにくいのだ。
「あーちゃん、今日早いのね。どして?」
帰り道にうざったい喋り方で絡んできたのは、嫌われ者の幼馴染だった。
「偶然だよ、偶然」
カミソリレターをもらったと嬉々として言っていたのはどこのどいつだったか。おしゃべりなこいつは、色んなところから恨みを買っている。実力行使に出る奴がいたとしても、私は全く驚かないだろう。
毎日は無理だけど、流石にこういう日くらいは付いていないと不安だ。あたしもこいつには散々な目に遭わされたことが一度や二度じゃないから、別に放っといてもいいのだが、どうにも寝覚めが悪いと思ってしまうのは、生来の小市民的な人の良さからなのか、こいつが幼馴染という特別な立場にいるからなのか。
「偶然かー。でもあーちゃんのお父さん心配性だから、たまには早く帰るのもいいかもね」
「……ん、まあね。いつも家にいるから、一人の時間が長くて寂しいのもあるんじゃないかな」
「あー、でも家事の他にも家でお仕事してるんでしょ?やっぱり忙しくない?」
「仕事って言っても不定期だし、心配性なのは元からだと思うよ。あとはまあ…ママがいつも遅く帰ってきてたからってのもあるだろうけど」
「あっそうじゃんあーちゃんのとこお母さん死んじゃったんだっけ!」
「声がでかいわアホウ」
余計なことを大声で言うのがこいつの第一の欠点だ。慣れてはいるけど流石に腹が立ったので頭をはたいてやった。
「あいたっ、ごめんごめん次はもうちょい小さな声で言うからさ」
「小さい声でも言わんでいい」
こいつのせいで、あたしの家庭環境はクラス、いや学年のほぼ全員にバレている。そのせいで一悶着も二悶着もあったことは…思い出したくない。
「でも、なんであーちゃんのパパはお友達と一緒に暮らすことにしたんだろね?お母さん死ん……亡くなった時、まだ外で働いてたんでしょ?収入的には問題なくない?……あっ待ってなんかすごい失礼なこと言ったかも」
失礼というか踏み込みすぎだ。ひとんちのお財布事情に言及するんじゃない。
「さあね、教えてあげない」
「えーーっあーちゃんの意地悪ー!」
そう言ってぶーたれているのだからふてぶてしい奴だ。今までの行いを顧みてみろ、言うとでも思ったのか。…まあ、話そうとも話せないんだけどね。
「嘘だよ。あたしも知らない」
「あっそうなの?ほんとに?」
「本当だよ。パパがお父さんとなんで暮らし始めたかなんて知るわけないじゃん。そもそもその頃の記憶なんてないもん」
なんでかって聞こうとした記憶はあるけど、明確な答えをもらった覚えがない。そもそも聞く前に諦めたのかもしれない。
「それにさ、お父さんと暮らしてからパパはいつも元気だから、それだけでいいの。理由なんて聞かなくても結果がいいならいいじゃん」
嘘とほんとが6:4くらいで混ざったセリフを吐きながら、あたしは背を向けた。知りたいというよりも、知ったとこであたしは何をしようというんだ。
「んーー……噂話が大好きなわたくしえっちゃんとしてはなんか腑に落ちないけどー、とーさん達みたいに嫌われるのやだから、聞かないでおこ」
…もうすでにだいぶ嫌われてると思うがそれを教えても今更手遅れだろう。きっとこいつはろくな死に方をしない。
「おーおー、そうしとけ。あたしは帰るからな」
ひらひらと手を振って、あたしは最寄りのバス停まで急ぐ。結局また、途中までと思いつつ家まで送ってしまった。自分の甘さと過保護さに呆れる。
「えっ?あっ、ここ家!送ってくれたの!?あーちゃん紳士!素敵!惚れた!じゃーね!」
「そう簡単に惚れるな。また明日、笑紅」
「えっちゃんって呼んでよーー!」
笑紅が閉めかけたドアの隙間から叫んだ。
ごく一握りの人だけが、あたしのことをあーちゃんと呼ぶ。その度に何故かあたしはひどく恥ずかしくなったり、きまりが悪い思いをするのだ。