最終回を迎えた名作アニメたる『ケムリクサ』を好きにさせる名エッセイを読んで
あっと、タイトルにも本文にも、肝心なその名エッセイのタイトルを書いてなかったなぁ、『ケムリクサがやっぱり良かったし、とっても大事なことを伝えようとしていると感じた件について』というヤツ。
一度お読みいただければ、と、レビューしてるみたいですが、まぁ、してますが。
あ、こっちの本文も、よろしければ、お読みくださいませ。
でわ。
ここ2日ほど、この、投稿画面に直接入力しているので、ちょっとそっちの方が楽なので、本日もそのでんで。
書きたいことがそんなになくて、長くならないからそうするんだろうという、邪推はよしてもらいましょう。
昨日や一昨日は、そうだったきらいもあるけど、今日なんか、ちゃんと書きたいことがあるにもかかわらず、直接入力しているんですからね。
って、誰に何を主張したいのさ?
ほらね、これでもう、200文字なんだよ。
おーしまい、って言ったって、いいくらいなんだから。
でも、違うから、言わないけどね。
で、書きたいことってぇのが、ですな。
エッセイについて、なんですよ。
いや、べつにエッセイ全般についてなにかを述べたいとかいうわけではなくてですね。
とあるエッセイを読んで、凄いなぁ、と思った件について、ですね。
まぁ、ご多聞もれず、アニメのエッセイなんですがね、ああ、むろん私のじゃなく、ほかの人のヤツですよ。
『ケムリクサ』って、質の高い、少し可愛い、それでいて、凄く奥の深い話を展開していたオリジナル(だって、その今日読んだエッセイで初めて知っただけだけど)アニメがあって、その最終回を受けて書かれている、まぁ、私なんかが書くアニメの紹介のようなエッセイとはモノが違う、いわゆるそのアニメの周辺事情に詳しい(ふつうに一般の視聴者としてね、私の場合は、そのレベルにさえ達していないからなぁ)方の書かれた、熱い思いのこもったエッセイだった。
読んでいるだけで、その書き手の方が、いかにこの『ケムリクサ』という作品とその監督の方が好きで、その監督の前作『けものフレンズ』も大好きだったことが、胸に迫ってくるような、泣きたくなるような名文だった。
紹介されたアニメを、また、見直したくなるような、強烈なレビュー効果のあるエッセイだった。
ま、エッセイたるもの、あのレベルに達してはじめて投稿に値するのではないか、などともはや反省を促されているのかと思ってしまうほど、私のエッセイ(自称ね?)とは隔絶したものを感じたなぁ。
まぁ、負け惜しみだけど、私のエッセイは、私の文章をより読みやすくするために書いているという目的があったりなかったり、するからなぁ。
ああ、あるときも、あったり、ないときも、あったり、するという意味、ね?
昨日や一昨日のって、そんな意味さえたぶん、無いはずだし。
まぁ、ほんとのところは、わからないんですけど(って、ここの『ですます調』の意味がわからないんですけどね?)。
お読みくださり、誠に有難うございます。
またお会いできる日を楽しみにしています。
でわ。