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熱情稽古 

掲載日:2019/03/03

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あなた、最近、腹が立ったことがあるかしら?

 人前でなくとも、自分ひとりになった時、ここぞとばかりにうっぷんを晴らしたりしない?

 もし、その怒りを超越して悟りの領域にまで至れたなら、すごいと思うわ。

 私は全然。ものに対する執着を捨てられないし、思い通りに行かなかったら発散の一手ね。どんなことをしているかは、想像にお任せするわ。私のキャラを壊したくないし。

 挑発、逆境、管理不備……私たちはどうして、これらのことに熱くなってしまうのか、考えたことはある? 時には、色々なものを壊してしまうくらい。

 そのひとつの答えともいえる、昔話があるのだけど、聞いてみないかしら?


 数百年前の剣術道場。そこに通う少年剣士ふたりが試合に臨んでいたわ。

「突きぃ!」という裂帛の気合いと共に、面の突き垂に突き刺さる竹刀。それをまともに受けた子は、数尺も吹き飛ばされ、背中から道場の床へ叩きつけられたわ。


「勝負、それまで!」


 どうにか起き上がろうとする彼の前で、師範が宣告したの。もう決着がついたことを。

 すでに突きを決めた相手は、開始線へ戻って蹲踞をしている。痛む身体を押して、彼もまた開始線で、同じ姿勢に。

 いったん竹刀を合わせた後に納めて、下がっていき、礼をする二人。

 師範は突きを入れた相手を褒め、入れられた彼に対しては叱責をする。「気合が足りない」と。

 それに対して「はい!」と強く答えた彼だけど、内心では不満にあふれていた。

 打ち込みの数ならば、自分の方が多い。一度は相手を場外にまで追いやって、反則を取っている。

 相手はたった二回の打突だけ。一本目の面、二本目の突き。他はすべて防ぎに回っていた。自分の気合いが不足しているとは思えなかったの。


 ――防ぐ方がいけねえ。俺の打ち込みが全部決まっていれば、完全に勝っていたんだ。それを「気合いが足りない」だあ?

 あんたにこそ、眼識が足りていないということを、思い知らせてやるぜ、師範。



 その日から彼は素振りする際、竹刀につける重りの量を増やした。今日の負けは、すべて自分の剣戟の弱さ、軽さ故にもたらされたものだと、彼は考えたの。

 すべての防ぎもかわしも意味を成さない剣。それこそを、彼は理想とした。

 これまでも、何人かには自分の剣を防がれて、少ない手数で敗北に追いやられている経験があったのも、彼の考えを後押しする。


 ――数、速さ、そして重さだ。竹刀ごと、相手を叩き潰す気概が必要なんだ……。


 そう決め込んだ時から、彼の取り組みはこれまでと違ってきた。

 やたらめったらに打ち込むことに加え、相手の竹刀を折らんとするかのように、むやみに自分の剣を叩きつけ始めたの。

 まるで相手の竹刀そのものを、親の敵のように思うかのような、激しい打ち込み。竹刀同士が絡む巻き技や打ち落とし、すり上げ……それらの技を無視した徹底的な打ちのめし方。

 そこに相手はおらず、竹刀だけがあったかのようにだった、とはその場に居合わせた人が語ったこと。いたずらに竹刀同士がかち合うものだから、試合が終わる時などは、良くてささくれだらけ。悪いと構成している竹が、ほとんどひび割れて使い物にならなくなっており、新しいものと取り替える必要があったとか。


 ――あいつの太刀は、不快極まる。


 流麗さとは真逆の、粗暴さを感じるようになった彼の剣に、他の剣士たちは露骨に嫌な表情をし、じょじょに距離を取り始めたそうよ。

 それを「情けない連中だ」と、口には出さずとも、心で卑下していく彼は、更に重りを増やすと共に、自分自身の筋力を増やすような訓練を課したそうよ。


 仲間うちで孤立を深める中、彼は誰よりも早く道場へ来て人数がそろうまで。および、誰よりも遅く道場の残り、他の全員が帰ってしまうまで。重り付きの竹刀を振り、練習用のかかし相手にも、したたかに打ち込みを加えていたとのことよ。

 その心に思い浮かべていたのは、あの時、敗北を喫した相手のことばかりじゃない。このところ、自分と剣を交えた後で露骨に嫌な顔をしたり、舌打ちをしたりと態度が悪い連中すべての顔を、のっぺらぼうのかかしの面に、何度も脳裏に描いて縫い付けていた。

 回数を重ねるたび、自分が紡ぎ出した相手の表情は、ますます憎たらしさを増す。それに伴い、身体が火照り、胸が脈打つ。握りしめる竹刀の持ち手が、溶岩と化したかのような熱を帯びているのを、彼は感じていたの。

 稽古のある日は、一日の三分の二以上の時間を剣に捧げている。たとえ手足がへばってもひるまず、頭から垂れ落ちる汗が眼に入った時のみ、手ぬぐいで顔と共に体中を拭いてから再開する。

 このように身体が熱くなる日は、自分の膂力がみなぎる兆しなのを、彼は何度も経験して、実感していたわ。その熱を阻害する汗など、邪魔なだけ。

 剣を握っている間は、水分を取ることもなく、彼はただひたすらに憎い相手たちを打ちのめすことばかりを、考えていたそうよ。


 その剣は確かに、ある程度までの相手には効果を発揮した。

 まともに彼の剣戟を受けると、竹刀を握る手ごとしびれてしまい、それ以上の防御ができないところに、すかさず打突が仕込まれた。

 けれども、一定以上の力があるものならば、そもそも彼の竹刀と打ち合わない。

 確かに、彼の打ち込みは速さ、重さを増した。しかし相手のことを考えずに、猪突猛進のきらいを押し出す彼は、以前にも増して、返し技を考慮していない。

 打ち込もうと動き掛けた一瞬を突かれ、面や小手をほどこされる。その直後、雷光のごとき彼の斬撃が打ち下ろされ、力任せに、対する相手の腰を砕けさせたとしても、試合の勝者は相手側なの。

 納得が行かなかった。

 自分は誰よりも竹刀を振り、誰よりも身体に負荷をかけ、誰よりも熱情をこの身に宿している。その自負がある。

 なのに、こうして立っている自分は敗者。こうしてうなだれ、時には気を失い、誰かに肩を貸されたり、負ぶわれたりして、道場を後にする相手は勝者扱い。

 その現状に、彼の血潮はますます身体の中で煮えたぎる。


 ――自分の剣は負けていない。自分の力は負けていない。自分の心は負けていない。


 腑に落ちず、誰にも見えぬ奥歯を噛みしめて、彼は再び、己を苛める訓練に臨んでいったらしいわ。



「一本、勝負と参ろう」


 彼が、そう師範に声を掛けられたのは、ある日の帰り際のこと。

 いつもは皆に掃除などを任せ、早々と去って行くはずの師範が、ずっと残っていた。先にも述べたように、彼は全員が帰るまで居残り、掃除などをすべて済ませた上で、重り付きの竹刀を振るうのが常だったの。


 ――元はといえば、師範。あんたの言葉こそが、元凶だったんだ。


 彼の握る竹刀が、「ぎしり」と音を立ててきしむ。この手合わせは、臨むところだった。

 互いに防具をつけ、道場の中心へ。

 審判はいない。どちらかが降参し、負けを認めるより他に、終わりはない。

 当然、彼は諦めるつもりはなかった。何本受けようと、食らいついて、食らいついて……師範を叩きのめしてやりたい怨嗟が、あふれていたの。

 

 勝負は最初から、彼が仕掛けた。しゃにむに繰り出される剣筋は、この数ヶ月間ずっと振るい続けてきた、力任せなもの。幾度もの試合を経て、竹刀狙いと相手狙いを分けられるようになった彼の剣は、生半な防御をものともしない。

 対する師範は、一本も打ち込まなかったの。彼の攻めのわずかな隙を的確についた竹刀は、完全に彼から有効打突をもぎ取れるものばかり。

 けれどそのいずれも、師範は寸止め。あえて触れることをしなかったの。力の差を、見せつけるかのように。

 でも、頭に血が上っている彼は、それを侮辱ととった。寸止めの竹刀を弾き、猛然と打ちかかり続ける。そして、その力を受けながらも竹刀を手放すことなく、太刀筋を反らせ続ける師範。


「お前はもっと強くなれる。そのためには、これ以上の熱を帯びてはならぬ。身体も心も冷やせ。取り返しのつかぬことになるぞ」


「だったら、とく勝ちを譲っていただく! 俺はそれしか欲しくないんだ。俺に及ばぬ奴、俺よりもやらぬ奴……そいつらの勝ちなど、認めない。絶対、認めない!」


「愚かな……静まれ」


 師範はぴょんと大きく飛び退いた、あの時、自分が突きで吹き飛ばされた際と同じ。数尺の距離を、師範は一足で空けたの。

 追いすがる彼だけど、力を込めすぎたその動きは、あまりにも無防備。

 そこへ師範の竹刀が鳴いた。これ以上にないほど、きれいに決まった面打ちと共に、突っ込んでくる彼を上回る重さの体当たりが、彼を床へと押し倒した。

 ダン、と強い音を立てて、床板の上を滑る彼。手ぬぐいのみで守られた後頭部をもろに打ち付け、目の前の景色が数瞬、認識できなくなった。


 その胸元で。試合中、激しく脈打ちっぱなしだったそこと胴着の間で、もぞもぞと何かが這い回る感触。

 すっと体中の熱が、一気に引いた。同時に、きっちりと縛った胴を跳ね上げ、ひもをちぎり飛ばして、道場の天井さえも突き破った影があった。

 蛇のような身体と、ムササビを思わせる皮膜。全長二尺(約60センチ)メートルほどのそれは、穴の空いた天井からのぞく空の中を、ぐるりと旋回。かなたへと飛び去ってしまったの。

 身体が寒い。指一本動かせない。師範が担ぎ、部屋で火鉢にあててくれなければ、そのまま凍え死んでいたかと思うほどだった。


「あいつらはな、人のまとう服に卵を産み付けることがあるんだ。

 普段通りに過ごしていれば、お目にかかることはない。だが、身体が火照り続けると、その熱を浴びて、孵ることがあるのだ。

 奴らは周囲の熱を奪う。孵ったのが人の服ならば、先ほどのように身体の熱を取り上げて、去って行く。一人だけだったならば、たちどころに息絶えてしまうだろう」


 憤死のひとつだ、と師範は告げたわ。これを防ぐためには、怒りを奥底へしまい込み、心を静めて身体を冷やすよう心がけねばならない、とも。





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― 新着の感想 ―
[良い点] おお、なるほど! とても面白かったです! 色々な「強さ」がありますから、がむしゃらに稽古に打ち込むこともひとつの道だと思います。 怒りも成長のきっかけになったりしますので、むやみにしまい込…
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