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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

全部女神のせいだろうけどやってやろうじゃないの

作者: 清武

序盤にグロテスクな表現があります。ご注意ください。





 異界から聖女が召喚されたのが1年前。

 この国には珍しい、堀が浅く、すっとした表情の黒髪の女。名をマリ。女神より力を授けられたという彼女は、人並み外れた光の力を操る歴代上位の聖女だ。

 彼女は女神に選ばれし勇者と共に国を出たのが半年前。その際、護衛である聖騎士と国一の魔法使いも選ばれた。

 美男子として有名であった聖騎士は、その旅立ちを多くの乙女に涙で見送られた。

 最年長の魔法使いは老いを知らず、フードに隠れた美貌に多くの貴婦人が酔いしれ、黄色い声を上げていた。

 彼らの旅路は順調で、つい先月、道中で仲間にした踊り子、錬金術師、龍使いと共に遂に魔国へ辿り着いたという報告があった。

 人々は歓喜した。これでようやく、魔の者に虐げられる世界から開放されると。恐怖に苦しめられることも無いと。

 そして、今日。


──彼らは死んだ。


 首だけとなった勇者が空から降ってきたのは、日が昇ってすぐだった。その後、焼け焦げた騎士の鎧、折れた杖、魔鉱石で造られた義手、龍の死骸が王門に捨てられているのを門番の騎士が発見し、聖女以外全員の死亡が確認された。

 聖女の行方は知れない。死亡した際元の世界に戻ったか、跡形もなく消されたか、それとも魔国に捕われているのか。

  混乱する民衆には秘匿されているが、女神より勇者が授かった聖剣は粉々になり、彼らが為す術もなく惨殺されたであろう事は死体から一目瞭然だったそうだ。

 勇者には結婚を約束した幼馴染がいた。聖騎士と魔法使いは国の柱となる存在であった。そして聖女は、国の王子と懇意にしていた。

──この国はもう終わりだ。

 誰かがそう言った。

 それに反論できる人間は、どこにもいなかった。



「クソくらえですわね」

 両手をパンと、室内に響き渡る音を鳴らす。

 何奴も此奴もやる気があるのだろうか、と女はソファーにふんぞり返った。

 空を見よ。暗雲が広がり、陽の光は二度と届くことは無いだろう。

 大地を見よ。割れて乾いた土は、死を加速している。

 海を見よ。かつてはあの輝きと絶大さに多くの人々が憧れ、その先を目指したが、人が立ち入ることのできない魔の棲家へと変貌した。

 人を見よ。希望を捨て、嘆き、怒り、泣くことしか出来ない。最早生きる意味を失った。

 人間の負けだ。愚かにも女神に唆され、その力量差を考えもせず、魔族を排除しようと考えた馬鹿な人間達の、負けだ。

 何故少数精鋭で勝てると考えたのか。相手の数を見よ。約8カ国が存在する我らが大陸の、4分の1に値する領地を持つ国を落とそうとしているのだ。たった7人と1匹が敵う相手だと思ったのか。

 国と国との戦争なら兎も角として、異界から呼んだ聖女1人などたかが知れている。それに頼りきる王がどうかしているのだ。

 恐らく、聖女は生きているだろう。しかし、他の安否は不明だ。利用価値があったのか、彼女が魔族に気に入られたのか、異界に興味を持たれたのか。何れにせよ、哀れでならない。

「あの様子じゃ魔王まで辿り着いていないでしょう。どうします、やり直します?」

 女は、目の前に立つ美しい女を睨んだ。

 人とは思えない白い肌、黄金の瞳、そして白く長い波打った髪。

 彼女こそ、我らが生まれ落ちた大陸を支配する、月の女神ルーナ。この国の人間を唆し、魔国に喧嘩を売った元凶だ。

「まさかあそこまで使えないとは思っていなかったわ!もう少し賢い聖女を落としておくべきだったかしら」

「人間を駒扱いしてそれですか。相変わらずのクソ女神ですわね」

 こんな女神が我が国で称えられているなど本当にどうかしている。しかし、この国で彼女を見ることができるのは女だけであり、女神ルーナの正体を知るのも、彼女しかいないのだ。なんと悲しきことか。

「勇者だって、あんな誰でも引き抜ける剣を貴女好みの男だからと適当な理由で選び引かせたのが原因でしょう。もっと素質があった方がいたはずです」

「魔法使い君連れていけばいけるかなと思ったのよ。ま、駄目だったけれど」

「で、どうするのです」

 女神は自分が負けているというのに笑っている。それが気に入らない女の表情は益々険しくなっていった。

「素質ないのね、現代人って。昔ならあれくらいでもちょちょっと倒して来れたのに」

「800年も昔の話と比べないでくださいませ」

 我々からすればお伽噺に近い。果たしてあの輝かしい勇者伝説が本当であるのか、それとも着色されてああなったのか、知る者はこの女神以外いないだろう。

「うーん、そうね。もっと遠くの国で試してみようかしら」

「この国は見捨てるのですね」

「使えないならしょうがないじゃない。対抗できないなら結局滅ぶ運命なのよ」

 女神というのは気まぐれだ。最初はあれほどこの国に肩入れしていたというのに、負ければ直ぐに手のひらを返し、捨てようとする。

「ねえ。貴女はどうするの?逃げるの?」

「馬鹿仰らないで。私、この国の王女ですのよ?」

「ふーん」

 女神は強がりだと嘲笑う。しかし女はそんな女神に動じず、窓から外を見下ろし、ため息をついた。

「とは言っても打つ手無しなら、やはりやり直した方が早いですわね」

「クリスタル使っちゃうの?あれ3000年物だよ?」

「1000年続く国が滅ぶのと、3000年経っても争いの火種しかならない奇跡の代物、どちらが優先すべきかは明白ですわ」

 女は既に覚悟を決めていた。予め、地下への鍵は彼女が所持している。勇者達の旅立ちの日から、いつかこうなる日が来ると分かっていたのだ。

「へえーー、そうなるの。なら次は、やっぱり貴女ね」

「はあ?」

 重い両開きの扉を開けば、無人の長い廊下が真っ直ぐに続いていた。常に護衛していた騎士は、国の終わりを悟り、とうの昔に逃げている。

 この城に残るのは、忠誠心の厚い臣下と、行き場の無い城働き、そして無能な王族だけだ。

女が1人、地下に向かった所で誰も気付きはしない。

 長い螺旋階段を降り、女は地下の重厚な扉の鍵を開く。王が先に訪れている可能性を考えたが、鍵は彼女しか持っていないので、他の侵入を許すことはなかった。

「憎らしい。これがあるからこそ、我が国は慢心し愚かな国に成り下がったのです」

 巨大な地下に存在する、7色に輝く巨大な宝石。奇跡のクリスタル。この大陸に3000年以上前から存在する、この女神では無い他の神が作った力の源である。

「そうね、うん。もう一度やり直すなら、次は真面目に考えてみるわ。私だって勝ちたいし」

 女神は漸く真面目な顔になったと思うと、女の両手を握り、今日1番の笑顔を見せた。

「次は頑張ってね、王女シャルロッテ」

 女神がクリスタルに触れると、地下は目が潰れそうなほどの光で溢れた。

「なんですって、馬鹿女神!?私に今、何をしたの!」

 女は叫ぶ。女神は笑いながら消えていった。

 最悪だと膝をつきたくなったが、彼女は懸命に堪え、唸る。

 目を開くことはできないが、なんとかクリスタルに手を伸ばし、彼女は願いを託した。

「どうか、世界をあの日に戻して」

 そして──粉々になったクリスタルによって、彼女の願いが世界を包んだ。



◆◆◆



 クリスタルの消失は国だけでなく、大陸を驚かせた。しかし、それによる影響は微々たるもので、王族や神殿が如何にクリスタルを過信していたかを、号外だとばらまかれた新聞は嘲笑っていた。

 そして、女神による神託が下され、魔国との争いを治める時が来た。

 女神は聖剣ではなく聖槍を天より落とし、これに選ばれた者を勇者とすると神官へ伝えた。

 間もなくして、国から選ばれた精鋭達が槍に触れようと試したが、何れも選ばれることはなかった。

「そういうことね」

 困り果てた国に対し高笑いする女神。王女の前には今、美しい水色の聖槍がある。

 彼女の顔は完全に引きつっていた。

 騎士も駄目、魔法使いもダメ、賢者もだめ、何とか選んだ若く逞しい民は近寄ることすら出来ない。

ならばもしや、と感の鋭い(勇者が負けた時は真っ先に逃げる用意をした)宰相が、王族に試させようと提案したのだ。

 他の兄弟は全滅した。姉達は青ざめながら触れようとし、拒まれた途端安堵の息を吐いていた。

 そして、三女である王女シャルロッテの番が来た。

これでダメなら、残るは王と妃、他の側妃、若しくはまだ8つの四女の何れかとなる。まさかあの女神がそこから1人を選ぶなどという鬼畜な事はしまい。

ならば。

「いっそ、神殺しでもすれば、魔王なんてそれだけで脅せそうね」

 女神の煩わしい高笑いは、王女の耳にしか聞こえない。彼女は聖槍に触れた瞬間、女神の顔面目掛けて投げ捨てた。

「いいわ、ぶちのめしてあげましょう」

 王座は木っ端微塵となり、間一髪避けた王は顔面蒼白で気絶した。駆け寄る王妃の足取りもおぼつかない。

「あはは、やっぱり前の勇者の比にならないわ、貴女!」

 中身を見ず、顔だけで選ぶからだ、馬鹿女神。


 天より舞い降りし聖女は、異界の者ではなく、遠い大陸の姫であった。名はユエ。女神の願いに応じ、此処へ辿り着いたそうだ。

 白龍を乗りこなし、儚げな見た目からは想像出来ない怪力と、荒い口調。前の弱そうな異界の少女の跡形は皆無と言っていい。尚、彼女は召喚されたのではなく、自力でこの国に辿り着いた。色々と規格がおかしい。

 彼女は美しい金の髪をなびかせ、「よろしく勇者様!」と力強い握手を求めた。骨が折れるかと思った。

 そしてなんと、旅は彼女と1匹の同行者で始まった。 なんせ我が国は弱い。聖騎士と魔法使いを引っこ抜いても勝てる見込みが無いのなら、大人しく国を守ってくれた方が安心だ。

 次に訪れた国で、銀髪の美男子が仲間になった。ナルシストな魔法使いだが、黙って戦えば城を吹き飛ばす程の魔法で敵を薙ぎ払う。

 そして、度を続けていくうちに、ケロベロスとキメラを従えたわんぱく幼女の魔獣使い、その筋肉はどういう構造をしているのだろうと疑問を抱くムキムキ格闘家じいさん、馬鹿女神に陶酔しているアホな男神官、コミュニケーション能力が致命傷なイケメン錬金術師、最後に祖国が滅び各地を旅していた伝説の女騎士を仲間に加え、なんとあれだけ馬鹿にしていた少数精鋭で、我々は魔国へ足を踏み入れた。

 そして、気づけば巨大な城の前に、王女は立っていた。

 道中の敵は、彼女が槍を屠り、魔法使いが杖を軽く振るえば、あっという間に吹き飛んで行った。途中、信じられないくらいの美貌を持った淫魔達が襲いかかってきて、恐らく元勇者一行はこれに殺られたのだろうな、と察しながら、とうの昔に性欲を失ったというムキムキじいさんにぶん殴られる光景を見ていた。

「食べちゃだめだよ、ケロちゃん、メラちゃん」

 愛らしい幼女は、気絶している魔族に涎を垂らしているペットを叱る。その様子を微笑ましく見る聖女。彼女も昔、白龍をよく叱っていたそうだ。

 ゴゴ、と大きな音を立てて巨大な門が開く。

 目付きを尖らせた神官は、ここぞとばかりにいい姿を見せようとしていた。彼は回復魔法要因なので、基本的には背後で棒立ちである。最近の仕事と言えば、転んだ幼女の膝を治したくらいだ。

「強い闇の力を感じるね」

 ナルシストな魔法使いは、手鏡で自分の前髪を確認しながらそう言った。

「来ます」

 女騎士は剣に手をかける。

 すると、扉の先、真っ暗な廊下の奥から固い足音が響いてきた。

「ようこそ、勇者らよ」

 美しい低い声。魔国の王は、その美貌と声で、多くの魔族を虜にしてきたと聞いてる。故に、魔国の全てを支配しているとも。

「私は歓迎するよ。ここ迄辿り着いたのだから」

 王女は、ただ立っていた。他の皆は魔王の声に表情を固くしたが、彼女は槍を向けることもせず、今までの事を思い返していた。

 まず、どうして人間と魔族が対立しているのか。それは、何れ領地と資源を争い、大きな戦争が起こると言われているから。

 では、それを言ったのは誰だろうか。世界にその話を知らしめるほど、影響力を持った人物に違いない。

 王女一行は、これまで魔族を倒してはいるが、殺したりはしていない。それが勇者シャルロッテの方針であったからだ。それに、圧倒的差に、恨みを抱いて復讐してくる魔族は1人たりともいなかった。

 そうかもしれない、とは思っていたのだ、王女は。だからそういう規則を作った。無駄な争いを避けるために。

 きっと、前の勇者一行は、何も知らないし、周囲の言葉をただ信じて突き進んで行ったのだろう。だから、あんな惨い結末になった。

「貴方がこの国を治める王ですね」

「如何にも。そして、お前が勇者だろう?」

 目の前に現れた、美しい金髪の男。その絶対的な力は、戦わずとも分かる。この溢れんばかりの魔力には、元勇者では彼の前に立つことすら不可能だっただろう。

「その血のように紅い目、吸血鬼でしたか」

「成程、勇者は聡明でもあったか」

 一見普通の赤い目に見えるが、彼らの美貌、そして人を惑わす声、けれど淫魔でないのだとすれば、あの目は吸血鬼に特徴的な紅い目ということになる。満月の夜に、目が合った者全てを虜にすると言われている魔眼。かなり厄介な相手だ。

「本日は、お話があって参りました」

王女ははっきりと告げた。

 てっきり戦うとばかり思っていた周囲は、え?と間抜けな声を上げる。しかし、安心したケロベロスのケロちゃんは、くぅんと可愛らしい鳴き声を上げた。

「率直に申しますと、魔国の豊富な魔石、我国の豊富な食料、資源。これらを取引しに参りました」

 声高に述べる。

 王女は、端から争う為に槍を握ったのではない。この無駄な争いを終わらせるために、ここまで来たのだ。

「いいえ、それだけではありませんわ」

 魔王は愉快そうに笑う。

 きっとこの男は、全てを知っているのだ。この王女が、大陸に5つしかなかったクリスタルを使い、世界を過去に逆行させたことも。

  何故なら、男の目には今、王女の背後で男を泣きながら睨みつける女神が、しっかりと映っているのだから。

「そう、あの馬鹿女神が貴方様に失恋した腹いせにこのような無駄な争いを唆したことを、ここに謝罪します」

 そうして、王女は振り返り、彼女にしか見えないはずだった美しい女神の尻を、槍の後ろでぶん殴ったのだった。

「いっいたぁああーーい!」

 初めて聞いた女の悲鳴に、周囲はたじろいだ。

 突然現れた金髪の美しい女は、お尻を抑えながら周囲を跳ね回る。その光景にどう反応すれば良いのか、王女の仲間は困り、呆然としていた。

「ほら、謝れ!お前のせいで、一度世界をやり直しているのだから!」

 王女は問答無用で女神の頭を掴み、下へ向かせた。

 大方、この女神の私情が今回の発端になったと見ていたが、魔王を目にした瞬間の女神の態度、そして彼の容姿から、王女がこの答えを導くまでの速度は光を超えただろう。

 単なる気まぐれで、人と魔族を争わせる程、この女は馬鹿ではない。

「最低、なんてことするの!嫌よ!私は悪くないわ!」

「ああそう、なら今度はお前の破滅をクリスタルに願ってやろうじゃない!いくら女神とは言え、貴女の父親が作った物に抵抗できる程じゃないわよね!」

 なんせ、他人に振られた腹いせをやらせる女だ。きっと、1人で魔王に抵抗する力などないのだろう。

「そこまでだ、ルーナ」

 頑なに女神の顔を上げさせなかった王女の腕が、魔王によって掴まれた。

 いくら旅の道中鍛えたとはいえ、王女の腕はまだまだ細い。簡単に持っていかれ、王女はバランスを崩す。

「すまないね、君も彼女が見えるのなら、さぞ苦労したことだろう」

 近づいた紅い目は笑っていた。そっと王女を引き寄せ、耳元でそう告げる。

 各地を旅してきたが、その間、張り付くように王女の背後にいる女神に気づく者は、一人もいなかった。たまに、嫌な気配を感じ取ったケロちゃんとメラちゃんが吠えるくらいだった。

 だからこそ、王女は漸く見つけた同類に、目を輝かせる。

「ええ、ええそうですとも。ですから、後は頼みますね」

 王女が生まれてから1日たりとも姿を消すことがなかった女神。自分の姉のようであり、友であり、千切りたくても切れない腐れ縁、いっそ生涯のパートナーと言っても過言ではないようなひっつき虫。そんな女神を、まさか、他人に預けられる時が来るとは。

「では、事の発端である御二方に後は任せて、私達は一先ず───」

「待て」

「待って」

 だが、立ち去ろうとする王女の腕を、脚を掴み、魔王と女神は彼女を捕らえた。

「折角遠路はるばるやってきたのだから、異国の王女よ、私は貴女を誠意を持ってもてなそう」

「そうよまだ話は終わってないわ。それにシャルロッテ。私は、彼を跪かせる為に貴女に槍を与えたのよ!?」

 上からは魔王が、下から女神はそれぞれ熱く訴える。下は兎も角、上はまた後日でいいではないか。一旦この女神との話を落ち着かせてからでも遅くはない。聡明だと思っていたが、どうやら優先順位を間違えているようだ。

「勇者様。我々も混乱しております。一先ず、魔王の話にのっては如何でしょう」

「私も!ケロちゃんもメロちゃんも疲れたって言ってるし」

 疲れきった女戦士に、可愛く鳴く二匹と、上目遣いの小悪魔幼女。

「僕より美しい者が……2人も……だと……?うっ!」

「ギャーー!魔法使い様が倒れた!やっば!神官様、蘇生魔法を!」

「女神ルーナ様が魔王しつしつしつしつれれれ」

「ギャーー!こっちも駄目だーー!」

 ショックで気絶した魔法使いとぶっ壊れた神官、そして絶叫する聖女。白龍は既に寝ていた。

「俺、帰っていい……?」

「駄目だぞ、錬金術師殿」

 逃げようとする錬金術師をがっしり拘束するムキムキじいさん。

「ちょっと聞いてるシャルロッテ!?その右手にある物は何!?それで一刺しすればいいのよ、この男を!そうすれば私の神力が発動して──」

「ルーナ、お前は淫魔より姑息な手段を取るな。300年前と何も変わっていないじゃないか」

「ええそうよ!あの日から私の時間は止まってるの!だから責任とって、」

「冗談じゃない、これだから女神は」

 骨の髄までろくでなしだった女神と、未練がましい元カノよりも鬱陶しい女に呆れ返った魔王。

 王女は深く息を吸うと、聖槍を思い切って真っ二つに折った。

 破片が女神の頬を擦り、眠っていた白龍の鼻先スレスレの地面へ突き刺さる。

 そして、彼女は間髪入れずに、魔王の腹めがけて拳を殴り入れた。

 途端、辺りは静粛に包まれ、魔王のなんとも言えない唸り声だけが響く。そうして、彼は片膝をついた。

「私、貴女の願い通り、やってやったわ。勇者として、魔王を跪かせた。だから私の役目はもうお終いでよろしいですわよね?」

 彼女の笑顔に反論する者は、誰もいなかった。



◆◆◆



 とある東の国の王女は、それは美しく、聡明で、とても強い王女だった。

 彼女は人間ではありえない魔力を持ち、それは最強と謳われる魔王に次ぐ程であったそうだ。

 そして、王女は女神のお気に入りでもあったそうだ。故に、彼女は人間にして唯一、女神の姿を見ることを許されていたらしい。

 彼女は勇者として女神に選ばれた後、勇ましい聖女を筆頭に各地で優秀な仲間を集め、魔王を無血で倒した。そして、魔国との永久的な同盟関係を結び、関係の改善に務めたとされる。

 そんな彼女は魔王に勝利した後──。


「君がクリスタルを使った時、はっきりと感じた。君の強い意志を」

「やはり、魔力の強い者は記憶が持ち越されるのですね」

「ああ、そうであれば覚えているのはおそらく私だけではないだろう。そして、君に興味を惹かれたのも」

「ねえねえねえ」

「それはなんと言いますか、恥ずかしいものですね」

「女神に対する罵詈雑言は、私を強く共感させたとも」

「まあまあそれは、今すぐにでも頭を殴ればなかったことになりましょうか?」

「ねえごめんなさいってば、ねえ」

「君が先程述べた内容だが、我が国もあの豊富な資源が手に入るなら喜んで手を結ぼうと考えている」

「あら、それはよかったわ。これで我が国も当分は馬鹿が上でも上手くやっていけるでしょうね」

「手厳しいな、君は。だがもし、更にこちらの条件を飲むのであれば、魔石だけではなくきちんとした流通経路の確保、異文化の交流も積極的に行いたいと考えている」

「ごめんなさい、反省してます。本当は最初から貴女を勇者にしようとは思ってたのよ、でもあの子もかっこよかったし、それに貴女を勇者にすると多分こうなるってなんとなくよ?なんとなくわかってて、それにまさかあそこ迄酷いことになるなんて思ってなくて、シャルロッテ」

「まあ、そこまで親密なものを望まれるとは思いませんでしたわ。ところで、腕、離してくれませんこと?」

「君、取り繕ってはいるけれど、本当はもっとあの聖女のような子なのだろう?」

「はて、なんのことかしら。私は王女です、まさか汚い言葉なんて使うはずも」

「シャルロッテぇえ!お願いだから助けてぇえ!ちゃんと反省してます!」

「黙りなさいこのポンコツ女神!お前の私情で祖国が一度滅んだのよ!五体満足の無傷で吊るされてる事すら奇跡だと泣いて喜びなさい!」

「ところでシャルロッテ、今宵は美しい満月だね」

「え?あっああ、そうですわ──ね」

「こうして出会えたのも運命の女神の導きだろう。月の女神、ルーナじゃなくてね。この世界で私に1番近いのは君だ、シャルロッテ。だから、私は」



 そんな彼女は魔王に勝利した後────魔王に敗北したらしい。

 敗因は女神に気を取られ、相手が吸血鬼であることを忘れていたからだ、と赤面しながら王女が嘆いていたという話は、後世までしっかりと伝えられている。








お粗末さまでした。



──オマケ──

ここ迄お読みくださってありがとうございます。



・王女シャルロッテ

魔王に次ぐ魔力の持ち主。成人済み。

普段は王女らしく気取っているが、中身は中々に荒っぽい。

聖槍なんて無くとも、魔王城まで辿り着けた。

女神は生まれた時から一緒。家族よりも一番家族らしいと思っている。

まさか不意打ちの満月の魅了にやられて、婚姻までを強引に進められるとは思っていなかった。

魔王への腹パンはぶっちゃけお前の責任もゼロではないよねっていうちょっとした八つ当たり。綺麗な右ストレートでした。

実はクリスタルに触れられる時点で人間辞めるレベルのスペックを持っていたことに最後まで気づかなかった。



・女神ルーナ

シャルロッテのひっつき虫。普段は澄まし顔で上からな態度だが、小心者。

彼女が気にいり、尚且つ高い魔力を持った者のみが彼女の姿を見ることが出来る。現在は二人しかいないが、シャルロッテの子供達は何故かみんな見えていたらしい。

300年前に魔王にこっぴどく振られ、魔国から追い出された。その後もずっと未練を抱え、勇者伝説にピンと来てしまった彼女は遂に神託という名の神殿の洗脳に走る。

まさか初めの勇者一行があそこ迄馬鹿で弱いとは思っていなかった。実はあの後、聖女は元の世界に記憶を消して戻してやっている。そして、迷惑をかけた勇者一行には少しだけ幸福の加護をつけてやった。きちんと反省できる女神である。

シャルロッテが勇者の子孫であることは、最後まで言ってやらなかった。あんなクリスタル、普通の人間なら触れた途端に焼け死ぬのに、とクリスタルを使って世界を戻した彼女に実はめちゃくちゃビビってたが、これは使えるとも思った逞しい女。

結果、尻を槍で叩かれ、失恋相手が娘のように育てた王女を口説く(操る)場面を、天井から吊るされながら見させられるという拷問にあった。

これ以降、月の女神は下界の生物に手を出すのをやめる、と心に決めていたが、シャルロッテの娘に酷く懐かれ、恋心を通り過ぎた母性が止まらなくなった。そうしてズブズブと独身ルートへ。犬を飼ったら最後ですよ、女神様。


・魔王

300年前、女神に気に入られひっつかれた挙句、永遠の愛を誓えと迫ってきたのでこっぴどく振った男。その後魔国を出禁にしたが、女神が勇者(王女)の背中に文字通りひっついてきたので、結界を通過されてしまった。

女神がけしかけた哀れな元勇者一行が惨殺され、仕方ないので母国へ送り返したのはこいつ。ついでに女神を信仰する国を滅ぼそうとしたが、寸前でシャルロッテにクリスタルを使われ、過去に逆行した。

その際、彼女の女神に対する恨みを聞き、シャルロッテに興味を抱く。

今まで自分にしか見えていなかった女神が、まさか他にも見えてる人間がいるだなんて!という驚きで、ずっと彼女を待ってた。

実はシャルロッテに一目惚れしている。女神もこんな気分だったのだろうか、と思いながらその後上手く逆転し、シャルロッテを手に入れた。

彼女との間には、2人の息子と2人の娘に恵まれた。


腰に響きそうな艶のある声と、美しい美貌から数多くの魔族を魅了してきたが、若い時に女神のトラウマに遭遇したので、実は童貞だったことは、墓場まで持っていった。


・聖女

ユエちゃん。名前忘れてた。

幼い時に白龍をものにした勇ましい聖女。男気溢れる正義の鉄槌は、時に大地を割いたとかなんとか。

後に引きこもり錬金術師を健康に悪いからと引っ張って、世界を巡り歩く。

そして、まさかプロポーズされるとは思ってなかった。


・魔法使い

最後まで自分を愛していたナルシスト。自分より美しい魔王と女神は無かったことにしたいらしく、彼の前で2人のワードは禁句である。


・魔獣使い

ケロベロスのケロちゃん、キメラのメラちゃんを使役する幼女。小悪魔系で、後の世で彼女は数多くの大人を惑わし、魔獣を侍らせ、傾国の美女にまで成長しただとか。

尚、ケロちゃんは結構シャルロッテを気に入っており、頻繁に魔国へ遊びに行ってたそうだ。


・ムキムキ格闘家じいさん

筋肉が全てを語る。シャルロッテ結婚後、祖国へ戻り、居場所の無くなった女騎士を妻と共に暖かく歓迎した。そして、気づいたら自分の孫との間に曾孫を産んでいた。


・男神官

女神を崇拝していたが、今回の件で精神を落ち着かせる修行に出た。でもやっぱり女神は美しかった。


・錬金術師

引きこもり。コミュニケーション能力が致命傷なイケメン。じめじめとした地下で一生を終えると思っていたが、「私、頭からキノコ生えた白骨死体なんて見たくない!」と笑う聖女に引っ掴まれ、外の世界を連れ回された。

プロポーズする時はちゃんとこいつから指輪を渡している。


・女騎士

祖国が滅び、帰る場所が無かったが、ムキムキじいさんに拾われる。

その後、じいさんの孫の騎士に惹かれ、あっという間に結ばれる。そして5人の子供に恵まれたそうだ。

実は王女より若かったが、みんな歳上だと最後まで勘違いしていた。

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