Delete Ill Earth
閲覧ありがとうございます。
これは、『ゆりんぐ』本編を読んだ人だけが理解できる、全ての悲劇の始まりの物語。同著者作『ふゆの冷たさ』も合わせて読んでいただくとより一層怖くなると思います。
某発展途上国、某村。そこには何人もの青少年海外福祉ボランティアが派遣され、一年前まで廃れきっていたその村はかつての繁栄を取り戻していた。
『ダイ、こんな感じでどう?』
「おぉ、すごくいい感じだよハーノ。これこれ、これが『油揚げ』っていう食べ物だ」
この男、名を「蔵梨大」という。日本から赴いた青少年海外福祉ボランティアの一人であり、両親と妹を引き連れてこの村へやって来た。
『これが『アブラアゲ』なのね! ここからどうやって『イナリズシ』にするの?』
「それは、これを開いて酢飯を……」
この日は、かつて内戦の戦地となっていたこの村の終戦記念日であり、この村と日本の郷土料理をそれぞれ作ってそのお祝いをしようと準備している真っ最中だった。彼のグループはいなり寿司の油揚げを作っており、彼と同世代の村娘のアトニーク・ハーノと油揚げトークに花を咲かせていた。
「お兄ちゃーん! 酢飯、そろそろできそうだよー!」
「おう、わかった!」
遠くから彼に声をかけてきたのは「蔵梨空」。彼の妹であり、兄とは四つ離れた小学六年生の社交的な少女だ。彼女はお気に入りのミサンガを着けた右腕を大きく振って二人の方へ駆け寄った。
「お兄ちゃん、ハーノさんと何の話をしてたの?」
「和食における油揚げについて、ハーノに教えていたんだ」
「いいなぁ。私、お兄ちゃんと違ってここの国の言葉話せないから、そういう交流できないんだよね。ジェスチャー以外で。……そういえばここの国の言葉、なんていったっけ? 国の名前と言語の名前が違うから分かんなくなっちゃって」
「ああ、それは……」
彼が言葉を続けようとしたが、それは叶わなかった。
突如、轟音を認識した彼らの視界はホワイトアウトし、その後の色彩を視認することができなくなったからだ。
◆
「ん……な、なんだこれイテッ!」
いつの間にか、彼はうつ伏せになって倒れていた。背中の上にある何かが、重く鈍くのしかかる。
「んっ! んんんっ!」
両腕を立てて踏ん張ることで、彼の肉体はようやく解放された。
彼の体を押さえつけていたのは、巨大な鉄板だった。
「ハァ、ハァ……。ハ……。……な、なんだよ……なんだよこれ…………!?」
周囲を見渡した彼の視界に映ったもの。
それは。
黒煙と火、そして大量の瓦礫が支配する焼け野原だった。
かつてこの地に築き上げられた文明の痕跡は跡形もなく消し飛び、崩壊し、四肢が有ったり無かったりする見知った有機物の塊がそこらじゅうに転がっていた。「ヒトの死骸」と呼称したら適当だろうか。
「あぁ…………」
彼は、およそ言語ともとれない空気の振動を口内から発した。
そのうち、彼は一つの鋼鉄の集合体を目にした。彼の脳内で、それはあるイメージを形成した。小型戦闘機のイメージだ。轟音の記憶から察するに、これが落ちてきたのだろう。
「っ! 空っ!」
プロペラらしき鉄塊の下から、よく知るミサンガを着けた腕がのぞいていたのを彼は視認した。
「待ってろよ空。今、助けるからな!」
彼は一直線に駆け寄り、力の限り引っ張った。
そして彼は見事、引っ張り出すことができた。「肘から先だけ」を。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
恐怖のあまり、彼は大切な「家族だったモノ」を投げ捨ててしまった。
「あ、あぁあ……そんな…………」
彼は地に膝を着け、涙した。人生で最も深く、長く。
「なんで……なんで戦争なんか起こるんだよ……。もう、終わったはずだろ……? ……争いなんて、なにも生まない。大切なものを全部、全部粉々に壊してしまうだけだ。どうして、誰も学習してくれないんだよぉっ…………! みんなに笑顔を届けるために、この国に来たっていうのに……。……愛は、愛は地球を救うんじゃなかったのかよ…………っ!」
空を仰ぎ、涙をこぼし、そして彼は決意した。
「…………戦争が終わって『良かったね』じゃないんだ。もう二度と戦争なんて起こらないように……俺が、俺がなんとかしないと………………っ!」
その彼の決意に呼応するかのように、家屋の焼け跡からアトニーク・ハーノが這い出てきた。
『ダ……ダイ……。あなたが無事で、よかった…………』
「……なあ、ハーノ」
彼は意志を固め、彼女へ笑顔を向けた。
「……まずは、人手が必要だよな」
『……え?』
彼の顔に張り付いた笑みは、確かな光を湛えていた。
「……みんなで、家族になろう」
『ど、どうしたの、ダイ…………?』
「……なんの争いも起こさない、温かい、家族に」