青い鳥・道化
シラノ「だがな、勝つ望みがある時ばかり、戦うのとは訳が違うぞ!
そうとも! 負けると知って戦うのが、遥かに美しいのだ!」
『シラノ・ド・ベルジュラック』第五幕より
「王子はどうなった!?」意識が戻り開口一番、白鳥は叫びます。
「王子は食べられましたとさ、君の代わりにね。」言葉を失います。
「まあまあ落ち着けって、白鳥。マ○ク好きだよね?これでもどうぞ。」と誰かが運転席からマ○クの袋を差し出してきました。
「マ○クで会った白髪だよ、覚えてるよね?」
名前を聞いて白鳥は思い出しました。
「なんでここに…そもそもなんで助けた?王子が代わりになることなんて…」
「言語に頼まれたらやるしかないよ。助けるしかない。細かいことは、ハ○ピーセット食べながら聞いてね。隣でマッチ売りも食べてるんだし。今更だけど僕のことは道化って呼んでね。」横を見るとマッチ売りが黙々とハンバーガーを食べています。それを見て、疑問はさておき、白鳥はハ○ピーセットを取り出します。
「開けたらおまけを先に見てね。」おまけは鳥でした。青色のツバメでした。
「青い鳥はハッピーセットのおまけになりましたとさ」笑いながら道化は言います。ツバメは白鳥の周りを飛び回りやがて肩にとまりました。わけがわかりません。
「説明するとね、その鳥は言ってしまえば王子の忘れ形見だよ。耳を澄ましてみたら?声が聞こえるはずだから」言われたとおりにすると声が聞こえてきました。
『さっき白鳥が落ちていきましたけど、本当に大丈夫なんですか?』王子が聞きます。
『言語が言うには大事ないそうだ。』一呼吸置いてから、言いづらそうに、けれどはっきりと芸術は告げます。
『王子、君は白鳥を助けに行きたいか?』
『もちろんですよ。』
『ただし代わりに王子が犠牲になる、としてもか?』王子は黙ってしまいました。
しばらく考え込んでから口を開きます。
『芸術さんだったり、言語さんが助ければいいじゃないですか』
『それは出来ない。俺も言語も死人だ。この場所や銀河鉄道なら存在できるが、地上はダメだ。現在だけが孤立して過去からも未来からも途切れてしまっているからな。』
『じゃあマッチ売りとか白鳥が落ちる原因になったあの人とかなら…』
『マッチ売りも祈祷も、先程の奴の名前だが、寄生虫のもとに向かえば白鳥ともども食べられおしまいだ。王子ならばできると踏んでいるのがな』芸術は高笑いをしながら言います。
『付け加えておくと、祈祷は白鳥に何かを伝えたいようだ。どうだ、王子?』王子はその言葉を聞いてからしばらく考え込み、自信なさげに
『どうして期待するんですか?何ができるわけでもない人にどうして。』問いかけます。
『王子が幸福だからだろう。幸せならば死を恐れてはならない、と言語が言っていたのを覚えているか?』
『さっきのことだから覚えてますよ。でもそれは強がりって言語さんは言ってました。』王子は芸術に言葉を吐きかけます。
『強がりと言語が言っていたとしてもだ、幸福ならば死にも立ち向かえる。今は幸福か?悔いは無いか?王子。』
『さっきまでは本当に幸せでした、けど今はどうにも。』
『そんな時は、幸福の証を持つことだ。日々が持つ美しさが幸福の証になる。』
芸術は帽子から何かを外し王子に差し出します。
『俺の羽飾りをやろう。これには勇気が詰まっている。そして俺の幸福の証でもある。』
『芸術さんの証…なんでそんなに大事なものを手放すんですか?』王子には理解できませんでした。
芸術は笑いながら答えます。『俺はもうこの羽根が無くても幸福だからな。それに今、王子に必要なのは勇気だろう?』
やがて『しょうがないですね、芸術さんの口車に乗ってあげます。』王子はあきれながらも言いました。
『なあに、失敗すると決まったわけじゃない。それに勝ち戦だけが戦ではない、負けるとわかっていても挑むことだ。』
『その言い方だったら負けるって言ってますよね、芸術さん?』芸術が笑います。王子も笑います。
『じゃあそろそろ白鳥のところに行きますね。いい加減待ちくたびれてるはずですから。白鳥を連れ戻してから羽根飾りのことは聞きます。あとのお楽しみってことで。』ここまで言って王子は飛び降りました。
ツバメは白鳥にことの次第を語り終えてもまだ肩に止まっています。
「結局、王子はどうなったんだ?」独り言のように白鳥の口からこぼれます。
「どうなったかは僕にはわからない。確かなのは白鳥も見てたとおり、王子は白鳥を寄生虫から逃して自分はその場に残った。あとそのツバメが君になついたってことかな。」隣ではマッチ売りが唇をかんでいました。なにやら悲しみに耐えているようにも見えました。
車は廃墟のような場所に入っていきます。鬱蒼と緑が茂り今にも崩れそうです。
「ここだけ街の中と思えなくて近寄る人も少ないんだ。君が乞食と思ってるあの人もここに隠れ住んでる。最近はこんな場所にも寄生虫がどんどん殺到して暮らしてた人たちは場所を失ってるんだよね。どうにか残そうとしても多勢に無勢、嫌になるよ全く。」道化が愚痴を吐きますが白鳥には届いていません。
車が止まりました。そして道化が白鳥の方を向き直ります。
「いつまでも絶望に沈んでるのも選択肢の一つだけどさ白鳥、王子になんて言われたか覚えてるかい?幸福に生きよ、だよ。」
「覚えてるけど、それが何になる?王子が代わりに犠牲になることなんて…」
「さっきツバメから聞いたとおり、王子は幸福だった。当人が幸福に死ねたならその人の生き方を悲しむのは筋違いなんじゃないかな?」
「死んだって決まったわけじゃないのになんでそんな勝手なこと言えるんだ!」白鳥はわめきます。
「君が王子を死んだ扱いしてるから試しに言ってみただけさ、悪気は無いよ。でも、いつまでも王子のことでくよくよしていたら幸福じゃない。幸福に生きよって王子はせっかく託してくれたのに今のままじゃダメなんじゃないかな?」白鳥は何も言えなくなり黙り込んでしまいました。
「今は王子に対する恩義とか負い目とかで生きてもいい。少なくとも何もしないよりはましだよ、時間が経てば幸福だって言えるようになる。」
「時間が経てばね…」
「じゃあいいことを教えてあげるよ。銀河鉄道の乗車券持ってる?」白鳥はポケットから乗車券を取り出そうとしましたが手に感触がありません。ポケットを裏に返してみても何も中には入ってなかったのです。
「次は肩のツバメを見てみて、驚くはずだから。」道化に言われたとおり自分の肩を見るとツバメはいませんでした。代わりに紙切れがひとつ。
「その乗車券はキミのものだよ、そしてさっきまで青い鳥だった。青い鳥も乗車券も幸福の証。今白鳥は証を持っている。だから今ももう幸福だ、って考えてみたらどうかな?」
しばらくしてから白鳥は考えがまとまったのか話し始めます。
「正直今が幸福とは思えない…でも、立ち止まるのはもうやめにするよ。助けてくれた王子のためにも。」
「気分が軽くなったなら僕も言った甲斐があるよ。」道化が笑いながら言ってきます。車は再び走り出しました。