芸術・落下
河原の礫は、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉や、またくしゃくしゃの皺曲をあらわしたのや、また稜から霧のような青白い光を出す鋼玉やらでした。
『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)より
白鳥には何がなんだかわかりませんでした。言語はさらばと、言ったのに今もそこに立っています。
「別れの挨拶は終えた、そして時間だ。」と言語がつぶやいている内に、窓から人が入ってきました。
「さあ言語、別れはすませたか?俺の紹介はしたか?」
「君が列車に来てからでいいだろう、芸術。」言語が言葉を交わします。
「言語さん、この人はどなたなんですか?いきなり列車に入ってきて。それにさっきの別れって…」
王子が困惑しながらもたずねます。
「別れのことはすぐに分かる。あと、この鼻につく人間は芸術と呼ばれている。」と言語が笑いながら言うと
「なんだ?また言語は俺と戦いたいのか?よしそれなら相手になってやろう。」芸術が怒りだし腰にさげた長剣に手をかけました。
「こんな風に芸術には禁句がある。禁句にさえ触れなければ信頼できる人物であるから頼るといい。ところで芸術よ、もう来たということはすぐにでも月に行くのかね?」
「この時間に来いと言ったのは言語だろう。つれていけば良いのはそこの3人か?
ようこそ私の月旅行へ。
これからあなた方をあの中天に懸かる月までご案内いたします。
この世の中、月へ行く方法は多種多様でございます。
ロケットに気球、はたまた鷲や鳩。
しかし私の旅行は一味違う!
ではでは皆様方、
忘れ物はございませんか?
心の準備はできましたか?
私の身体におつかまりください。まもなく出立でございます。」ゆっくりと芸術の身体が浮きはじめました。
「おやおや、いかが致しましたか?この度この瞬間出会えたことが幸運、今を逃せば次は無いやもしれませぬ。さあさあお早く。」芸術が急かすと言語も同じように言います。
「君は急ぐ節があるしその上言葉が多い。さあ王子もマッチ売りも芸術につかまるといい」
王子は言語に「ありがとう言語さん!また会った時は話しましょう。」
「いつでもこの列車で待っているとも。」と言ってから芸術にしがみつきます。マッチ売りは何も言わずに芸術につかまりました。
「マッチ売り、そんな捕まり方では途中で落ちてしまうぞ。」と言語が言うとマッチ売りは両手でガッチリしがみつきました。
「そうだそれでいい。白鳥は行かないのか?」
「いや行くけど、さっきの別れってこのことなのか?」
「先程は思わせぶりなことを言ってすまない。会おうと思えば会えるぞ白鳥。はやく行かないと一人だけおいていかれてしまう。」
言語の言葉を聞いてやっと白鳥は動き出し芸術につかまります。
「では3人は預かった、言語!」「あとはよろしく頼む、芸術。」芸術が窓から飛び出し空に向かっていきます。
芸術たちは空を上っていきます。白鳥は自分の状況を信じれず、王子は早くも飛行を楽しみはじめ、マッチ売りは下を見るのが恐いのか芸術に顔を埋めています。
「彼方に見えるは空の穴、底をのぞけば真っ逆さま。あれが列車の機関部につながっている。此方に見えるは星の河、後ほど河沿いにて休憩致します。」得意げに芸術は話します。
「私としたことが忘れていました。お客様方、こちらが月への旅券になります。」芸術はしまってあったものを3人に渡し、「これは…羽根。」とマッチ売りはつぶやきます。青い色をした羽根。白鳥はとっさに青い鳥のことを思い出しますが、
「この羽根はどこで手に入れたんですか?」王子が先に聞きました。
「この羽根は月にいると時々地面に落ちていましてね、集めているのです。全身が青く出会った際は愛でております。」芸術がそう言うと王子は「やっぱりいるんですね、青い鳥。」と静かに納得しました。
しかし白鳥は「月でなら青い鳥を捕まえれるぞ」と小声ながらも意気込んでしまいました。
すると芸術が「月でなら、ですか。そんなことをほざいていてはまだまだですなぁ」と白鳥をバカにします。白鳥が言い訳をしようとするも、それよりも早く芸術が口に何かを入れ込んできたせいで話せません。
「そうすぐに頭に血を上らせていては身体に毒です。菓子でも食べてしばしご休憩を。」
「白鳥だけずるいですよ、お菓子をあげるなんて。」王子が物欲しそうに言い、マッチ売りは目で欲します。
「この菓子は詩人にして菓子職人の我が友が作った逸品でございます。」芸術がマッチ売りと王子に菓子を渡します。
少ししてからやっと白鳥は口の中の菓子を食べ終わりました。すっかり落ち着いています。
「美味だろう?」芸術の質問に白鳥はただ首を縦にふることしかできませんでした。
まだまだ芸術たちは上昇していきます。「豪華絢爛星の海。海へ続くは天の川。まもなく休憩でございます、髪も水を求めておりますゆえ。
なんとこの月旅行、至極簡単な方法にて移動しております。」芸術が得意げに口上を名乗り3人は楽しげに聞いています。
「月に満ち引きがあるのはご存知でしょうか?そこで海につかればこの通り!」芸術が自らの髪を指し示します。
「月の海へ髪に残る海水が惹かれるわけでございます。皆様もお試しあれ。」白鳥は今度試そう半分、そんなの無理だろう半分で受け取り、芸術が嘘をついていると問い詰めても良かったのですが、また菓子を口に詰めることになりそうで何も言いませんでした。心の隅ではまたあの菓子を食べてもよいかなとも思っていましたが口に出すわけにはいきません。
白鳥の様子を見て、王子はニヤッとなり心なしかマッチ売りも笑っているように見えました。
頭上に何かが浮いています。「此処こそ天の中の名所、天の川でございます。」芸術が地面より上まで飛び着地します。
「天の川の水は自由にお飲みください、格別の味を保証します。」王子はさっと芸術の身体から離れ河を見に行きました。白鳥はおずおずといった様子で地に足をつけ、マッチ売りは芸術に支えてもらいながらゆっくりと降り立ちました。向こうから王子の声がします。
「川の中を見てみてよ!宝石でいっぱいだ!」白鳥は王子に近寄ろうと河に入ります。心地よい冷たさで気持ちがいいです。王子に追いつき言われたとおり川の中を見てみると、キラキラ光る石がたくさん。一つ取ってみると透き通った紅玉です。もう一つ取ってみると青白い光を放つ石のようです。
「川だけ見ていてはもったいない。あちらを御覧ください、鷺が降りてきています。我が友はいつも鷺を捕まえては固めて菓子にしております。いつも雁の方が調理が楽とぼやいておりますが。」向こうでは鷺だか雁だかが川に降り立ちそれを誰かがひょいと掴んでは近くの袋に入れていきます。白鳥は鳥の中に青色を見つけた、気がしました。青色に手を伸ばしても届くはずありません、ですが手を伸ばしてしまいます。
「青い鳥ばっかり追わなくてもいいじゃないか、白鳥。今は幸福じゃないの?」王子が不思議に思って聞きます。「幸福かどうかはわかんないけど、今は楽しい。」
「おーい、そこのお方!」声がします。白鳥が王子と共に振り向くと、そこにはかつて追いかけてきた物乞いがいました。どうしてここに?「白鳥!」王子が叫ぶので白鳥は我に返りました。走っていました。物乞いが追いかけてきます。逃げます。「止まってくだされ!」物乞いが何かを言ったようですがうまく聞き取れません。すぽっと足が空を踏みます。空を切ります。「危ない!」マッチ売りの叫びを聞きながら白鳥は落ちてゆきます。視界の隅に青色が、あったような、無かったような。