手掛かり
「私もあの事故には肝を冷やしました。トルー、今度からは気をつけるのですよ。」と母ジャスミン。
「トルーにしては珍しいドジっぷりだったな。」と笑う兄サンバック。
「もう!お兄様、笑い事ではないですよ、もっと心配して下さい!」と注意する姉ブルーマリー。
ここまではなんの変哲も無い幸せな家族だ。何処がどうなって、このブルーマリーが悪役令嬢になるのだろう。
しかし、タイムリミットまであと約8年。
ブルーマリーが魔法学校に入学するまでが勝負だ。僕が飛び級してでも同じ年に入学出来れば良いのだが、今のところまだ可能かどうか分からない。なので、とりあえず後8年と見越して頑張るしかない。
僕は生前の記憶を思い出しながらテーブルマナーを駆使し食事を味わった。
そして「もう授業の時間だわ!」と慌てて部屋へと戻ろうとするブルーマリーに声を掛け、勉強が終わったら一緒に遊ぼうと誘ってから部屋へと戻った。
部屋に戻ると満腹のお腹を摩り「ふぅ~。」と深呼吸する。
その時、部屋に控えていたイモーテルに「食後のハーブティーは如何ですか?」と声を掛けられる。
「ありがとう、勉強する時にもらうね。」と応えると微笑まれた。
「(あれ…なんか嬉しそう。)」と思ったが敢えて口には出さず、前日出来なかった"自分"について調べることにする。そうは言っても5歳という年齢で何かあるとは思えない。だが、未だにこの世界をよく解ってない上で調べる価値はありそうだ。
僕はイモーテルを下がらせ、1人になると机の引き出しを全て開け、何か手掛かりというものはないかと調べた。
しかし、引き出しには筆記用具がある他に落書きの残骸があるだけでコレといって手掛かりはない。
ただ、1つだけ開かずの扉ならぬ開かずの引き出しがあった。ココだけは鍵付きの引き出しとなっており、その鍵が見つからなければ開けることが出来ない。だが、その鍵が見当たらない。
「(何処にやったんだー!?)」と改めて引き出しを見ても見つからないので、とりあえずそこは後回しだ。
次に本棚。
隠し扉でもないか期待したが、都合よくそんなものがあるわけもなくただの本棚だった。
なんとなく1冊の本を取りパラパラと中を覗いてみる。ビックリするくらい何が書いてあるのか全く分からない。
「(えぇ…そこはチートで文字が読めるとかじゃないの…。)」と落ち込んでいると可愛い挿絵の本を見つけた。
「(まず、これからかぁ…。)」と僕は肩を落として机に向かう。
僕はその本を手に机の椅子に腰掛ける。
「(1ページ目にあいうえお表みたいなのがある…これをとりあえず覚えるか。)」と眺めているとノックと共にイモーテルの声が。
「どうぞ。」と声を掛けると中に入ってくる。
イモーテルは部屋を出た時と同様、和かに「トルー様、お勉強中だったのですね。お飲み物を入れても宜しいでしょうか?」と嬉しそうだ。
「(なんでそんなに嬉しそうなんだろ…。)
うん、お願いします。」
嬉々と淹れるイモーテルを横目に僕はあいうえお表と格闘する。
すると紅茶を淹れたイモーテルから「それを覚えるには歌と合わせて覚えると良いですよ。」とアドバイスされイモーテルから歌を教わると瞬く間に覚えることが出来た。
「イモーテル、ありがとう!歌だったら直ぐに覚えることができたよ!」とお礼を言うとイモーテルは
「いえいえ、私は大したことはしておりません。覚えの良いトルー様が素晴らしいのです。」と僕を褒める。
「(僕のこと、凄い持ち上げるな…。)」と思いつつ、先に進むことにする。あいうえおが分かったので絵本くらいなら読むことが出来た。
「(日本と違ってカタカナとか漢字がないからあとは単語を覚えるだけ!)」と意気込んで次々と本を読み進めていく。
僕はイモーテルに「トルー様、お昼でございます。」と声を掛けられるまで黙々と本を読んでいた。
昼食も終わり、また読書をしてもよかったが息抜きに外に出ることにする。前回のことがあった為、勿論イモーテルと共にだ。
「…イモーテル、僕が事故にあったところって何処だったっけ?」
と記憶障害のフリをして訊ねる。
イモーテルはあまり乗り気ではなかったが、渋々、事故現場に案内してくれた。
そこは屋敷から少し離れた中庭の隅にある小さな池で水は澄んでいるものの生き物はいなさそうだ。
僕はそこを覗き込み、何か手掛かりはないかと探す。
イモーテルは「危ないですからお止めください!」と叫んでいたが、僕は止める気は無い。
「じゃあ僕が落ちないように腰を抱いてて。」と告げると何故か顔を赤くされた。