従者イモーテル
では、まず何をすればいいのか…。
取り敢えず思い付いたのは"姉と仲良くなること"。
仲良くなると言っても姉の言うことをホイホイ聞く様ではダメだ。これから度々現れる姉のワガママ発言を正していかなければならない。
僕は早速、御付きの従者を呼び、姉の行動を確認した。
チリンチリン
何か用がある時は部屋に備え付けてあるこのベルを鳴らすことになっている。最初に目が覚めた時は枕元にコレがあり、用途が分からなかったが従者が「就寝時に何かございましたら、此方を鳴らして下さい。」と言ってきたので直ぐに理解できた。
「お呼びでしょうか、トルー様。」
ノックと共に入ってきた従者のイモーテルは静かにお辞儀をする。
「姉様は今日、何しているの?」
「…ブルーマリー様…は本日、午前中に語学のお勉強と午後から歴史学、15時以降は自由時間となっております。」
イモーテルは姉のこととなると若干、戸惑う。未だにきちんとした理由は分からないが、女性が苦手なのか姉が苦手なのか、あまり女性に近付かない。同じ従者同士なら話しているのを見たことがあるが、なんとも不思議な男である。
イモーテルも元々ゲームでは居なかった存在だ。僕が居なかったから当たり前だろう。
ベルの存在の前に目に飛び込んできたのはイモーテルの顔だった。僕が目を覚ますと心配そうに「トルー様…。」と頭を撫でていた。
従者がご主人様の頭を撫でるのってどうだろう…とも思ったが、まぁそこはゲーム仕様だと僕は深く考えず、まず自分の状況を整理するのに必死だった。
まず、此処はどこだ!?から始まり、自分の名前など当たり前だがわからない。"大平 透"という名前ならすぐ言えるのだが、この状況でそんなことは言えるはずもない。イモーテルが慌てて医官を呼びに行ったのを見計らって自分の姿を鏡で見る。その瞬間、自分が大平 透の意識で誰かの身体に入っているのだとわかった。
その後、医官の診療と質問に戸惑いながら答えると「頭を打ったことにより、一時的な意識障害」と診断される。簡単に言うと記憶喪失だ。しかし、今となってはゲームの世界だと理解した為、記憶が戻ってきたとイモーテルも安心している様子。
僕はこの数日でなんとか自分の存在が異質なモノで、その立場を確立しなければ没落すると理解した。
「そっか…じゃあ姉様の手が空くまで僕もお勉強しようかな…。」と零すと「畏まりました、ではお先にお召し物の交換とご朝食を。」とイモーテルがクローゼットの扉を開く。
僕はイモーテルに用意された服に着替えると朝食へ向かった。
余談だが、この着替える行為も最初はイモーテルにさせられそうになった。僕は貴族のことは何も知らないので当たり前なのかもしれないが「失礼致します。」と言って胸元のボタンに手を掛けられた時には思わず「えぇ!?」と言ってしまった。イモーテルは不思議な顔で「如何なさいましたか?」と淡々としていたが、僕は恥ずかしさで「じっ…自分でするから!」と言ってイモーテルを下げさせた。
それから自分で着替えた後、イモーテルに「これからは自分で着替えるから。」と伝えると心無しか寂しそうに「畏まりました。」と返される。初めは僕の成長に嬉しさもありつつも寂しいのかなと思ったが、それだけではなさそうだ。
イモーテルは何処か僕のことを"主人"という存在以上に意識しているような気がする。確証があるわけではないが、何故かそんな雰囲気を度々感じたのだ。
「(あれ…コレって乙女ゲームだよね…?)」と不思議に思うのだが、キスされたり抱き締められたりとかはないので余り気にしないように努めた。
朝食の場所に着くと、父、母、兄、姉がそれぞれ「おはよう。」と声を掛けてくれた。それに応えながら席に座る。
「トルー、体調はどうだ?」
そう声を掛けてきたのは父オークモス・バルサム、齢30歳にして王家に仕え、王の右腕として奮闘している…らしい。
この辺は本当の姉の情報を聞き流していたのであまり覚えていない。「"王様×側近"もいいわねー!」と叫んでいたことだけは覚えている。
「大丈夫です、父様。だいぶ記憶が戻ってきました。細かいところはもう少しかかりそうですが時間の問題かと思います、ご心配お掛けしました。」
「そうか…それは良かった。しかし、あの事故以来トルーが急に大人びてしまった様で私は寂しいよ…。」
「(えぇ!?この話し方マズかった!?でも今更、戻せないし…!)」
「しかし、それだけきちんと話せれば何処に出しても恥ずかしくないものだな、トルー、焦らずゆっくりやるんだぞ。」
「はい、父様。」
僕はそう答えると食事に手を付ける。