アーン事件
僕の発言にフランさんは喜んで!という風に勢い良く立ち上がると、ワゴンに近付いてくる。
僕はテキパキと紅茶を淹れていく様を横から覗き込むような形で見ていた。
「(うわぁ…凄いなぁ…いい香り。流石、料理長!紅茶を淹れるのも上手いんだなぁ。)」
僕は用意された紅茶の横に今日作ったクッキーをお皿に並べる。
「すみません…形の良いものは包んでしまったので僕とフランさんのはあまり綺麗なものではないんですけど…。」
「いえ!トルー様と食べられるだけでも十分です!」とまたもやカチコチになっているフランさん。
「そう…ですか?なら、良かったです。じゃあ食べましょうか。」と僕は1枚に手を伸ばす。
フランさんもその後、クッキーを口にする。
お互い黙々とクッキーを食べ、残り2枚になった頃フランさんが「あの!トルー様…先程の約束は…?」と言ってきた。
「(あれ?あの約束って有効なの?冗談のつもりだったのに。)
フランさん、本当にアレでいいんですか?」
「勿論です!」と食い気味に言われる。
「じゃあ…。」と僕はフランさんの隣に腰掛け、クッキーを1枚取ると口元へ持って行く。
「アーン。」と言いながらフランさんが口を開いたその時「トルー様!!!」とドアの蹴破るイモーテルの姿が。
僕とフランさんは驚きのあまり、その態勢で固まってしまう。側から見れば、明らかに僕がアーンをしようとしたのがバレるだろう。ましてや僕の左手はフランさんの太ももに置いてあるのだ。
イモーテルは「ハァハァ…!」と言いながらフランさんを睨みつけ「フラン!貴様、何をしている!」と叫ぶ。
睨まれたフランさんは「えぇっ!?」と狼狽えていた。僕は小さくなったフランさんを可哀想に思い、代わりに僕が口を開く。
「イモーテルこそ、僕の部屋の扉を蹴破ってまでどうしたの?」と呆れつつ、窺う。
「先程、紅茶のセットを持ったフランがトルー様の部屋に入って行くのが見え、始めはトルー様が紅茶を所望したのだと思いましたが、いつまで経ってフランが出てこなかった為、緊急事態だと思いドアを蹴破りました…!」
「(…うん…まぁ悪い人ではないんだけどね…いかんせん、僕のこと大事にしすぎだから…。)
そっか…心配してくれるのはありがたいけど、蹴破る前にとりあえず、ドアをノックしてくれる?それでも返事がなかったら蹴破っていいからさ。」
「はっ…はい!申し訳ございません!トルー様…!頭に血が上ってしまいました!」
僕はその様子に「ハァ~…。」と溜息を吐くと「フランさん、アーン。」と改めてフランさんに向き直った。
突然の行動にフランさんは「えっ…でも。」と狼狽していたが僕は無理矢理、フランさんの口にクッキーを突っ込む。
フランさんは「うぐっ!」と言いながらも僕が笑顔で「美味しい?」と聞いたら「はい…美味しいです。」と応えてくれた。
僕は次にフランさんにクッキーを持たせると僕の口元に持ち上げさせる。それを僕はパクッと食べると「美味しいですね。」と微笑む。
それを無言で見ていたイモーテルはガクッと膝から崩れ「羨ましい!」と叫んだ。
フランさんはいつもと違うイモーテルの行動に驚いていたが、僕からすれば何時ものことなので特に驚きはない。
僕はフランさんにだけ聞こえるように「今日はありがとうございました、イモーテルの相手をしなきゃいけないんで、今日はこの辺で帰って頂いてもいいですか?急かしちゃってすみません。」と告げる。
フランさんは空気を読んで「失礼しました!」と去って行った。
僕は未だ膝を着いて悔しがっているイモーテルに近付くと、そっとクッキーの包みを差し出す。
「イモーテル、イモーテルの分はちゃんとあるから一緒に食べよ?」
その瞬間、イモーテルはスクッと立ち上がり、自分の蹴破ったドアを直しにかかる。ものの5分程で直すと僕の座るソファーの隣に腰掛けてきた。
その表情はアーンされることを期待しており、心なしか近い。
僕はイモーテルに「アーンはしないよ?」と言いながらクッキーの包みを渡す。イモーテルは「…ありがとうございます。」と言いながらもあからさまに落ち込みながらポリポリとクッキーを食べ始める。
僕は暫く落ち込んだイモーテルを見つめ、結局「1枚だけだからね!」とアーンをしてあげるのだった。