エピソードゼロ
××の前に広がるのは死屍累々。
絶望と言ってしまえばその一言で終わってしまうほど凄惨な光景が目の前にあった。
――――逃げなければ。
必死に立ち上がろうと足に、体に、腕に力を入れるが操り糸を離されたマリオネットのようにただ垂れ下がるだけで動くことはなかった。
肉と骨の噛み砕く音、肉塊が破裂する音、血の飛ぶ音、悲鳴にも似たきしり声。
聞くもおぞましいほどグロテスクな音は彼方此方で今もなお絶え間無く響き渡っている。
××の身体はすでに凍りつきそうなほど冷え切っていた。
それはどことなく懐かしくもなる冷たさではあったが今の現状でそんな感傷に浸っているほど穏やかではない。
赤に染まる大地は人間の鮮血で彩られていた。
――――どうして、どうしてこうなった!!
腕と脚の腱を切られ、座らされている××はただただ己の非力さを嘆き、夢であれという願いを込め、死にたくないと生を求めるのみであった。
ドサッ。
突如目の前に投げ込まれたのは女性、白銀の色に染められた髪色にはどす黒い赤がびったりと固まっている。
瞳は黒く深く、そこに眼球がないことに気づいた時にはすでに死んでいると理解していた。
「ぁ…あ……」
声にもならない声が喉元から溢れてくる。
××の精神がこんな状況でも保たれていたのは彼女が生きているというただ1つの希望だった。
それが今途絶えたのだ。
少しでも彼女のそばへ、××の身体はいつのまにか倒れ動かなく壊れてしまった彼女と向かい合うように寝そべっていた。
幾度と重ねた唇は乾燥して割れ、見つめあった瞳はすでにない。
――――殺してやる
それに向けた復讐と怨念のこもった視線は××の最期の悪あがきでしかなかった。
絶望に打ちひしがれる××の顔を見て高揚するそれは濡れていた。
己の欲がこれほど満たされることはなかなかない。
自ら殺めた人間に囲まれ、その中心にいた人間にそれを見せつけ、最後に愛するものの死を。
それにとって人の心の壊れる様はいつ見ても最高のおかずでたまらなく興奮するもの。
そのためなら人を殺すことになんの躊躇いもなかった。
最期の復讐に燃えた瞳を向けられた際、それは絶頂した。
「さいっこうっ」
恍惚の表情に唾液を垂れ流す姿は只々妖艶。
異形の姿を最後に××の首は空高く舞い赤い溜まりをつくった。
生存者0。赤い夜と呼ばれたこの事件はこの世界の闇の一部として緘口令がひかれ、忘れ去られることになる。