4話 該博の森
「不思議な場所よね」
山の中ほどに開かれた平らかな広場に、自分がくつろぐのに丁度いい程度の建物が立っている。
ミュラルティはその建物が自分のための物だと、知っていた。
すぐ先に水の流れる川もあるし、近くの木には熟した果実もなっている。
おいしそうに実ったその赤い実を1つ採ると、ミュラルティが口にした。
口の中に果実の甘さが広がると、頭の奥にしまわれている知識の一角がその甘さでほろほろと解けていくのがわかる。
「なるほど。これは大変かもしれない」
大きな波のうねりのように、この国の過去の情景がぐるぐると脳内を回る。
この実は、この国の歴史が実ったものらしかった。
「実を1つ食べるたびにこんな風になるとしたら、毎日来るのは無理じゃないかしら」
頭の中をぐるぐると掻き回されて、吐き気と倦怠感が半端ない。
『仕方あるまい。全てを片付けて憂いのない国を次代に渡したかった過去の王が、志半ばに倒れ、召される前に大急ぎで造った空間だ。彼の者に近い後継者がもっと早くに現れるかと思いきや、其方が初めての訪問者となったからな。時間が経ち過ぎて、溜められる知識が溢れるほどに実っておる』
後世を憂いた王。
ああ、だからか。
これから起こるだろう惨状が細かい絵となって流れ星のように流れていく。
これはきっと、過去のその王が憂いていた情景そのものなのだ。
私がこの国の統治者であったならば、知らなければいけないことがたくさんあるのだろう。
残念ながら、私にはその力もそれを振るう場所もないけれど。
「私が食べちゃっていいものではなかったようね」
他にもっと適切な人がいるはずだ。
『だが他の人間がその実を食しても、その知識は得られない。知識の全てはすでに其方の中にある。これらの実は、その知識がしまわれた棚の鍵を、開ける役割を持っているに過ぎないのだから』
ああ、なんてこと。
膨大な、この国に隠された歴史の重さを、私なんかが知ってどうなるというのだろう。
国王も王族や貴族も、国民ですら私にとってはどうでもいいものだ。
もうとっくの昔に、誰かのために頑張りたいなんていう心は捨ててしまってるのよ。
なんで、私だったんだろう。