2話 妹
「ミュラルティ様、どちらにいらっしゃったんですか!お探ししましたよ!」
いつも通り裏門から部屋を目指すと、道中で見知らぬ少女から叱責を受けた。
そのまま彼女の部屋と思われる場所に押し込まれてしまう。
何が起きているのか、と思い、ああ、妹君の誰かだったかもと思い当たる。小さくかわいらしい彼女の頭を飾る、美しく豪華な桃色の髪飾りには見覚えがあった。
「何かありましたか?」
自分に対して、国から何か要請の出ることが想像できない。
要するに、ミュラルティには自分が完全なる穀潰しだという自覚があるのだ。
「何かありましたか、ではありませんよ!ランタナ女王からお呼びがかかってるんですよ!私が必ず連れてくるように、と命を受けているのです。もうお約束の時刻まで時間がありません!」
という言葉を皮切りに、彼女の侍女達の手であれよあれよと服を脱がされそうになる。
「いや、これで向かえばいいんじゃないかしら」
ミュラルティが少し慌てたような声を出すが、お構いなしだ。
何しろこれはミュラルティの一張羅で、これ以上の物は持っていない。
どうせ、気まぐれのお茶会か何かなのだ。着飾る必要があるだろうか。
「そのお召し物では、連れていく私までもが馬鹿にされるではありませんか。平民ですらその程度の物は着ているでしょう?」
ミュラルティはその言葉に衝撃を受けたが、顔には出なかったようだ。妹君は気づかなかったように言葉を続けている。
「私が命じられた以上、ミュラルティ様が女王の前に出るのにふさわしくないと、私も影口をたたかれるのです」
それが女の世界なのです、と言われてしまえば眉尻も下がる。
その女の世界が合わないから、こうして度々抜け出して町に出ているのだ。
「けれど私、これぐらいしか華やかな物はなくて。結果として貴女まで中傷されたら申し訳なく思うけれど」
「そういった事情も存じてますよ。だから、今日は私がミュラルティ様のお祝いにこちらを差し上げようと用意してきたのですもの」
少し食い気味に返答が返ってきて、ミュラルティの目が泳ぐ。
「私のこと、知っていました?」
自分は貴女の名前も知らないよ、とは言えない雰囲気だ。
「もちろんです。奥の殿には多くの平民出身の女性がいるでしょう?私の母もです。身の置き所のないもの同士、仲良くしましょう。幸い、私の母はお金だけはありますから」
彼女の母親は裕福な商人の出身なのだろう。誇らしげに胸を張る小さな姿をほほえましく見返す。
ミュラルティの収入といえば、国から王族全てに与えられる最低限の一律した年金だけだ。何の仕事も与えられなければ、収入も増えない。
故に彼女の申し出を有り難く、衣装をいただこうと肩の力を抜いた。
慌ただしく髪を結われ、化粧を施される。
「まあ。トゥルアンダ様」
着ていた衣装を剥がされると、皆の目が1点に注目した。
「これはまたすごいものを隠してらしたのね」
皆が驚くようなこと、何かあったかしら?と一瞬頭をよぎったが、それよりもトゥルアンダ、という妹君の名がわかってホッとする。
「その衣装はやめましょう。こちらの衣装ならここを取り外せるのではなくて?」
「左様でございますね」
言うと、侍女が手にしていたやわらかい布地の物ではなく、少し硬くしっかりとした重さの服を合わせられる。
次にたっぷりとした布の飾りを足され、侍女達の手で次々と縫い合わされていく。
あまりの手際の良さにミュラルティの口も開いたままだ。
「あら、いいじゃない。時間もぴったりね」
トゥルアンダはいたずら気に片目を閉じてミュラルティを見ると「さあ行きますよ」と手を繋いで先導し始めた。