第6話 義母と教え子(仮)
フェリアは歩きながら、俺にとっては何でもない歩き慣れた通りを興味深そうに見て呟いた。
「これが、王国の民……いえ、町の人達の生活している場所……子供たちが元気に遊んでいるわ。それに、お料理のいい匂いがする……」
「こういう庶民の暮らすところは初めてか?」
「ええ……じゃ、じゃなくて。そんなことは無いわ、この街をゆっくり歩いたのは初めてだから新鮮に感じただけよ」
彼女の反応はとても分かりやすい――やはり、相当に育ちが良い、いいところのお嬢様なのではないか。
「ギルドに連れて行く前に一つ聞いておくが、冒険者になる上で親の許可は得てるのか?」
「王国では十二歳になれば、まだ大人になっていなくても、十分に自分の意志を尊重されるわ。私もそれと同じで、自分の生きる道を自分で選んだだけ……何も問題ないわよ」
彼女の言葉に迷いは感じられない。魔法も剣も冒険者になるためにこの若さで習得したのならば、彼女の言うとおり、自分で生きる道を選ぶために努力したのだろう。
「確かに問題はないな。詮索して悪かった、うちのギルドは冒険者の経歴を問わない」
「い、いえ……先生が謝ることはないの、私がお転婆だっていうことは、自分でもよく分かっているから」
「確かにその若さにしては、口が達者だな。十三というと、もっと子供かと思ってたが」
「それは……周りの人が年上だったからかもしれない。子供らしくするって、よく分からないの。ずっと大人と同じふるまいをするように言われてきたから」
生まれた家次第では、そういう教育を受けることもあるのだろうが、やはり一般の家でそんな教育をするのは珍しいように思える。
彼女は嘘をつくのが苦手なのだ。生まれの高貴さを隠そうとしているが、隠せていない――それを拙い演技だと思うよりも、フェリアが誠実だからなのだと思った。
誠実な人間は、素性を偽ったりはしない。そんな説教じみたことを言うつもりはない。彼女が自分の意志で冒険者になることを選んだなら、俺はそれでいいと思った。
「……まあ、背伸びばかりじゃなくてもいいとは思うが。自分のしたいようにするのが一番だな」
「っ……そ、そう……私は自分の意志で、先生の弟子になりたいの!」
「分かった。俺はそういうつもりで話をするが、セプティナ……うちのギルドマスターの判断は絶対だ」
「……せ、先生? そのセプティナさんっていうのは、先生とはどんな関係なの?」
やはりマスターを呼び捨てとなると、引っかかるものがあるのだろう。毎回説明に困るのだが、俺はできるだけあっさりと事実を口にした。
「俺の恩人なんだ。ある意味、育ての親ってやつでもある」
「じゃあ……セプティナさんは、先生の大事な人っていうこと? それなら私も、しっかり敬意を持って接しなきゃ」
「ま、まあそうだな。そこまで肩肘張らなくていいとは思うが……ここだ、着いたぞ」
細い路地に入ったところにある、ギルドの前に辿り着く。『営業中』の札がかかったドアを開け、奥から出てきたセプティナにフェリアを引き合わせる。
「なんじゃ、サテラに振られたかと思えばまた次の相手を……と言いたいところじゃが。さすがのお主も、ここまで年の差のある相手には手を出すまいな。何か訳ありかや?」
「まあ、そうだな。紹介するよ、この子は……」
「初めまして、私はフェリアと言います。初めての依頼で先生に助けてもらって、弟子入りをしたいと思ってまいりました。どうか、このギルドに所属させていただけないでしょうか」
俺が紹介するまでもなく、フェリアは流暢に挨拶を終えてしまった。セプティナはエルフ特有の翡翠色の瞳で、フェリアをじっと見て話を聞いていたが――俺に視線を移すと、少し意外そうな顔をする。
「……お主、もしかして少女に興味があったのか? それで十六も離れたサテラのところに通いつめておったのか」
「ち、違う……そういうわけじゃない。サテラのことはいい、フェリアはまだ十三なんだぞ。そんな話を聞かせるのは教育に……。
「……セプティナさん、そのサテラさんっていうのはどちらのどなたですか?」
フェリアは普通に聞いているだけだが、なぜか迫力があるように聞こえて、俺は思わずビクッとしてしまう。
「つい先日まで、娼館に勤めておった娘じゃ。グウィンが贔屓にしていてな。しかしこの不肖の息子は、ただの一度も手を出さなんだ。自己申告によればじゃがな」
「だ、だから……そういう話はフェリアにはまだ早い。娼館って言われても、どういう場所かも分からないだろ」
「そ、そんなことはないわ。『しょうかん』は、女の人が男の人を、いい気持ちにさせる場所だって……」
「ぶっ……げほっ、げほっ。フェリア、どこでそんな知識を……」
近頃の十三歳は、俺が思うより世の中のことを知っているのか。そう思いかけたが、それは早とちりだった。
「女の人がお酒を男の人に注いだり、楽しいお話をしたりする場所だって、知り合いの人が言っていたわ。違うの?」
「ふむ、それもあながち間違ってはおらぬ。今のところはそれくらいの知識にとどめておくのが良かろうな」
「今のところ……? 先生、それ以上何か私の知らないことがあるの? 教えて?」
フェリアが純粋な興味の輝きを目に宿して聞いてくるが、いくら純粋でも答えられることとそうでないことがある。
「お、教えてと言われてもだな……女性が男性をいい気持ちにするというのは、色々と奥が深くて、その逆も然りというかだな……お、俺はしてもらったことも、したこともないが……」
「何をしどろもどろになっておるのじゃ……このような少女相手に。やはりグウィンにはそちらの気があったのか……」
セプティナがじっとりとした目を向けてくる。そんなふうに口元に手を当てられると『うわ、もしかしてロ◯コン……?』と思われているようで切ない。少女の姿をしたセプティナにされると、ダメージもひとしお大きい。
「あのな……セプティナも容姿的には、むしろフェリアより若く見えるくらいだからな」
「っ……な、なぜわらわの話になるのじゃ。わらわはこう見えても112歳じゃぞ、グウィンなどわらわからすると子供のようなものじゃ」
「エルフの人は不老不死に近いって聞いたけど、本当なのね……でも、私より小さいけど、小さくない……」
フェリアが見ているのはセプティナの、容姿に似つかわしくないほど発育した部分――目のやり場に困るほど膨らんだ胸だった。フェリアは自分の胸を鎧の上から触り、セプティナの全体像と胸と何度も見比べる。
「胸は年齢に比例して大きくなることもあるようじゃの。年の功ということじゃ、フェリアも大人になれば成長の見込みはあろう」
「……先生、こんなに胸が大きい女の人と仲がいいのに、どうして私を弟子にしてくれようと思ったの?」
「そっちが頼んできたわけだが……ま、まあ気にするな、胸の大きさは個人差もあるし、今後の成長にも期待というか……もし成長しなくても、フェリアは冒険者としては有望だからな」
「うぅ~……先生が何か失礼なことを言ってるような……見てなさい、私だってそのうち……じゅ、十年後くらいには、セプティナさんを追い抜いて……」
俺はセプティナの胸に対抗意識を持たなくとも、年齢に合った大きさというのもあるので良いのではないかと思うが、だからそういう興味をフェリアに持つなというのに、なかなかそちらに向かう思考を脱することができない。
「お主も大変じゃのう、グウィン。もし理性が決壊しかけたらわしを呼ぶのじゃぞ、犯罪ではないとはいえ永遠のロ◯中堅と呼ばれても仕方ないからの」
「ただでさえ微妙な異名に、致命的な単語を組み合わせないでくれ……人間としての価値が危ぶまれる。まあいい、今日は帰る。また明日にでも、フェリアを連れて行っても差し支えないくらいの依頼があったら請けに来る」
「なんじゃ、せっかくだから三人で夕食でもと思ったのじゃが」
「今の部屋じゃ狭いし、中古の家を買おうと思うんだ。思い立ったが吉日だし、しばらくフェリアの教育係をするとしても、まあ住み込みでいいだろう。毎日宿を取って宿泊費を払うのは負担が大きいしな」
元から家を買おうと思っていたし、フェリアが来たから予定を急遽変更したというわけでもない。
しかしフェリアは目をきらきらと輝かせ、俺を見ている――やはり、彼女のために家を買うことにしたと思われたのだろうか。
「先生……私と一緒に暮らしてくれるの? 私が一人で暮らすと、いくら私が強くて有望だと言っても色々と危ないことはあるし、先生が守ってくれるなら安心だから、それとも私から目を離したくないからということ……?」
「い、いや、元から予定してたんだ。使いみちのない大金ができたからな」
「フェリアは興奮すると早口になるのじゃな。こういうタイプは猪突猛進じゃから、グウィン、色々と優しく教えておあげ。見たところ魔法剣士のようじゃし、グウィンを追いかけて高ランクまで駆け上がってくれると、『灰色の狼亭』も中堅ギルドへの出世が見えてくるからのう」
「あ、ああ……資質はあるし、しっかり育てるつもりだ」
だが、どうにもフェリアは俺のことを先生という以上に――いや、それは考えすぎだ。
「先生と一緒……新しいおうちで……ど、どうしよう……お料理もお掃除も、いっぱい頑張らなきゃ……」
フェリアはすでに俺との同居生活に思いを馳せてしまっている。いい物件が見つからないと購入はかなり先になるかもしれないのだが、教え子(仮)があまりに幸せそうなので、とても今は伝えられなかった。