第4話 初めての指導
赤いスライムは水の魔法を、青いスライムは火の魔法を、黄色のスライムは土の魔法をそれぞれ吸収する。一度覚えてしまえば、さほどスライムの弱点を突くのは難しくない。
つまり、他の属性の魔法なら吸収できないのだ。俺はフェリアに、赤いスライムに対して炎の魔法を使ってみるように指示した。
「っ……ファ、ファイア……」
「怖がらなくていい、絶対にうまくいく。もし襲ってきても俺が倒してやる……十分距離は空いているし、フェリアの魔法の威力も十分だ。自信を持って」
「はい、先生……ええいっ、『火炎球』!」
フェリアが剣を振り抜くと、彼女の前方に火球が生じ、スライムに向かって飛んでいく――そして、赤いスライムはじゅわっと蒸発するようにして消え、核がその場に落ちた。
「や、やった……やりました、先生!」
「やれたじゃないか。だが、先生っていうのは……」
「何をおっしゃるのです……い、いえ。何を言うのです、グウィン先生。貴方は私の先生ですわ……ではなくて、紛れもなく先生です」
「な、何かお嬢様言葉っぽいのが混じってないか? 自然に話してもらっていいんだぞ」
「お、お嬢様……そんなことは全くありません、私は冒険者フェリアですわ。先生、それよりスライムを倒せたのですけど……」
何か子犬のような目をして、俺の様子をうかがってくるフェリア。俺は何を求められているのかと考え、もしかしてもっと褒めてほしいのだろうか、と思い当たる。
褒めて伸ばすというのは確かに分かるのだが、娘のような年齢の冒険者を手なづけているみたいで、何か後ろめたさを感じてしまう――少女好きと噂が立ってしまったら、俺は将来的にも嫁が貰えなくなるのではないか。
「……そ、そうですよね……いえ、そうよね。先生からしてみたら、スライム一匹を倒したところで、そんなに褒めることじゃないし……」
「いや、褒めることだとは思ってる。だが、俺も人に何かを教えるなんて初めてだからな。どうやればいいのか分からん……間違ってたら怒ってくれて構わない」
「あ……」
俺はフェリアに近づき、いつもつけているグローブを外して、ぽふっと彼女の頭を撫でた。
「……よくやったな。あと二匹、慎重に討伐して、胸を張って町に帰るぞ」
子供扱いするなと拒絶されるかと思ったが、そんなことは全くなかった。
「ふゃぁ……きもちいい……」
(……まさかこんなに懐かれるとは。困ったぞ……こういう場合の対応には全く慣れていない。経験が不足している)
本来は気が強い性格だろうに、俺に撫でられているフェリアは顔がほんのり紅潮して、心地よさそうにしている――まるで子犬のようだ。
しかしこの顔、蕩け顔ってやつじゃないだろうか。そんな顔をこんな少女にさせて、俺は一体何を満足げにしているのか。先生と呼ばれたからといって、調子に乗りすぎだ。
「さ、さて……そろそろ次に行くぞ」
「……もっと頑張ったら、また今みたいにしてくれますか?」
「はは……根がおしとやかな性格なんだな、フェリアは。分かった、幾らでもしてやるから。こんなおっさんに懐いても、あんまりいいことはないぞ」
「そんなことありません……いえ、そんなことないわ。グウィン先生は紳士だし、この人しか私の先生はいないと思ったんだもの」
憧れを隠しもしない目で見られ、俺は頬をかく。剣士ではあるが布の部分が多い装備をしたフェリアは、まだスライムの水分で濡れたところが透けており、目のやり場に困る部分もあるのだが――紳士というのはやはり買いかぶりすぎだ。
「……フェリア、一つ聞いていいか。今、何歳だ?」
「っ……じゅ、じゅうご……いえ、十三歳だけど……」
(若いとは思っていたが、改めて聞かされると……二十二歳差? やっぱり親と娘ほどの年の差じゃないか)
だらだらと冷や汗をかいてしまう――その十三歳に、俺は今何を思っていたのか。柔らかいとか、スライムに拘束されていた時の反応が色っぽかったとか、この年齢の少女に対して考えてはいけないことばかりだ。
こんな年下の少女と接する機会は無かったし、セプティナも見た目だけなら少女のようだが、それとはまた違う。長命なエルフではなく、本当に十三年しか人生を送っていない少女なのだ――俺のような、行き詰まった中年男に引っかかってしまってはいけない。
「……やっぱり、冒険者になるには若すぎると思ってる?」
気がつくとフェリアが俺を上目遣いに覗きこんでいた。赤い宝石のような瞳が、心配そうに俺を見つめている――いたいけというか、保護欲を掻き立てられる仕草だ。
「っ……い、いや、そんなことは全くないが。俺も十五の時に冒険者になったからな。もう、それから二十年にもなる。ずっとCランクのままだがな」
フェリアは頭の中で、数字を数えているようだった。十五で冒険者になり、それから二十年――つまり、三十五。
そこまで年上だったのかと思われるか、予想通りと思われるか。どちらにせよ、本来交流など持つわけがない年の差なのだから、フェリアもそれを踏まえて距離感を取るだろう――と思ったのだが。
彼女は俺を上目遣いに見たまま、胸に手を当てて、意を決したように聞いてきた。
「あ、あの……グウィン先生は、おひとり……ですか? それとも、奥さんが……?」
「いや、結婚はしてないが。この年まで、なかなか縁がなくてな」
できるだけあっさり事実を述べるが、俺の知り合いには二十歳までに結婚して所帯を持っているやつが多く、三十五で未婚と言うと『実は性格に問題が』『夜の生活に支障が』といろいろと邪推されてしまう。性格は自分で評価できないが、夜の生活に関しては全く支障がなさすぎる。
サテラの借金を肩代わりするというのは、つまり彼女を身請けするということだ。だが、男女の行為が当然あるものだとは、俺は思っていなかった。悟りを開いたような生活が長く続きすぎて、男女が共に暮らせばそういうことになるというのが、理屈としては分かっても絶対にそうでなくてはならないのかという思いがある。
――なんて、結局言い訳でしかないと理解はしている。俺は経験がないので、女性を楽しませたり、満足させてやれるかあまり自信がないのだ。
と、少女を前にあるまじき脱線をしていてはいけない。フェリアが『奥さんがいるか』と聞いたのは、俺がいい年だからということだろうが、独身と知ったらやはり男として問題があると思われるだろうか。
そう考えるが、彼女の反応を見る限り、俺の心配しすぎのようだった。
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