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第2話 森の中の出会い

 金は中古の家を買うためにでも使うことにした。ギルドの近くにある集合住宅の部屋を借りて長いこと暮らしていたが、持ち家でも手に入れてそこに金を使うというのはどうだろうかと考えた。


 俺の趣味は、見かけによらないと良く言われるが、薬草の栽培である。部屋のベランダでハーブの鉢植えを並べて育てているが、軽い傷や風邪などなら、自家製ハーブを調合して作ったポーションですぐ治る。


 セプティナは『容姿も悪くないし、身体も鍛え上げられている。それでいて家庭的で勤勉なのに、お主は女性関係に恵まれぬのか』と真剣に不思議そうにしていたことがあったが、そういう条件が揃っていても別に女性にもてるという保障はなく、それを理不尽とも思わない。


 男と女しかいない世界だからといって、絶対に恋愛関係を結び、子供を産み、次の代に繋げていく必要もないのではないか。


 そう言うと、妻帯者の冒険者仲間からは『一度は結婚してみると価値観が変わるぞ』なんていう上から目線の説教を受ける。とても大きなお世話であるが、家庭を持ち、家族を養っている彼らは素直に凄いと思うので、そこまでの怒りは湧かない。


 要は、こんな俺の感情の起伏の少なさ、情熱のない停滞期の冒険者ぶりが、女性から見て魅力的に映らないのではないかと思う。


(枯れてるわけじゃないんだがな。魅力的な女性を見れば心は動くし、サテラを妻にしたいと思いもした。だが、皆の言うとおり、俺はずれてるんだろうな)


 娼館ではなく、他のところで出会いを求めるべきだと何度も言われた。女性を紹介されたこともあるし、悪くない感触で、次に会いたいと言われたこともあった。


 だが気乗りしなかった理由が、自分でも良くわかっていない。同じギルドの後輩から、『セプティナさんみたいなとびきり綺麗な人とずっと一緒にいたら、普通の女性では魅力を感じなくなるんじゃないですか』と言われたが、その時は笑って否定した。


 その姿を見たものの九割が恋に落ちるとまで言われるセプティナだが、彼女はあくまで恩人だ。その魅力を知っていても、自分の手に届くものだと思ったことは一度もない。


 だからセプティナ以上の女性でなければ心が動かないなんてことはない。ないはずなのだが――サテラがいなくなり、俺を迎えてくれたセプティナを見て、少しだけ思ってしまった。


 出会った頃一度だけそうしたように、彼女の胸に身を預けたら、どれだけ楽になれるのだろうと。


 だが俺はもう若くはなく、大人として心のわだかまりを晴らすために選べる方法は、何でもいいから仕事をして、一人で祝杯を上げるくらいだろう。今は馴染みの顔と会いたいとは思わない、サテラのことを話さなければならないのは気が重い。


 そこで俺は、セプティナから今ある仕事をもらい、ダリルウッドの森にやってきた。ここは冒険者になりたての、Fランク冒険者がよく依頼でやってくる場所で、だいたい依頼内容は魔物の素材を代わりに集めてほしいとか、薬草などの素材採集をしてほしいというものだ。


 俺も冒険者になりたての頃は、ここで魔物を狩ったり、ひたすら素材を集めたりしたものだった。今となってはCランク冒険者が行くような場所ではないのだが、あいにく丁度いい仕事がなかったので選択の余地がなかった。


(それでもありがたい。ジャイアントムームの討伐でも、無心になってやってれば、気は紛れるからな)


 ムームとは毛皮に覆われた、リスのような姿をした魔物である。繁殖力が強く、よく森から周辺の村に足を伸ばして作物を荒らす。狩っても狩っても増える上に、野菜や果物を食べたムームは肉質が良く、食料としても需要があるので、ゴブリンなどを倒して稼ぐことのできない初級冒険者の飯の種となっている。


 俺はといえば、条件次第だがトロルやオーガの類までは一人で討伐することもできる。ジャイアントムーム五匹の討伐は、正直なところ順調に遭遇することさえできれば、それこそ朝飯前という難度にすぎなかった。


 しかし、ダリルウッドの森にはムームだけでなく、他にも色々な魔物が生息している――中でも、依頼が出されても初級冒険者は簡単に受けてはならない、注意すべき魔物が。


「――出たわね、破廉恥スライムっ!」


 ハレンチスライム――そんな名前の魔物はいないのだが、前方の森が開けたところで、誰かが叫んだ。


 正確には、普通にスライムという。しかしそのスライムこそが、ただのゲル状の軟体生物と侮ってはいけない、『初心者殺し』の強敵だったりする。


(スライム討伐で、ちゃんと抑えるポイントを理解しているかどうか……まあ、理解してるから依頼を受けてるんだろうが……ん……?)


 他人の仕事に口を出す趣味はないが、今日は何かが引っかかって、スライムと戦闘している誰かの様子を見ようという気になる。


 そこにいたのは、軽量の剣と盾を装備した、魔法剣士フェンサーらしき少女だった。


 彼女はこともあろうに、『青いスライム』に向けて炎の魔法を放とうとしている。


「お、おいっ、それは……!」

「蒸発させてあげる……『火炎球ファイアボール』!」


 スライムは色によって、弱いものでも魔法に対する耐性を持っている。もし、耐性のある魔法で攻撃してしまうとどうなるか。


 少女の放った火炎弾を受けると、青いスライムはそのエネルギーを吸収し――ブルブルと震えて、吸収した分だけ肥大化したあと、二つに分裂した。


「そ、そんな……スライムなんて、どれも炎でやっつけられるんじゃ……きゃぁっ!」


 しゅるん、と一匹のスライムが触手を伸ばし、魔法剣士の少女を絡め取る。スライムは鈍重に見えるが、触手を伸ばす時は肉食の獣なみに素早く、そのギャップを知らない多くの冒険者たちが、油断して犠牲となることは多い。


「くぅっ……うぅ……こ、こんなことして……絶対に許さないわ……っ」


 手足を絡め取られ、吊し上げられながらも少女は強気のままだ。一人でこの森に来るくらいだから、腕にはそれなりに自信があったのだろう。


(だが、初心者だ。冒険者にとっては『知らない』ことは命取りになる)


「だ、だめっ……それはっ……わ、私の大事なっ……」


 あれよという間に、冷静に見ている場合ではなくなっている――ハレンチスライムと言われただけあって、ただ獲物から養分を吸収しようとしているだけなのに、表面が水分で覆われていることもあり、ただ巻きついているだけでも直視しづらいことになっている。


 スライムに性別はないのだが、捕まりやすいのは女性だという――男性よりも女性のほうが、スライムにとって魅力的な何かがあるのだろうか。


「……と、見てる場合じゃないな。そこの少女、助けてもいいのか?」

「っ……わ、私は……まだ、戦える……こんなスライムになんて……せ、背中はだめっ、入ってこないでっ……!」


 こうして見ると、冒険者なんて稼業がまったく似合わない、まるで姫君のような美少女だ。赤色の髪が特徴的で、同じ色の燃えるように赤い瞳には、情熱的な輝きが宿っている。年齢はかなり若く、十代前半ではないかというほど、上品ながらあどけない顔立ちをしていた。


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