The small Garden
教室のうしろで、す…と手が上がる気配がした。
「……どうした、黒部」
見慣れた、よく灼けた肌はいつもどおりだ。よく見たら、唇が土気色だけれど。
「調子が、わるくて。トイレに行っても、いいですか。保健室行かなくていいように、頑張るので」
どうしてだろう、硝子のような無表情が、まるで壊れてしまいそうだと思った。
「おう、行ってこい。無理はするなよ」
ふぅ、と、その唇が、皮肉な弧をえがいた。
「──────いえ、無理はします。もう、休むわけにいかないので」
ただトイレに行くというだけなのに、黒部は───筆箱とタオルを持って席を立った。私より長いスカートが頼りなくゆれた。もはや歩いてさえいないその足どりを見ていたら、砕けそうな硝子ごと彼女を抱きしめたくなった。
…私はしばらく考えた。五分たっても黒部は戻ってこなくて、あの筆箱とタオルもなんだか怖くて、私はそっと手を挙げた。
「おうどうした、葉沢」
「あの、私もトイレ行ってきていいですか。お腹痛くて」
「お前もか。早く行け」
「ありがとうございます」
小走りで教室を出る。急いだほうがいい気がした。
私は知っていた。黒部はお昼を食べていない。だから吐くものもないのに─────
先生はたぶん、勘違いしている。
──最寄りのトイレからは人の気配はしなかったけれど、かまわず入った。ら、黒部は窓のところにいた。
背を向けていたけれど、私の足音で振り向く。
「……………だ、れ」
裸眼だった。いつも眠そうな目は真っ赤に充血してて、腫れぼったい瞼を見ひらいて、眼鏡と筆箱を左手に、タオルを右手に持っていた。
睫毛が濡れて黒い。
「……葉沢、だけど。黒部が心配で───」
「葉沢、さん……。ごめんね、いまちょっと見えてなくて。目を冷やしてすぐ戻るから」
泣いた跡も生々しい顔で、黒部はとても綺麗に笑ってみせた。
「いいよ。戻らなくていいよ。泣くの我慢してまで戻んないで」
「ん、大丈夫よ。我慢してないし」
やっぱり綺麗な微笑みだった。まるで陶器の人形のような、つくりものの美しさだった。
「…嘘つき。泣けばいいのに」
かたり、と美しい陶器に、罅が、はいる。
「………知ってる。でももういいの。戻らないと、遅れちゃうから」
「だめ、戻らないで」
そんな、泣きそうに笑わないでよ。
抱きしめたら、黒部が揺れて……肩口が濡れた。