7話 悲惨な
私は大学生であり、ちょうど大学で講義を受けていたある日の事だった。
「咲ー!」
突然、背後から囁くように見覚えのある声が聞こえてきて、私の肩を誰かが叩いた。
「佳澄? どうしたの?」
その声の主が誰かは私は直ぐに分かって、その人物の名を呼びながら後ろを振り向いた。振り向けば、そこには大学に入学してから知り合った友人の香澄が座っていた。
「今日も行くの? 南総合病院」
香澄は受けている講義の先生にバレないように私の耳元でまた囁くように話した。
なぜ、香澄は私が南総合病院に行くことを知っているのか。それは、いつだっただろう。私が病院から帰ろうとした時、偶然にも香澄に出会った。
その後、香澄に拓弥さんと誰かが会っている事を話した。だから、病院に行くことを知っている。
けれども、あまり深く聞いてこなかったので、話していない事もあった。
「咲ってば!」
私は考えことをしていたせいで、さっきの香澄の言葉に応えられなかった。
「南総合病院、行くよ」
私がそう答えると、どこからかの視線を感じた。その視線は他に講義を受けている人の視線。
よく見ると、少し睨んでいるように見えた。
「よく行くね。仲良くなければそんな頻繁に行こうとしないよ。まさか!?」
視線に気付いていないのだろう、香澄は平然と話し続ける。
「そこ、講義受けないなら出ていってもらえるか」
突然、講義をしている教授が私達のほうを向いて言った。
「えっ!? すみません、黙って受けます」
香澄はようやく教授の言葉で普通に話してしまっている事に気付いた。周りを見渡し不快な視線にも気付いて、まずいと思ったのかな。口に手を当てる仕草をしていた。
運悪く厳しい教授の講義だという事を忘れていた私達は講義が終わるまで静かに受けたのだった。
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大学での講義があっという間に終わり、私は南総合病院へ向かって歩いていた。歩いている最中に学校で帰宅している小学生や小さな子連れのお母さん達が楽しそうな笑みを浮かべていた。
あまりの楽しそうな雰囲気でなぜだか私までも楽しく感じ、思わず微笑んでいた。
そんな中で思ってもいない事故が起きた。
少し遠くでボールで遊んでいた三歳くらいの女の子が誤ってボールを道路に出してしまった。それを追いかけようとしている姿を目撃した。
周りを見回してみるけど、その子のお母さんらしき人は、見当たらなかった。
『どうしよう、助けないと……』
心の中でそうは思っていても足を動かす事が出来なかった。
最悪な事態が起こらなければいいのだけど。
だけど、ものの数秒で私の願いは裏切られた。
女の子の左右から車が一台走り出してきていた。本当に助けなくてはと私は焦った。
「花凛ちゃん!」
不意にその子のお母さんらしき人が大声を上げて女の子に駆け寄ろうとしていた。
その瞬間だった。
女の子のお母さんらしき人が出てくる前にどこからか男の人が女の子のところまで急いで走っていった。
男の人は女の子のところまで来ると、咄嗟の判断で女の子をお母さんらしき人に押し出すと男の人は動かずその場で立ち止まった。
私はなぜ動かないのか不思議だった。車が勢いよく男の人に向かってきている。
次の瞬間、あまりに残酷な事が起きるなんて。
「きゃあああ」
「誰か救急車を呼んでくれ!」
女の人の叫びの後、誰かが援助を求める声が聞こえた。
私は悲惨な光景の前に俯いて目を逸らしていた。ゆっくりと頭を上げてその悲惨な光景を見る。
車は衝撃で正面に凹んでいる部分があり、車のすぐ目の前には男の人が頭から血を流し、倒れていた。
よく見ると、その男の人に見覚えがある人物だった。
「しゅ」
私はその男の人の言いかけたけど、信じたくないあまり足が竦んで上手く声を出せなかった。
私の願いがまたもや裏切られる事になろうとはその時は思ってもいなかった。
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それから、数時間後の事だった。
私は南総合病院に来ているけど、側には鈴香さん、目の前には治療室があり使用中の赤ランプがついていた。あの衝撃的な出来事から数分経った後、拓弥さんから着信があった。
「咲ちゃん、今大変なんだ。秀が事故で運ばれてきて、鈴香ちゃんもその待合室にいるからちょっとの間一緒に行っててもらえるか? 俺、手を外せないから咲ちゃんが鈴香ちゃんの側に、ごめん後は頼んだ」
そう言って、拓弥さんはその場から去ってしまった。
「事故、あの人はやっぱり秀さん?」
拓弥さんの連絡を受けた直後、あの悲惨な出来事を思い出したくはないのにフラッシュバックのように甦った。
とりあえず、拓弥さんの言われたとおりに側にいた鈴香さんと待つことにした。鈴香さんは、顔を俯かせ体が震えているようだった。
「秀が、まさか、いなくなるなんてないよね。龍輔に続いて秀までもいなくなるなんてことは」
独り言のように声を震わせて呟く鈴香さん。不安になっている鈴香さんを落ち着かせようとした私だったけど、不安な姿を見ていると、私までもが不安になってしまう。亡くなってしまう恐怖を経験してるこそ鈴香さんの気持ちが分かった。
「鈴香さん、きっと大丈夫ですよ」
それでも、なんとか鈴香さんに落ち着かせるように声をかけた。
それから、私と鈴香さんはその待合室の椅子に座って秀さんの無事を祈った。
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沈黙が流れて、一時間後の事だった。
突然、治療室の扉が開き『使用中』のランプが消えると中から眠ったままの秀さんと治療を行っていたであろう医師が出てきた。
「秀!」
鈴香さんは秀さんの姿を見ると、一目散に駆け寄り名を呼んでは涙を流していた。
「大丈夫、命に別状はないから少ししたら目を覚めるよ」
医師が鈴香さんの様子で秀さんの容態を言葉にする。
「よかった」
医師の言葉を聞いて、鈴香さんは安心していた。
でも、私の目には医者が秀さんは命に別状にはないと言った言葉の後に残念そうに俯いていた事に不信に思った。
「ごめん、遅れて! それで、秀は?」
そこへちょうど拓弥さんが私達の元へと急いで駆け寄ってきた。
「大丈夫だって、命に別状ないって、」
拓弥さんの言葉に鈴香さんがそう答えるかのように言った。
「そっか、よかった」
それからとはいうもの、私達は一緒に秀さんの病室となる場所に移動した。
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「実は私見てたんです。秀さんがボールを追いかけていた女の子を庇って車に轢かれたのを、」
私達は、眠っている秀さんを前に話をしていた。
「えっ!? やっぱり」
私の言葉に鈴香さんと拓弥さんが驚いていたけど、鈴香さんは納得したようだった。
「やっぱりって? 鈴香ちゃん、それどういう事なんだ?」
その反応に拓弥さんは鈴香さんに投げかけた。
「実は、秀は昔から人を助けて怪我ばかりしていたの。小さな怪我から大きな怪我まで。でも、最近は忙しいからなのか怪我もしなくなったと思ったらこれだもん。きっと、人助けでこんなことになったんじゃないかと、」
鈴香さんは語るように話した。
秀さんの話しをするもその秀さん本人は頭に包帯が巻かれていて、何事もなかったようにベッドで眠っている。
「そんな事があったのか」
拓弥さんは初めて聞いたのかな、少しばかり驚いているように見えた。
コンコンコン
そこへ、病室の扉をノックする音が聞こえた。拓弥さんがノックしたほうへと向いた。鈴香さんはよっぽど秀さんが心配なんだろう、扉のノックには見向きもしなかった。
誰の返事もしないまま、扉が開き 一人の男の人が入ってきた。そして、その男の人は拓弥さんに向かって手招きをしている。
拓弥さんはその手招きにつられるように病室を後にした。
男の人が何だか暗い顔をしていた気がした。
もしかして、秀さんの状態が本当は良くないとか何かあるのかなと私は悪い気しかしなかった。
鈴香さんが秀さんを心配する様子を眺めて不安になった私だった。
次更新日は、2月17日の水曜日の予定です。




