5話 言い争い
鈴香さんと秀さんと一緒にお墓参りに行った翌日の事だった。
時刻は午後八時を回ろうとしている。
私は藍姉と拓弥さんと一緒に夜のご飯を食べる為、正確にはご飯を食べるのはついでで本当の目的は昨日のお墓参りの事を聞きに、あるお店に来ていた。
本当は呼び出されたのが正しいけれど……。
「それでどうだったの?」
向かいの席に座っていた藍姉が微笑みながら、私に訪ねた。
「どうって。どうもしないけれど」
藍姉の質問の真意が分からず、どう返答していいのか困っていた。
「どうもしないって。何かあった?」
藍姉はがっかりしたような顔をしたかと思うと再び私に質問をした。
「何もないよ。ただ普通にお墓参りに行っただけだよ」
私はますます訳が分からなかった。
「何かあったでしょ!」
「……」
藍姉の決まりきった言葉に私は黙る事しか出来なかった。
そこではっきり 「ない」と答えたかったけれど、藍姉の堂々とした態度の威圧に負けて言葉が出なかった。
「おいおい、やめろよ。咲ちゃんが困ってんじゃんか。よそうぜ」
「拓弥、誰の味方してんのよ! 話に乗ってたじゃん」
「そりゃそうだけどよ。時と場合によるぞ」
藍姉と拓弥さんのそんな会話に耳を傾けていた私は一体何の話かさっぱり分からなかった。
「話に乗るってどんな話?」
私は頭に浮かんだ疑問を二人の話に入るように聞いた。
「えっ、何でもないよ。ね、拓弥」
すると、私の疑問の言葉に二人はどこか戸惑うような表情をして顔を見合わせる。
「そうそう、何でもねえぜ」
明らかに何でもないようには見えないのは気のせいなのかな?
「そう、」
そう言葉にしたけれど、私の頭の中にはモヤモヤした何かが残った。
「お待たせしました。チーズグラタンです。お熱いのでお気を付け下さい」
私達が一旦話終わると、ちょうど店員が私達が頼んでいた料理を一つ運んできた。料理名を言うと、店員は誰のかを確認していた。
藍姉が手を挙げて自分のだと主張すると店員は藍姉の前にゆっくりと熱々のグラタンを置く。店員は軽く頭を下げて、去っていった。
グラタンのいい香りが美味しそうに漂う。
「先に食べてもいいわよね」
私と拓弥さんに確認するように藍姉が言うと、私と拓弥さんが頷く。
「いっただきまっす!」
藍姉が待ってましたと言わんばかりにいただきますと言った。
その後、私と拓弥さんが頼んでいた物もきた。お腹を空かせていた私達はさっきまで話を忘れたかのように美味しく食べたのだった。
________________
数日後が過ぎ、あれからは鈴香さんと秀さんとは話す事がなかった。
突然、ある事が頭を過ぎった。
それは鈴香さんの言葉の『話したい事がある』だった。
鈴香さんと私にはお互い大切な人を失っている。
その話したい事とは失った事を知っている私にしか分からない事なのかなと思っている。秀さんの言葉『僕以外の人間が慰めてあげなきゃ前を向いてくれないと思うんだ』も何だか気になる。そんな事が私の頭に浮かび、考えていた時だった。
プルル プルル
突然、私の携帯電話の着信音が聞こえた。私は携帯電話を手に取り、画面を見ると藍姉からだった。
「もしもし、藍姉?」
『あんた今どこ? 南総合病院に来れる? いや、今すぐ来て!』
私が電話に出ると、藍姉が電話越しに叫ぶような声で言って直ぐに電話を切ってしまった。ちょうど休日で何もなく、家でのんびりと過ごしていたので良かったけれど、叫ぶように言った藍姉に何があったのだろう。
南総合病院って、もしかして。私は嫌な予感がした。誰かの身に何があったのかなと心配になり出した。最悪の事態じゃなければいいのだけれど。
私は誰もいない部屋で即出かける準備をして家を出た。
家を出て電車に乗り、到着した最寄り駅を歩いて数分のところにある南総合病院。不安を抱いたまま病院に辿り着くと、外来の椅子に藍姉が座っていて入口の自動ドアを抜けると駆け寄った。
「藍姉、どうしたの? 何かあったの?」
心配しながらそう尋ねた私だったけれど、藍姉は震えていて俯いていた。
やっぱり、誰の身にどんな状況か分からないままだけれど、私の嫌な予感は当たっていたんだ。
藍姉は黙ったままで時間が過ぎていく。藍姉が黙っていると、私も黙ることしか出来なかった。
「もう、やめろよ。また咲ちゃんを不快にさせるのかよ」
私の後ろから不意に聞き覚えのある声が聞こえた。でも、その声はどこか苛立ったような怒ったような声に聞こえた。迷わず私は後ろを向いた。
「拓弥さん?」
そこには、拓弥さんが真剣な表情を浮かべていた。
「だって、面白いんだもん。咲がどんな表情するのかをね」
「あのな。それ以上やったら本気で怒るぜ」
「何よ、秀さんと鈴香さんより咲のほうがお似合いよ」
藍姉と拓弥さんの会話を横で聞いていてどうやら拓弥さんは怒っているように見えたけれど、藍姉の最後の言葉に意味が分からなかった。
「何々? 僕の話? 咲ちゃんと僕? 詳しく聞かせてくれないかな?」
そこへ白衣を着た秀さんが藍姉の言葉を聞いていたのか笑顔で私達のところへやってきたけど、目は笑っていなかった。よく見ると、秀さんの隣に鈴香さんがいた。
「ちょっと、秀。冷静になってよ。ちゃんと説明したほうがいいよ。秀には、」
「すーちゃんは黙ってて。僕は咲ちゃんのお姉さんに聞いているんだから!」
鈴香さんは感情的になっていた秀さんを落ち着かせようとしていたものの遮られてしまっていた。
私はここに来て、来る前の状況になっていなかった事に安堵の溜め息をついたのも束の間、藍姉と秀さんから何故か知らない火花が散っていてどうする事も出来なかった。
「秀さんを初めて見たとき、咲が好きな人、優真さんに似ていたんです。秀さんなら、咲を任せられるって思って。どうか咲と、」
「ちょっと、やめようぜ」
「んーと、それはどういう事かな?」
藍姉の言葉にまだ目が笑っていない笑顔をしている秀さんは、拓弥さんの声が聞こえていない。
「だから、秀さんに咲を任せられるって言いました!」
なぜか藍姉は気合が入っているようなさっきまでとは違って語気を強めて声を出していた。
「僕に咲ちゃんを任せられるだって? 会って間もないのになぜ君に分かるのかな?」
秀さんも負けじと強気を見せている。
次第に藍姉と秀さんの二人は言い争いになっていった。
辺りを見渡すと、他に外来に来た人達、何人かが私達を見ている。それはきっと、藍姉と秀さんの大きな声で言い争っている姿に冷たい視線を向けていると分かった。
私はどうにかしようと二人に割って入ろうとした時だった。
「おい、やめろよ!」
「秀、落ち着いてよ!」
拓弥さんが藍姉の肩を掴んで、鈴香さんが秀さんの腕を掴んで二人を制止しようと止めに入った。
「拓弥は黙っててよ!」
「すーちゃんは黙って!」
それでも言い争いを続けようとする二人。
「ここは病院だぞ! 落ち着けよ!」
拓弥さんが二人に負けないような声を出して止めようと落ち着かせようと言葉にした。
「!?あっ御免、拓弥、すーちゃん」
「御免なさい」
二人は拓弥の言葉にようやく我に返って頭を下げ、それぞれ謝罪の言葉を述べた。
私は安心して体から力が抜けるような気がしていた。
「咲ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です」
「でも、涙が」
私の様子に気付いて鈴香さんが心配の声をかけてきた。鈴香さんの言葉に皆が私のほうを向いた。
「まさか、藍が泣かしたんじゃないのか? 謝りな」
「えー、何で私が泣かせなきゃならないのよ」
暫く沈黙だったのを拓弥さんがその沈黙を破るように口を開いたけれど、それは藍姉を攻めるように言った。
「皆、無事で良かった。藍姉が急かすように急に電話するから何かあったのかと思った」
私がそう言うと、鈴香さんと秀さんは安心したような表情をしていた。
一瞬、拓弥さんは藍姉を睨んだように見えた。
藍姉は私に向けて、手を合わせて『ごめん』と謝るようなジェスチャーをしていた。
そうしていつの間にか藍姉に呼び出されて、数時間が経ってしまったのだった。
これにて第一章終わりです。
次回から、第二章に入ります。
次更新日 2月7日の予定です。




