4話 景色と涙
車に揺られて一時間半以上が経った。秀さんと鈴香さんが言う二人の幼馴染みのお墓の場所までまだ着いていなかった。
車窓から外を眺めると、私達が出発した駅からは想像出来ない風景だった。
私達が出発した駅の周りはデパートやその他の店が豊富だった。
しかし、今向かってる場所は田舎だと思わせるほど辺りにはほとんど何もない。
私は鈴香さんと秀さんを信用していいのか不安になりつつあった。
「あの、まだですか?」
「御免ね、もうすぐ着くよ」
不安になり思わず私がそう尋ねると、運転席に座って前を向いたまま答えた。
私は黙ってほとんど何も無い風景を眺めて着くのを待った。
ふと何も喋らない鈴香さんのほうを様子を伺った。鈴香さんはスヤスヤと寝息をたてて寝ていた。
一方、秀さんは安全運転を心掛けるかのように前だけを見て運転していた。
安全運転を心掛けるほど都会みたいな複雑な道のりではないのに、無事に辿り着けるように当たり前な事だった。だから、心は不安になっていても安心して乗っていられた。
それから、十五分後が経ち車がある所で立ち止まった。周辺には所々に車があった。
けれど、辺りの景色は依然として何も無い田舎のようだった。
「あの、本当にお墓参りでしょうか?」
私は疑心暗鬼になり、恐る恐る聞いた。
「こんな何も無い所で御免ね。ここが私達の幼馴染み、龍輔の生まれた場所なんだ。だから、こんな何も無いところで不安になっちゃうよね」
「そうですか」
すると、鈴香さんが何だか申し訳なさそうな顔をして私の質問に答えて、苦笑いしながらシートベルトを外して車の扉を開けた。
何だか鈴香さんの言葉を聞いたら、こちらまで申し訳ないと思って"そうですか"としか言えず、納得するしかなかった。
そして、私達は車を降りて三分ほど目的地へと向かって歩いた。
目的地に着くと、辺りにはお墓がたくさんあった。ここは田舎であまり人が来ないかなと思っていたけれど、指で数えられる人がここのお墓に来ていた。私は立ち止まって辺りを見渡していた。
「咲ちゃん、こっちだよ」
立ち止まってる私に気付いた少し前を歩いている秀さんが手招きで合図をしながら呼び掛ける。
「ごめんなさい」
その呼び掛けにふと我に帰って私は足を早めた。数分もしないうちに私達はある墓石の前まで来た。
墓石には『石渡家』と掘られていて更に横に小さく名前が幾つも掘られていた。その中の名で私は最後の名に秀さんと鈴香さんの幼馴染みだと聞いていた龍輔さんの名前を見つけた。
おそらく、この石渡家で最近亡くなったのだろうと予想出来た。掘られている名を見ると、鈴香さんは本当に大事な人を亡くした事が鮮明に伝わってくる。
大事な人を亡くしたらその人にしか分からない辛さがある。私が好きな優真さんが亡くなったの五年前くらいで長い年月が経ったから、その辛さが少し和らいでいる事もあるだろうけれど、鈴香さんは亡くなった人を失ってからどのくらい経つのだろう。
そういえば、時々心配するくらい鈴香さんの様子がおかしかった時があったと思い出した。秀さんもどことなく鈴香さんを心配していた事も思い出した。その私の予想が再び鈴香さんの様子に現れた。
それはお墓参りで合掌した後の事だった。
私はお墓の前で手を合わせて黙祷し終わって顔を上げた。ふと鈴香さんの方を向く。
すると、何故か合掌し終わった鈴香さんの顔は悲しげで目からは涙が零れていた。
「鈴香さん、大丈、」
私は咄嗟に鈴香さんに声を掛けようとしたのをやめた。側にいた秀さんが鈴香さんに無言でハンカチを渡していたから。
その後、私は鈴香さんを励ますように声を掛けたかったけれどなかなか声を掛けれなかった。
そして、一通りのお墓参りを終えた頃。
「すーちゃん、お昼まで少し時間あるけど、どうする?」
「そうだね。咲ちゃんをあの場所に連れてってもいいかな? 話したい事があるし、」
「分かった。僕は車の場所に戻ってるね」
「いや、秀も一緒に来て。また思い出して泣くかもしれないし」
「んー、分かったけどあまり泣くと龍輔が怒っちゃうよ」
「泣きたい時だってあるのに。死んじゃうからいけないんだよ」
そんな会話を秀さんと鈴香さんがしていたのを私は横で聞いていた。秀さんが苦笑いで冗談っぽく言った言葉に対して鈴香さんは頬を膨らましていたけれど何だか目が笑っているような気がした。
そういえば、ふと気になる事が頭に浮かんだ。
「気になる事があるんですけど、」
私はどこか申し訳ないと思ったので小さな声で訪ねた。
『?』
秀さんと鈴香さんは不意の私の小声に首を傾げる。
「あの、龍輔さんの命日ですよね? 両親は来てないんですか?」
私が続けて言うと、二人は苦笑いしていた。
「そういえば、言ってなかったね。龍輔のお母さんは今日は忙しくて来れないらしくて私達に代わりにって、お父さんは龍輔が小さい頃に他界してるんだ」
私の質問に答えた鈴香さんはどこか寂しげだった。
「えっ!?」
『他界』という言葉を聞いて私は思わず驚きの声をあげてしまった。
「龍輔のお父さん、竜介さんって言うんだけど、龍輔が小さい頃に病気で亡くなったらしくて」
私の驚きの言葉に秀さんが説明するように言った。竜介さん、確か墓石に龍輔さんの上に掘られていた名前だったような。病気で亡くなってしまったんだ。
私は何だか申し訳なくなり、空気が張り詰めた気がした。
それから私達三人は墓所から数分で歩いて行ける場所に移動することにした。
何でもその場所から眺める景色が凄いらしい。私はそう聞かせてもらうと高台しか思い当たる場所がなかった。
私の想像通り、歩いている途中は山道みたいに坂が多く歩く度に足取りが重くなっていた。
「着いたよ。坂道ばかりでごめんね、咲ちゃん」
五分から十分程歩くと、やっとの思いで秀さんの言葉を合図に目的地に辿り着いたようだった。
「大丈夫ですよ」
「それより咲ちゃん、こっち来て」
先頭を歩いていた秀さんは私にこっちに来るように手招きをしている。側まで近づくと、ある景色が観えた。
「わー、ここからの景色いい眺めですね」
私はあまりの素晴らしい景色に歓喜の言葉を口にし見入っていた。眼下に町全体が見渡せるほどの光景が広がっていた。私が暮らす都会の町とは違って田んぼが広がって見える場所がちらほらあった。
なぜか世界が広がって見えた。
「素敵でしょ。ここが龍輔の故郷なんてもったいない。病気にならなければ一緒に来れたのに」
私が周りの景色に見とれていると、隣から鈴香さんの言葉が呟くような声で聞こえた。
顔を向ければ、鈴香さんの目からは再び涙が零れていた。
「鈴香さん、大丈夫ですか?」
私は鈴香さんが心配で声を掛けた。
「あっ、咲ちゃん、すーちゃんの事は心配しないで。最近、龍輔の事を思い出してか元気無いんだ。心配するより元気づけてあげて!」
答えたのは鈴香さんではなく、秀さんだった。
私と目が合うと苦笑いした後、私に助けを求めるような表情を見せ、微笑んでいた。
「でも、私より秀さんのほうが元気づけてあげれるような、」
「そんな事ないない。今じゃ手の施しようがないほどに落ち込んじゃって僕以外の人間が慰めてあげなきゃ前を向いてくれないと思うんだ」
「……」
私は秀さんが元気づけたほうが何よりの支えになると思った。
それを秀さんに伝えたかったけれど、私の言葉は途中で遮られ、秀さんの言葉を聞くと、私は言葉が出なかった。
秀さんもこれ以上何も言わず、鈴香さんのほうを見るとまだ少し涙を流していた。
私は景色を眺める事しか出来なかった。
暫くして、私達はお昼を食べる為車で移動することにした。
何でも美味しいと評判だという所で奢ってもらえることになった。
私は楽しみにしていたけれど、そういえば鈴香さんからの話したい事を聞いていない事を思い出した。
けれど、今更聞くのも悪いと思ってしまった。
結局、車窓から見える景色を眺めて、過ごすことにしたのだった。
次回で第1章最終です。
次更新日は1月31日の日曜日です。