2話 待ち時間
私達はとあるお店に来ていた。
そのお店には、色んな種類のお茶やその他の飲み物、軽い菓子パンが注文出来るお店だった。確か、優真さんともここに来たんだったっけ。
最初にお店に入った時にふと思い出して浸っていた。
数分後、私達はそのお店で話をしていたのだけれど、何故か拓弥さんが落ち着きのない様子でイライラしていた。その様子に私以外に秀さんが勘づいた。
「拓弥、さっきからどうしたの? 落ち着きなよ」
そう声を掛けていた。
拓弥さんは秀さんが言った言葉に眉間に皺を寄せるような気難しい表情をした。
「だってよ。待ち合わせていたもう一人が来ないんだよ! ずっと待ってるのに、何分、いや何時間掛かってるんだって話だよ!」
「きっと、来るよ」
鈴香さんがそう落ち着かせようと口を開いたけど、どこか自信無さげに見えたのは気の所為だろうか。
『きっと』という言葉に望みしかなく本当に来るかは本人次第。
それが私も鈴香さんも同じ気持ちだった。
「あの、拓弥さん。落ち着きましょう」
私も鈴香さんと同じように拓弥さんを落ち着かせる為に言った。
「分かった。咲ちゃんを信じるぜ」
拓弥さんは私の言葉を信じて納得すると、一度ため息をついた。
気付くと、鈴香さんと秀さんはお互い見合って小さく笑っていた。私はその様子が不思議で首を傾げていたけれど、気になって聞く事にした。
「鈴香さんと秀さん。どうしたんですか?」
二人は私の質問に耳を向けると、我に返った。
「あっ、ごめんね。拓弥が私達の幼馴染みに似ててつい、ね?」
「うん、ごめんごめん。拓弥が本当に僕達の幼馴染みに似ててね。でも、すーちゃん拓弥と龍輔は違うと思うよ」
「確かに、違う」
二人は笑って話していた。
龍輔さん? おそらく、鈴香さんと秀さんのもう一人の幼馴染みの名前だろう。あれ、でも。
「あの、もしかして、その龍輔さんって亡くなってしまわれたんですよね?」
私は申し訳ないと思う事なのは承知の上で確認するように聞いた。
「そうだよ、まさかあの龍輔が亡くなるなんて思ってなかったんだ」
「……」
秀さんが残念そうに言っているけれど、鈴香さんは黙っていた。
やっぱり、まずい事を聞いてしまったのかな?
和む雰囲気のお店で私の言葉が原因で一気にその場が凍りついた、冷めてしまったような気がした。
「俺も、優真が亡くなるなんて思ってなかったぜ。元気だったのに、悪化が進んでさ、」
思っていなかった拓弥さんの言葉でそんな空気をかき消していた。さっきまで、藍姉が来てない事に腹を立てていたのに……。
「でも、その優真さんは確か病気を持っていた。要するに持病だったんだよね?」
「おう」
その話を聞いていた私は、拓弥さんが優真さんの事を話していた可能性もあるけれど、秀さんが優真さんのどこまで知っているんだろうと不思議に思った。
私より拓弥さんのほうが優真さんの事知ってるんだろうけれど、私の頭の中はモヤモヤしていた。
「その病気の治療法を見いだせる事は出来た?」
「いや、優真のは重病な先天的だったらしく、治療法が殆どなかったらしいぜ。完治じゃなく延命治療だけしてたらしい。今じゃその病気も医学が進んで治療法はあるらしいけどな。秀のほうは?」
「そうだったんだ。僕は幼馴染みが末期の癌で進行が早くて治療が追いつかない程だったんだ。もっと、早く見付けてればって感じだったよ」
私が考え事をしていて我に返った時、拓弥さんと秀さんは何故か真面目で専門的な話に切り替わっていた。
鈴香さんは二人の会話に黙って耳を傾けていた。
数分経つと、私達の席に一人の人物が近付いてきた。
「ごめん、お待たせして、」
そして、私達に頭を下げて遅れた事に対して謝った。
その人は私の姉、藍姉であり拓弥さんと付き合っている大切な人でもある。
「遅すぎだぞ!」
拓弥さんは遅れてきた藍姉に向かって怒鳴るような声を出していたけれど、その声は大きな声ではなかった。それはお店の他のお客さんもいたので、おそらく気を使ってだろう。
「遅くなるって言ったじゃん」
藍姉は拓弥さんに対抗するように言う。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
秀さんが拓弥さんと藍姉を落ち着かせようとする。
「あっ、秀さんと鈴香さん。遅れてごめんなさい。お詫びに奢りますから」
藍姉は我に返って、秀さんと鈴香さんに何度も頭を下げていた。
ん...…? 私は藍姉の言葉に疑問を抱いた。
藍姉は秀さんと鈴香さんの事を知っている?
私だけ知らなかった事に何だか少しだけ仲間外れにされた気持ちになっていた。
「奢るなんて、気を使わなくていいよ」
秀さんはそうは言う。
「遠慮しないでいいぜ。遅れた藍が悪い。秀、奢って貰いなって」
拓弥さんが藍姉の代わりに口を開いた。
「ちょっと、」
「そういえば、さっきからすーちゃんと咲ちゃん黙ってどうしたの?」
秀さんが私と鈴香さんを交互に見て、不思議な顔をして訪ねた。
「私は特に何もありません。ぼーとしてました。ごめんなさい」
私は敢えて考え事をしていたを言わずに答えた。
「咲ちゃん、僕達で話してちゃったね。こっちこそごめんね。で、すーちゃん?」
秀さんはそう言うと、鈴香さんのほうを向いて再び訪ねた。
その間に私の隣の席がちょうど空いていた為、藍姉が座った。
「……」
鈴香さんは黙ったまま。秀さんの言葉が聞こえていないのか上の空といった状態だった。
私が考え事していて気付かなかったけれど、鈴香さんの様子をよく見ると俯いているように見えた。
「すーちゃん!」
秀さんはもう一度鈴香さんを呼びかけるように声を出した。
「!? あっ、」
鈴香さんは私達に気付くと、思わず声を出していて辺りを見渡していた。
「すーちゃん、まただよ。大丈夫?」
「うん。大丈夫だけど、そういえば明後日は龍輔の命日、」
鈴香さんは小さく頷いて、何かを思い出したのか呟いた。けれど、聞こえるように。
「そういえば、命日、そうだったね」
秀さんも鈴香さんに続いて思い出したように言って頷いた。
「それで、明後日の龍輔の命日に咲ちゃんも一緒にお墓参り来て欲しいなって。話したい事もあるし、どうかな?」
思いもよらない鈴香さんの誘いに私は戸惑った。不意に藍姉と拓弥さんを見ると、何故かニヤニヤと笑っていた。
そんな二人に私は嫌な気がして頬を膨らませてみせた。そんな事も気にせず、秀さんは笑みを浮かべている。
「僕は咲ちゃんさえ良ければ問題ないよ。咲ちゃん、どうする?」
「言っても大丈夫ですけど、でもどうして私ですか?」
「それはその、同じ気持ちだから、話したい事もあって、ダメかな?」
「ダメではないですけど、私はその幼馴染みとは赤の他人ですし、」
私はまだ戸惑っていた。本当に赤の他人。
鈴香さんとも秀さんとも拓弥さんをきっかけにこうして会ったけれど、まだ話して時間もそんなに経っていない。
私が本当にお墓参りに行っていいのか分からなかった。
その時だった。
「咲、鈴香さんがこう言ってるんだから行きなよ。鈴香さんも秀さんも悪い人じゃないから大丈夫だよ」
藍姉が口を開いて、言ってくれた。
「うん、分かった。行きます」
私は頷いた。
「ありがとう! 明後日よろしくね。秀、悪いこと考えないでね」
鈴香さんは私の言葉を聞くと、さっきまで元気が無かった表情から一変して明るい表情になった。
そして、何かに勘づいたのか秀さんを横目で睨みつけるように見ながら、言葉を付け足した。
「もう、すーちゃん。何も悪いこと考えてないよ。本当、性格が少し似てるね。怖いよ」
私はふとお店の時計に目をやった。時刻は午後の六時を指していた。
秀さんもそれに気付いたのだろう。
「あっ、もうこんな時間だよ。拓弥、遅いからこの辺にしよう」
「あー、急な集まりで悪かったぜ。また後日って事で今日は帰ろうぜ」
その言葉に私達は早々にお店を後にして、それぞれの家へと帰っていったのだった。
次回更新日は、1月24日の日曜日の予定です。