14話 距離と憑依(?)
『拓弥と別れたからって拓弥と話してないのはどうして?』
『それは、』
『距離置こうって言われたくらいで話さないって言うのはどうかと思うけどね』
『でも、』
『前にも言ったよ。拓弥はどう思ってるか分からない。別れてとは言ってないんだからそうじゃなかったら、拓弥には悪いって』
『分かってる。でも、』
突如、病室の前まで私が来ると、聞こえてきた会話。
だけど、その会話は若干、秀さんが藍姉を説教するように責め立てている感じがした。
私は敢えて病室の中に入ろうとはしなかった。せっかく、鈴香さんに誘われて秀さんのお見舞いに来てみたものの今は私が入れる空気じゃない。それに誘ってくれた鈴香さんの声が聞こえない。代わりに藍姉がいる。どうしてだろう。
私は諦めて来た道を引き返し廊下を再び歩いた。
数分後、廊下を歩いていると、拓弥さんに会った。
「咲ちゃん! 秀の見舞いに来たんだよな」
私がここに来た理由を直ぐに察する拓弥さん。
「はい。でも、何だか私が入れる空気じゃなくて、」
私はそう答えると、どうしていいのか分からず思わず下を向いてしまった。
「そうなのか? もしかして、秀に何かあったとか!?」
突然、拓弥さんが慌てた様子を見せた。
「ちっ、違います。そうじゃなくて、」
誤解を解く為に私は直ぐに否定した。
すると、拓弥さんは無言のまま不思議そうに私を見つめた。あまりにも不意だったので私は少しドキッとした。
「あのさ、咲ちゃんに話があるんだけど、ちょっとついてきてくれないか?」
「はっ、はい」
そして、ついていく事に。
辿り着いた場所。そこは見覚えのある懐かしい場所だった。懐かしの場所、あの頃に優真さんとともに一度来た場所。大きな桜の木の下がある広場だった。
拓弥さんは、迷いなく近くのベンチに座った。
「咲ちゃん、こっちこっち」
私が呆然と立ち尽くしていたせいか、拓弥さんが私を呼んで手招きをする。
私は手招きする方へ行くと、咲く季節でもないのに大きな桜の木を見上げた。
「優真、見てるだろうな」
不意に拓弥さんが小さく呟く。
私はあることを思い付いた。今がチャンスと思って、あの事を聞き出せるかもしれない。
「あの、拓弥さん。藍姉と何かありましたか?」
私は藍姉との間に起きた事が気になり始め、尋ねてみる。
「なっ、何もないぜ」
明らかに動揺を見せる拓弥さんの答えが返ってきた。
「藍姉と、別れたんですよね。何か理由があってですか?」
私は真相を聞く為にもう一度言葉を変えて尋ねた。
「嗚呼、別れた。なぜ、知ってる? まあ、知っててもおかしくないよな」
私の言葉に拓弥さんは俯きつつも納得した様子だった。
暫く私と拓弥さんの間にはわずかな沈黙が流れていた。
「あの、拓弥さん?」
私は俯く拓弥さんを不思議に思っては呼びかけてみた。
「ごめん。咲ちゃんがまた優真の事を思い出して悩んでいるんじゃないかって。だから、今はあの時と同じように藍よりも咲ちゃんを元気づけようって。悪気はないんだ」
思いもよらない言葉を発する拓弥さん。
「私が原因で。事故に合わなければ、こんな事には、」
「事故は咲ちゃんのせいじゃないぜ」
拓弥さんの言うとおりあの事故は私のせいでも誰のせいでもない。
「元気出してくれよな」
「はい」
「咲ちゃーん! 拓弥さん」
突然、遠くから声が聞こえてきた。
私は声がするほうへと振り向く。一人の女性が私達のほうへと向かってきていた。
「咲ちゃん、遅れて御免ね。って二人だけ?」
そこに現れたのは鈴香さんだった。
鈴香さんは私に謝ると私達の他に誰か来ていないか辺りを見渡した。
「はい、私達だけです」
「おー、久々だな。鈴香、元気にしてたか? 泣いてばっかじゃねえよな」
『え?』
拓弥さんが意外な言葉を口にし、私と鈴香さんは同時に驚きの声を発していた。
「元気にしてたかって聞いてるんだ」
そして、拓弥さんは座っていたベンチから立ち上がり鈴香さんに近付いて鈴香さんの頭をポンと軽く叩いた。
「……龍輔? 龍輔なの?」
突然の事に鈴香さんは戸惑っていたけれど、ある名前を口にした。
「龍輔さん?」
私はその名前を耳にすると、あの時の事が頭に浮かんできた。
「ん? もしかしてあの時の女の子なのか?」
拓弥さんがそう言うと、鈴香さんは目を丸くした。私と龍輔さんは面識のないはずだと思ったのだろう。
「どういうこと?」
「この間、優真と会ってた女の子なんだ。それより、鈴香よく聞け。お前、俺の事でまだ無理してるだろ。無理だけはするな。秀に頼れ。俺の、死を、無駄に、する、な」
拓弥さんの口から零れた言葉、龍輔さんがそう言うと、拓弥さんは我に返って首を傾げていた。
「龍輔」
鈴香さんは再び呟くと、拓弥さんを抱きしめていた。
「ちょっ、ちょっと。なに。どうしたんだ? 鈴香ちゃん?」
拓弥さんは鈴香さんの不意の行動に戸惑っていた。どうやら、さっきの事は記憶にない様子だった。それでも、鈴香さんは拓弥さんを離さなかった。
「鈴香ちゃん、離してくれよ」
私も鈴香さんの行動に戸惑っていた。
すると、暫くして誰かがこっちに向かってきた。
「すーちゃん、どういうこと?」
「そういうことだったんだ、拓弥がそんな単純な人だったなんて私が馬鹿だったわ」
私達のところに来たのは秀さんと藍姉だった。
二人は鈴香さんと拓弥さんに冷めた視線を向けて、それぞれ言葉を口にした。
私には二人の言葉に我に返った鈴香さんが焦っていたように見えた。
「ちょっと、待てよ。これは誤解だって」
「なにが誤解なのよ!」
拓弥さんが誤解だと言っても、藍姉は拓弥さんの言葉を信じていない。それもそう、状況を見ていなければ不信に思うだろう。いや、状況を見ても不信がるだろう。
言い争いになってしまう時だった。
「龍輔が、現れたの」
突然、鈴香さんが呟くように言った。だけど、言葉とは裏腹に元気が無さそうに顔を曇らせていた。
「すーちゃん、何を言ってるの?」
それを聞いた秀さんが疑問をぶつけた。
言わなきゃ。
「私、見てました。いつもの拓弥さんじゃなくて、その、龍輔さんが、拓弥さんに乗り移ったように喋ってたのを、」
私はどう説明すればいいのか分からず見たことをそのまま伝えた。
「咲まで何を言ってるの! 意味が分からない!」
けれど、藍姉は怒鳴り、その場から立ち去ろうとした。その時だった。
「違うって言ってるだろ! 俺は何も鈴香ちゃんに手を出してないし、何も言ってない! 信じてくれよ」
拓弥さんが藍姉を引きとめようと腕を掴んで必死に訴えるかのように言った。
「じゃあ、どうして。距離を置こうなんて言ったの?
ごめん、暫く顔見れない」
「それは、」
口ごもる拓弥さん。
藍姉はそのままどこかに行ってしまった。私は追いかけようと、その後を黙ってついていったのだった。
次更新は3月23日の水曜日の予定です。




