12話 涙の再会
『咲ちゃん、咲ちゃん!』
突然、聞き覚えの懐かしい声が私の脳裏に呼びかけてきた。私は閉じていた瞳をそっと開けた。
すると、驚いた事に目の前にあの人が立っていた。
『咲ちゃん!』
『ゆっ、優真さん!? どうしてここに?』
そう、目の前にいた人物は優真さんだった。
『それは俺の台詞だよ。どうしてここに来ちゃったのかな?』
どこか浮かない表情をして私に訪ねる優真さん。
『どうして、それは、』
訪ねられた質問に私は言葉が出なかった。というよりは、どうして私がここにいるのか本当に分からなかった。
『あっ、ごめん。おそらく、分からないか』
優真さんは謝ると、まるで私の頭の中を読むように残念そうにする。
『どうして私はここに居るんですか?』
私は優真さんが何か知っているのではと思い、理由を聞いてみた。
『んーと、それより咲ちゃんに伝えたい事があるんだ』
私の問いが聞こえているはずなのに、なぜだかわざと話題を変えるように話を逸らす優真さん。けれど、私は優真さんの《伝えたい事》に耳を傾けなくてはいけないと感じた。だから、優真さんの言葉をじっと待つ事にした。
『俺、咲ちゃんと会ってからずっと咲ちゃんの事が好きだったんだ。好きって前にも一度伝えた事があるんだけど、俺が死ぬ直前だったから、咲ちゃんに悪いなって少し後悔してるんだ』
優真さんは苦笑いしながら私にそう伝えるように言った。
「悪いなんてそんな事は無いです。私、あの時の約束をずっと信じて待ってたんです」
私は真っ直ぐ優真さんの顔を見据えて言う。
『あの時の約束を待ってたって、もしかして……』
【あの時の約束】と聞いて首を傾げる優真さん。何かを察したのかな。
『あの時、優真さん言ったじゃないですか! 桜の木の下で待っているという約束。ずっと信じてたんです。今でも信じています』
私は必死で言葉を口にしていたけれど、どうしてか自然と私の目からは涙が零れていた。
『ごっ、ごめん。俺が最期に言った言葉を信じてくれている事は知っていたけど、信じてくれるなんて。俺も信じて桜の木で待ってた。その時、咲ちゃんの姿を見ていて安心していたんだ』
優真さんは嬉しそうな顔で、私に微笑みかけながら話した。話してくれて安心したのにも関わらず、私の涙は止まってはくれなかった。
私はあの時の事を思い出していた。それは、いつも桜が咲く季節になる頃。
あの桜の木までやってきて木を見上げる。満開の桜の花びらが綺麗なピンク色に染まっていた。その時に一瞬、風に靡いて優しく笑うように揺れていた。きっと、あの時に優真さんが見守っていたんだとどこかで安心していて涙が出てしまったんだろう。私は涙を手で拭った。
『咲ちゃん、泣かないで。俺の気持ちは変わらない。だから……』
『おい、優真。いつまで待たせるんだ。早く来い。お前の母さんも待ってるぞ』
不意に優真さんの言葉を遮り、優真さんと同じくらいの男性が近くまで来ていた。その男性は、どこか拓弥さんに似ている気がするのは気のせいなのかな。
そういえば、鈴香さんと秀さんが二人の幼馴染みが拓弥さんに似ているって言っていたような……。
『ごめん、××。今行く。咲ちゃん、ごめん。俺の分までしっかり生きて。暫く会えないけど、いつかまた会えるまで待ってるから。大好きだよ。元、気、でね』
優真さんはそう言い残し、目の前から少しずつ姿が消えていってしまった。
最後の言葉が聞き取りにくかった。
それは、たった数秒の事だった。
同時に目の前が真っ白になっていく。
まるで眩しい光の中に導かれるように。
*****
「……き。咲!」
私はあれから何が起こったのか分からなかった。
目が覚めると、まず目に移ったのは白い天井。
それから、藍姉が私の目覚めに気付いて大きく私の名を叫ぶ声が聞こえた。
「藍姉? ここは?」
私が声を出すと、藍姉の顔が私の視界に映った。
「病院よ。分かる? お母さん、お父さん、咲が目覚めた!」
「本当!? 良かったわ」
「……」
藍姉の言葉を聞くと、お母さんの声が聞こえた。
身体を起こそうとしたけれど、思うように身体を動かせなかった。よく見ると、私の口元には酸素マスクがされてあった。
いったい、私の身に何が起こったんだろう。
仕方なく、私は声のするほうへとかろうじて動く首だけを動かした。
「お母さんとお父さん!? どうして、ここに? 優真さんは?」
お母さんとお父さんが安堵の表情で椅子に座っていた。
私の言葉で空気が変わった気がした。
「咲、事故に遭ったの覚えてないの? 優真さんは随分前に病気で亡くなったでしょ」
藍姉が口にした言葉。その言葉で私はようやく思い出した。
私はあの時、信号がある道路を渡ろうとした。それから、不運にも車と衝突したんだ。その後、この病院に運ばれて。
「咲、大丈夫か? あまり物事を深く考えるのはよしなさい。自分を追い詰める事になる原因にもなる」
突然、今まで無言だったお父さんが意外な言葉を発して助言するように言う。そして、座っていた椅子から立ち上がって病室から出ていってしまった。
そのせいか何故だか数秒の沈黙が流れた。
数秒が過ぎると、お母さんが口を開く。
「咲、またくるわ。あまり無理しちゃダメよ」
優しい言葉をかけてくれて、お父さんを追うように病室を出ていってしまった。
私と藍姉の二人きりになった。
「咲が眠っている間、皆が心配してた。ここに来てないけど、後でくると思う」
「皆って?」
私は藍姉の言葉に疑問を抱いた。
「拓弥、律さん。それから、鈴香さんと秀さんもね」
藍姉は嬉しそうに笑っていた。
数分間だけ話をして藍姉は病室を後にした。
「本当に良かった」
病室から出る際に藍姉は言い残すように呟いていた。
呟きを聞いて、私も良かったと安心して力が抜けた。
________
それから、二、三日後。
私は身体を起こす事も難しかった状態から一人で歩けるまで回復していた。
その日にちょうど鈴香さんと秀さん、律さんが私のお見舞いに来ていた。藍姉によれば、拓弥さんも来ると言っていた。医師だけにきっと忙しいんだろう。
そういえば、藍姉もここに来ると言っていたけど、今ここにいない。
いったい、どうしたんだろう。心の中で少しばかり心配していた。
「咲ちゃん、久しぶりに会えたと思ったら、事故に遭ってたって初め聞いた時、驚いたよ」
律さんがそう言った。表情は驚いたというよりも会えた事に喜んでいるように見えた。
「私も驚きました。まさか、事故に逢うなんて。それに、あの人に会えたんです」
私は敢えて優真さんの名前を口に出さなかった。
「会えたって?」
私の言葉を聞いて、その場に来ていた秀さんは首を傾げる。秀さんは、変わらず車椅子に座っていた。
そういえば、気になっていた事があった。でも、それは今私が気にすることでもないと思い、心の中にそっとしまった。
「咲ちゃん?」
私が黙っていると、秀さんが心配そうな表情を浮かべ私を見ていた。
「咲ちゃん、何かあったらすぐに言って。私みたいに溜め込むのは良くないから」
鈴香さんが私の様子に何かを察したのか少しばかり大きめの声で言った。
「すーちゃん!?」
それを聞いた秀さんが驚きを見せた。
一方、黙ってしまっていた律さんはぽかんと口を開けていた。
「律さん?」
私は上の空状態の律さんに呼びかけるように声を掛けた。
「あっ、ごめんごめん。そういえば、拓弥くんと藍ちゃん来てないね。どうしたんだろうね」
律さんは我に返って、慌てて謝る。
「律さんも知らないんですか? 本当にどうしちゃんだろう」
さっき、私は拓弥さんなら忙しいだろうと予想していたけど、律さんの言葉でそんな気がしなくなっていた。律さんなら、藍姉と拓弥さんがどうしているのか知っていると思った。でも、知らない様子。何か、あるのかな。
そんな時だった。
「ごめん、僕リハビリ行かなくちゃ」
「時間とらせちゃって御免なさい」
「大丈夫だよ。咲ちゃんが目が覚めて、状態見れただけでも安心したから良かったと思ってるよ。またくるね」
そう言って秀さんは自力で車椅子をこいで、私の病室を後にする。途中、振り返る。
「すーちゃん、何してるの? 一緒にリハビリ付き合って!」
秀さんのその言葉で鈴香さんは私と律さんに軽く会釈して、車椅子を押しながら出ていってしまった。
鈴香さんの様子からまだ亡くなってしまった龍輔さんのことを思い出して悩み続けているのかな。
今日は皆の様子がおかしいと思った一日だなと感じながら過ごした一日だった。
次更新は3月13日の日曜日の予定です。




