10話(1) 重なる願いと想い [秀side]
あれは僕の見間違いだったのだろうか。
龍輔が亡くなってからのすーちゃんの様子がずっと心配だった。それなのに、ある言葉でそれが見間違いだと思うことに。
僕は事故に遭った記憶などなく、気が付けば病院のベッドの上にいた。目が覚めると、目の前に咲ちゃんとすーちゃんがいた。
起き上がると、酷い頭痛が襲ってきたのを覚えている。
残念な事に僕は事故で歩く事が出来なくなってしまった。この事は絶対にすーちゃんには黙っていたかった。けど、咲ちゃんが……いや、僕が情報を漏らしたのがいけなかった。
『これじゃ、龍輔の思いが叶わないじゃない』
その言葉が僕の頭の中でぐるぐる回っていた。この言葉が意味する事とは、すーちゃんは龍輔の最後の願いを知っているとしか……。
「しゅ、秀!」
そんな事を考えていると、不意に僕の名を呼ぶ声が聞こえてきた。声がする方へと振り返ると、芽衣が不機嫌な顔をしていた。
「ごめん。芽衣、どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。リハビリの時間でしょ」
「そうだね、ごめん」
僕は謝ることしか出来なかった。
今は芽衣が僕の大切な人だ。だから、すーちゃんの事は、忘れなければと思ってはいるのに。
すーちゃんが働く場所が同じ病院では無理だと分かってはいるけれど、僕はあれからすーちゃんに上手く会わないようにしていた。
それから、数日が経ったある日の事。
芽衣の付き添いでリハビリをする事を決めていた。リハビリも兼ねて下の階のリハビリテーションまでほぼ一人で行くことした。リハビリ担当と手摺りに頼っていたからリハビリとは言えないかもしれないけど、それでも僕は芽衣に頼らずリハビリテーションへと向かっていた。
そんな矢先だった。
何やら外来のほうから聞き覚えのある二人の声が言い争っているように思えた。
『まさか、あの二人が?』
咄嗟に二人のほうへと足を向ける。
しかし、足が上手く動かず、無理矢理動かそうとしていたのが悪かった。僕は手を付く状態で転んでしまった。
「大丈夫ですか!?」
それは予想していなかった突然の事でリハビリ担当は驚いて僕に駆け寄った。
「大丈夫」
僕は笑って答えた。
「あのな、二人とも場を弁えてくれよな! ここ病院だぞ!」
またもや聞き覚えの声が聞こえた。
「ごめん」
「ちょっと待ってよ。今の話終わってないじゃない。秀から離れてくれるの?」
それを少し遠くで僕は聞いていて、またかと思って浅く溜め息をついた。
僕は前々から思っていた。
芽衣の性格、酷く言えばしつこさが滲み出ていて、良く言えば僕を思ってくれている事。芽衣に悪気は無いことくらい分かってはいるんだけど、その性格に悩ませられていた。何とかこの状況を止めなければ。
僕はリハビリ担当に手を貸してもらってやっとの思いで立ち上がると手摺を頼りに二人のところへなるべく急いで向かった。
「おい、今日はその辺にしとこうぜ!」
「貴方は黙ってて下さい。鈴香ちゃん、答えを聞かせてくれる?」
「私は、」
「もう、よしてくれよ。他の人達に迷惑だろ」
拓弥が必死で二人の仲介をしようにも芽衣のしつこさには効いていないようだ。
「貴方には関係ないじゃないですか!」
「芽衣、落ち着いて! ね?」
急いだおかけで案外早くたどり着いた。芽衣を止めようと少しばかり大きな声で言葉を発する。
『秀!』
すーちゃんと芽衣が僕を呼ぶ声が重なって聞こえた。
「とりあえず、芽衣落ち着こう。それと、すーちゃん、話があるんだ。ある場所に来てくれないか?」
「え? 秀、どういうこと?」
僕の言葉を聞いて驚いたのは芽衣だった。
すーちゃんは黙って小さく頷いていた。
「確かめたい事があるだけなんだ。芽衣、待たせる事になるけど、それでも待っていて欲しい」
「別にいいけど、」
芽衣は待つ事が苦手な性格だから、僕の頼みを聞いてくれないかと思った。でも、仕方無くといった返事で受け入れてくれた。
「芽衣、ごめんね。すーちゃん、リハビリテーションまでついて来て」
「ちょっと待ってよ。近くで話さないの?」
「ごめん、芽衣には聞かれたくはない」
「どうしてよ! 私に言えない事って何? もう知らない」
「ごめん」
僕の言葉に芽衣は怒り出し、ついにはその場を立ち去り病院を出ていってしまった。
僕は去っていく芽衣の背中に向かって謝りの言葉しか発する事しか出来なかった。
当たり前の事だ。僕の身勝手な行動に自分でさえ苛々している。
「芽衣ちゃん!」
立ち去っていく芽衣にすーちゃんが呼びかけてその後を追いかけようとしていた。
「すーちゃん、もういいよ。行こう」
咄嗟に僕はすーちゃんの腕を掴んで止めていた。
「秀」
気の毒な表情をするすーちゃん。その後は何事もなかったようにリハビリテーションへと向かった。
僕はただただ芽衣から逃げたかったのかもしれない。芽衣の気持ちも考えず、何て最低な僕だと自分で自分を責めた。
________
リハビリテーションに着くと、僕はすーちゃんにリハビリが終わるまで待ってもらった。
暫くして僕はすーちゃんと一緒に病室に戻っていた。
「ねえ、話って何?」
疑いの目を僕に向けて尋ねるすーちゃん。それもそのはず、病室に戻るまで僕とすーちゃんの間の会話はほとんどなかった。
あの話を切り出そうにも言葉に詰まってしまう。
でも、言わないと後悔してしまいそうで、最初の一歩が踏み出せないでいた。僕は黙って俯く。
「言いにくい話?」
無言が続いたせいか、すーちゃんの表情が険しくなる。
「龍輔の思いってこの前言ってたよね? 知ってるの?」
僕はすーちゃんの顔色を伺いながら、恐る恐る気になっている事を聞いてみた。
すると、すーちゃんは黙って小さく頷いた。
「龍輔は私と秀が結ばれる事を望んでる。俺が死んだら、秀と付き合っていつか結婚しろ。秀はお前の事好きらしいからその想いに答えてあげろって、言われた。秀にも話しといたからって言ってたから秀は知ってるんだと思ってたけど、」
すーちゃんから思ってもいない言葉を聞いた。
「知ってるよ。すーちゃんにも言ってたなんて思ってもいなかったよ。龍輔がすーちゃん本人に言うなんてね」
僕は苦笑いをしながら話す。
「本当に私も言うとは思ってなかった。その後、何故か泣いていた」
「やっぱり、泣いていたんだ。それほど、辛くて生きたくてすーちゃんとずっと一緒に居たかったんだよ」
僕は分かったように言う。
でも、それは分かったようにではない。龍輔が本当に思っている事だった。
ある一時期、すーちゃんが龍輔のお見舞いに来ない日が続いた時。
『秀、鈴香は来ないのか?』
『ったく、あいつは何故俺の見舞いに来ないんだ』『別れてやるって言ったのが悪かったのか』
『嫌われちまったか』
『あいつ、忙しいんだよな』などと僕に訪ねてきたり、誰に言うでもなく独り言を呟いていた。
それを今思い出しすと、何故か笑みが溢れる。
「あはは。やっぱり、龍輔には敵わないな」
僕の笑みは嬉しさよりも悔しさを含んだ笑いになってしまっていた。
「何を言ってるの? 私は龍輔が今でも好きだよ。けど、龍輔が居なくなってから、秀にたくさん助けてもらったよ」
突然、すーちゃんは僕に言い聞かせるようにそう言って、その後なぜか目から涙を零していた。
「えっ!? すーちゃん、いつも泣いてるからそんな事はないと思ってたのに、」
「何を言ってるの! 私が龍輔の事を思い出し落ち込んでる時、秀に慰めてもらってる。秀が居なかったら、龍輔の死から立ち直れずに今、私はここにいなかったと思うよ。ありがとう」
すーちゃんの意外な言葉に僕は驚いた。
僕が思っていたよりすーちゃんは知らないところで強くなっている。
昔のすーちゃんは泣き虫で僕が慰めるより先に龍輔がすーちゃんを慰めていた。
だからなのか、あの日、久々に僕が勤めてる病院に二人が来た時、関係が気になってあんな事を聞いてしまったんだ。
「秀?」
「すーちゃん、ごめん。今日のリハビリいつもより疲れちゃった。今日はごめん」
僕はそれだけ言うと、ベッドに横になった。
僕の様子を心配そうに見ていたすーちゃんだけど、微笑んでいた。
「私、帰るね。龍輔みたいに無理しないでね」
すーちゃんはそう言って病室から出ていこうとした。
しかし、一度立ち止まって僕のほうを振り向きさっきの笑みとは違った微笑みを浮かべていた。
「私、今でも龍輔の事愛してる。けど、私との付き合いも考えておいてね」
言い残すように言ってすーちゃんは去っていった。
その言葉を聞いた僕はぽかんと口を開けてしまっていた。これは、まさかと思った。
けど、僕には、芽衣がいる。
数日後、病室の窓から空を眺めていた時の事だった。
突然、携帯が鳴り出した。何事かと携帯画面を見る。それは、ある人物からのメールだった。
メールを開いて文章を眺める。
『秀、久しぶり。身体は大丈夫? いきなりでごめんね。話があるの』
それだけの文章なのに僕は何かを察した。
この事は喜ぶべきか悲しむべきかそれだけが頭の中でぐるぐる回っていた。
次更新2月28日の予定です。
次回で第2章は終わりです。




