追い詰め
その日、文月の部屋に目黒はいた。
数日前に買ったサボテン、小町を見るため……ということだったのだが――。
「では、始めましょうか。目黒さんの家庭訪問」
「それ言うなら私のでしょう」
「あら、分かってらっしゃる! じゃ、最近どうですか?」
何だかいつもより明るい気がする。
「え? 別に平気だけど……」
「そうじゃなくて! 『大塚さん』よ!」
「お、大塚さんには会ってない。だって、目黒も知ってるでしょ? 私あれからずっと会ってないって。それに」
「そうなの? こんなの買っちゃったのに?」
目黒は強引に話を奪い取ると自分の近くに置いてあったあの日にはなかったサボテンの本を文月にずいっと見せた。
「それは……」
口ごもる文月に目黒はぐいぐい迫って来た。
「新品なところを見ると買って来たんでしょ? これ。どこの本屋で買ったか白状なさい」
「あの、これは尋問ですか?」
「そうよ! 楽になりたかったら全てを吐きなさいな!」
「いや……そう言われてもね……。これ、その本屋じゃなくて違う所で買ったし……」
「どこよ? 大塚さんに会いたくないからわざわざ違う所に行ったわけ?」
「そんなことないよ! ってか、そもそもそこの本屋は最後の砦っていうか……」
「は、はーん」
「何よ! その笑いは!」
「いえいえ、お気になさらずに」
「気にするわ!」
「まあ、要するにいつも行ってる所に行って見てなかったら最後の砦の本屋ついでに大塚さんに出会うと、そういうことね」
「いや、だから! 大塚さんは深要素では」
「深要素ね……。深い要素ってことかしら?」
「そ、そんなんじゃないもん!」
ぷい! としたくなった。この歳で。でも、やらなかった。
いや、語尾がもはや……な感じだったがそれはもう黙認だ。
後悔は見えている。
だから、抑え成功。
「まずは近場からって言うでしょ?」
「言う?」
「言うでしょう! まずは味方からって」
「ああ、そう。それで文月はその本屋を避けたって言うの?」
「そうじゃないけどさ……。明らかにその本屋よりもあっちの本屋の方が種類が豊富っていうか……。ねえ?」
「サボテンに話し掛けても無駄よ。その証拠に無言でしょ。そのサボテン」
当たり前ですー。
と言い掛けて止めた。
またそんなことを言い始めたら目黒の思うつぼだからだ。
*
その数日後、文月の部屋にはまた目黒がいた。
買ってもらったサボテン、小町が心配で……という理由でだったが別に今のところ、そんなに困ってはいなかった。
なのに来た目黒は何を考えているのだろうか?
そっちの方が気になる。
「うん、うん。小町ちゃん元気そうね」
前々からそんな名前だったように目黒はいかにも普通にそう言った。
まるでかわいいペットか何かと話しているようだ。
「え、これ『小町ちゃん』って名前なの?」
「そりゃそうでしょ。『小町』なんだから」
「それが目黒の愛情表現か……」
その理由に文月は無理矢理だったが一応は納得した。これでも付き合いは長い。
だから彼女がそうだと言わなくても分かることはある。
「そうよ。何でも『ちゃん』付ければ少しは愛が伝わりそうじゃない?」
「ちょっとお気楽過ぎ」
「そんなことないわよ。どこのご家庭でもお子様には『ちゃん付け』でしょう?」
「それ……言わないで……」
現に文月の家ではそうだった。
でも、これは小さい時からのやつで……とも言えない。
もうそんな歳なのだ。
恥ずかしい。
けど、言ってほしいような……という感じだ。
「で? このサボテンの本はどこで買ったのよ? また別の本買ったの?」
これは良い質問! なのかとても悩む。
「何でそんなこと訊くの?」
文月はじわじわしてきた。勘が少し騒ぐ。
「えー、だって……『本屋』って言ったら『大塚さん』でしょー?」
「違うわ! 目黒。この本はその本屋じゃないとこの!」
「なんだー、つっまんないの!」
「つまんなくない! まったく、何で私がしょっちゅう大塚さんに会わないといけないのよ!」
「えー、だって……その方が文月の為でしょ。文月っていうかその手、ね」
この手か……。
文月は目黒にそう言われてまじまじと自分の両手を見た。
冷静に見た。
今はとても普通の手だ。
(よかったぁ……)
そう思うことこそが文月にとっての普通だった。