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敵は水です  作者: 小長一音
6/8

強行

 文月はその店の前で立ち止まった。

 入りにくい。だけど入らなくては。

 人の邪魔だ。

 ――そこに入るといた。

 彼女が。彼女は今日もせっせと働いていた。

 この大型花屋『みき』で。

 よく働くなぁ……と思って彼女を見ていると彼女は文月に気付いたのかすぐにこちらにやって来た。

「あら、珍しい。どうしたの? 今日は……。あ! もしかして大塚さんに?」

「違う! どうして私が大塚さんにお花あげなきゃいけないのよ! 普通逆でしょ!」

「まあ、図々しいのね。お見舞いとかだったらそうなるじゃない」

 しれっと言われた。

「そんなこと言わないでよね! 縁起でもない。大塚さんに失礼。それに大塚さんは元気だよ。たぶん……」

 そんな微妙な返答に目黒はきちんとした口調で言って来た。

「で、本当は何をお買いお求めでしょうか? お客様」

 こうなると近くにこの花屋の店長がいる。という確信が持てる。

「何となく、花を育ててみようかと……」

「そう、でございますか……。では、こちらなんてどうでございましょう?」

 目黒が勧めて来たのは『小さいサボテン』だった。

 これだったら家でも簡単に育てられると思った。

「知ってますか? この『サボテン』って『枯れない愛』とかっていう花言葉もあるんですよ」

 へー、そんなのチョイスして来ちゃったんだ……目黒。

 ちょっと嫌な感じだ。

「それと『情熱』、『偉大』、『内気』、『暖かい心』、『風刺』ですね。他にもありますけど」

 笑顔で横から付け足された。

 これはこれは……。ここの店長さんだ。

 名前は確か……三木都美子みきとみこ。目黒をおばさん口調にした張本人で四十三歳の独身女性。

 と、この前の愚痴の中で目黒が言っていたっけ……。

「こちらは『小町』になります。目黒さんそれ、言った?」

「今からそれを説明しようと思ってたところなんです。サボテンは簡単そうに見えて奥が深いですから」

「そうね……。すてきな花が咲きますよ」

 そう言うと店長はどこかに行ってしまった。

 ちょっと困っているお客さんが目に入ったのだろう。

「はあ……。行ったか……。やっぱ、無理」

「でも、働いてるよね? どうして?」

「それはお給料が良いからよ」

 はっきり言う。仕事中なのに。

「で、お客様にぴったりなお花でしょう? 店長も言ってたようにすてきなお花咲くし」

「うーん……。でも、簡単じゃないんでしょ?」

「そんなことない、頑張れば大丈夫! それにどんな花でも愛がなきゃダメなのよ。結局は」

「はあ。そうなの?」

「そう。だから、頑張って咲かせてね!」

 目黒は笑顔でそう言って文月の手にそのサボテンを乗せたのだった。



 結局、買ってしまった。

 サボテン、小町。

 どう育てるのか目黒に聞いたが……これは明日、あそこの本屋に行ってもっと詳しくサボテンのことを知るために買うしかないか……。

(って、何でそこで大塚さんが出て来ちゃうわけ! あそこの本屋行かないし!)

 自分でそんなことを思うようになってしまうとは……どんどん気になる人になってきたようだ、あの人が。

 はあ……。

 目黒とは違う溜め息が自然と出た文月だった。



 それから数日後、浜田家のチャイムが突然、鳴り響いた。

 ピンポーン……その音と共に文月は玄関のドアを開けた。

 ガチャ……そこにいたのは紛れもなく、

「こんにちは! 小町の健康診断に来ました。『フラワーショップみき』の目黒です」

 にっこり笑うお花屋さん、目黒だった。

「何? 今日は……。格好も普通過ぎなのにどうしたの? 何か約束してたっけ?」

 思い出しても思い付かない。そんな文月に目黒は言った。

「だから、言ったでしょう! 小町よ、小町。この目であのサボテン見てから行こうと思って。仕事熱心ね……な人に言われちゃったから」

 ああ、店長か……。それを理解した上で文月は言った。

「行くってどこに?」

「ん? 大塚さんの所」

「へ?」

 文月は目が点となった。それでも目黒はしれっと言い続ける。

「あー……大丈夫。そのままの意味じゃないから。ただ、そのよく会うって噂の本屋に行くだけだから」

「何しに?」

 即座に反応したその声が少し緊張気味になってしまった。これはヤバいと文月は思ったがもう遅かった。

「そんな突拍子もない声出さないで。別におかしな話でもないでしょ? 私が本、買うくらい」

 そう言って目黒は文月の顔を見た。

 少し、う……だ。

 その瞬間を見逃さなかった目黒は迷わず押し切った。

「という訳でお邪魔します。小町、文月の部屋にあるんでしょ?」

「うん、そうだけど……」

 それ以上のことはもう何も喋れなかった。



 もう何回もこの家には来ているので正直、文月の案内なしでも目黒はその部屋に辿り着ける自信がある。だが、ここは自分の家ではないのであんまり気乗りしていないこの家の長女、文月の後を歩く形に今はなっていた。仕事のような感じで来てしまっている以上そうしといた方が無難。という理由もあったが。

「ねえ、今日は誰もいないの?」

 目黒のそんな質問に文月は廊下を歩きながら淡々と答えた。

「そんなことないよ。絵珠香えみかがいないだけ。それでこのくらい静かになるんだからすごいよね」

 ああ、なんて妹思いではないんだ。この姉は……。と目黒は思ってしまった。

 こうなってしまったのも同じ両親から生まれた一人しかいない実の妹が普通の手だった。ということが原因の一つであると思われるが。

(まあ、そこは母親似ってことなんだけど……)

 目黒は階段を上がって行く文月の後ろ姿を見た。

 黙々と上がっている。これはこれは……。目黒は一人密かに思っていた――。

 文月の部屋は二階にある。

 一階から二階に上がる階段で、「この前来た時にちゃんと見とくんだったわ。こんなことになるんだったら」という愚痴をこぼしてみたが文月は何も言ってはくれなかった。余程その本屋に行ってほしくないと見える。

(でも、行っちゃうけどね)

 ごめんね……。なんて私は言わない。という風に目黒は文月の部屋に着くとすぐにそのサボテン小町を見た。

「あらまあ、かわいらしい感じになってるじゃないの」

 そう言われた文月としてはどこがそうなっているのかよく分からない感でいっぱいだった。サボテン近くの所が……なのだろうか?

(うーん……あんまり変わった。とは思えないんだけど……)

 その様子をずっと見守る文月に目黒は目敏めざとく見つけた一冊の本を指差した。

「何? こんな本まで買っちゃったの? 頑張ってるじゃない」

「良いでしょ! 別に」

 そう言って文月はすぐさま自分の部屋に適当に置いてあったそのサボテンの本を目黒の視界から外した。これで少しは本のことから離れるだろうと思ったからだ。

 それなのに……。

 そうされた目黒はそのことに対して全然憤慨した風もなく、

「うん、とても良い感じね。じゃ、行くわ」

 とさらっと言い切ってしまった。

「え! もう?」

 文月は素直に驚いた。

 あれから少ししか経っていないのに……早い、早すぎる。

 その話を聞いた時からそんなにじっくりはやらないだろうな……と思ってはいたがここまでとは……。

 それ以上は何も言わない文月に目黒は言った。

「何? いてほしいの? この目黒さんに」

 その言い方はほんの少しのニヤリ気味が見え隠れしていた。そして、核心を突いたその言葉に文月は静かに反応していた。

「いや、いてほしくないし、行ってほしくもない」

 何とも真面目過ぎな文月のその答えを聞いて目黒は思ったことをそのまま言うことにした。

「じゃ、文月も付いて来れば良いじゃない。そんなに心配なら」

 これは余計だったかしらね……と思ったが良いと思った。

 思い知れば良いのだ、今。

 文月にとってそれは予想外だった。一瞬無言が生じるくらいの……。

「そんな気持ちじゃないし!」

 慌てて否定したが遅かった。

 目黒は畳み込む。

「そうよねー。私が大塚さんに会ったところで『あ、初めまして! 私、文月の友達の者です。聞いてくださいよー。文月ったらこの前サボテン買ったんですよ』くらいしか話せないしねぇ……」

 と言われても……だ。

 ちょっと目黒は畳み込み方を間違えてしまったらしい。

 そんなことを言ったからといって目黒が大塚さんに相手にされるわけがない。

 そこには確固たる信憑性がないし、何より怪しまれるオチが見える。

 それなら良し! ……だが、万が一の事がある……。

 こうなったらこれしかない。と思った文月はその場で即決した。

「行くよ。そう言うなら本当に行っちゃうよ?」

「はいはい。ま、着いたら自由行動ね」

 そう言う目黒に文月は思った。

(阻止出来るなら出来るだけ阻止だ。それ以上の事はない)

 と。

 果たして大塚さんはいるのか、いないのか……二人にとってそれは大変気になる所だった。

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