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敵は水です  作者: 小長一音
4/8

本屋で出会った人

 今日は久しぶりに友人と会うことになっている。

 文月にしてみればちょっとしたおしゃれだが妹の絵珠香えみかが見ればそれは全然おしゃれじゃない! と言うに違いない。

 それでも良い。自分が良いと思えばそれで良いのだ。

 文月が待ち合わせ場所に行くともうその友達はいた。

 文月より全然おしゃれな年相応の格好をしている彼女を見ると何だか一緒にいたくない気持ちになった。

 これならもっとちゃんとして来るんだった……と後悔してみてももう遅い。来てしまったならそれで通さなければならない。

「待った? 目黒めぐろ、今日は早いんだね」

「いつも遅れて来るわけじゃないの」

 びしっと言われた。

 目黒はいつもそうだ。

 昔はもっとこう……。

 可愛らしかったのに……。

 そんなことを思っていたら目黒は言った。

「喫茶店!」

「え? 何で?」

「行きたい喫茶店がすぐそこにあるの!」

 そう言う目黒の後に続いて文月は歩き出した。

 ああ、今日もうんざりするほど聞かされるのだろうな……と思いながら――。



 その喫茶店に着くと目黒はすぐにケーキセットを頼んだ。

 文月も同じ物を頼み、待っている間いろいろな話をした。

 ほとんど目黒の話だったが……。案の定というやつだ。

 頼んだ物が全て来てからも目黒の積もりに積もっていた話は終わらなかった。

 あとどのくらいか……と思った時、やっと目黒の話は終わったようでまだ一口も飲んでいなかったアイスコーヒーをストローでちゅっと一口飲んだ。

 そして、向かいに座ってミルクティーを飲んでいる文月に言った。

「それで、文月は何か変わったことあった?」

 ちょっとそれを聞いた瞬間ぶっとなりそうになった。

 だが、こらえた。

「え……ないよ。全然」

 そう言う文月の顔を見て目黒は疑うように言った。

「本当にないの? 一つも?」

「うん……」

 微妙な感じにならないように気を付けたつもりだがそのうち目黒にバレてしまうんだろうな……と思った文月はちょこっと言うことにした。

「まあ、強いて言えば……最近、本屋でよく話す人が出来たかな?」

「何、その話」

 目黒はそう言うととても興味津々な顔をした。

「別に目黒が考えているようなことは全然ないんだよ。ただ、その本屋で出会った人……」

「危ない人なんだ」

「そうじゃない!」

 文月は久々に目黒にツッコミを入れた。

「いつも唐突に話しかけて来るからいつも手、ビショビショで申し訳ないな……って」

「何? その人の手、もしかして普通の手?」

「うん」

 それが普通だ。現に目黒も普通の手で普通のひとだ。

「そう、良かったじゃない」

 何気なく言われたその言葉に文月は食い付いた。

「どこが! 聞いてよ! 目黒!」

 文月はこれまでに起こった大塚との出来事を全て目黒に話した。

「あんた、それで帰ちゃったの?」

「うん、帰ちゃった」

 今となっては後の祭り気分だ。

 そして、目黒の目はちょっとダメね……的な感じになった。

 お説教タイムに入るのだろう、これから。はあ……だ。

 そう思っていると目黒は言った。

「まあ、そういう関係なら……まだね……」

 それっきり何も言わなかった。

 良かった……と思ってしまった。

 目黒は良い奴。とさらに思うこととなった。

 だが、目黒はすぐにこう言った。

「案外、そこにいたりして。その『大塚さん』って人」

「はあ?」

 変な声が出てしまった。

 そして、今まで出ていなかった汗が急に手から異常に出始めた。

 もう! だ。

 目黒は冗談で言っているんだ……と分かっていてもその『そこ』を目黒にバレないようにちらっと見てしまう。

(ってかその『そこ』ってどこよ! いないんだから! 大塚さんは絶対この喫茶店にはいない!)

 そう断言しようとした時だ。

 目黒がさらに言ってきた。

「あ、あの本読んでる人とか怪しくない?」

 目黒の言うその人を文月は反射的に見てしまった。

 その人は確かに本を読んでいたし、読むスピードもかなり速い。

「『でも、違う』って言い切れる?」

 うん! と頷きたい。だが、出来なかった。

 あまりにもその人は文月達の席から離れ過ぎていたし、本で顔が見えなかったからだ。

 まあ、よく見ればというか見なくてもすぐに分かることなのだがそんなこと今、ここで出来るわけがない。

 文月はそのくらい動揺していた。

 そんな文月を見て目黒はまいったな……と密かに思っていた。

 そこまで混乱させる気などなかったのに……。でも、おもしろいから良いか!

「まあ、良いんだけど。でも、ここにいたら間違いなくその人危ない人よね」

「もう! だから違うんだってば!」

 そんなことしかもう文月には言えなかった。

 そして、やっと店を出ようとした時、その本を読んでいた人が本を置いたのだ。

 目黒はその人の顔を見たのだろう。

 さすが、目が良いだけはある。

「あら、やだ。あの人、案外年寄りね」

 そんな感想を聞いてしまったら文月もその人の顔を見てしまう。

 別にもう見たくもなかったけれど仕方なくだ。

 見れば目黒のその『年寄り』発言はどこから来ているのだろうか? と疑った。

 こういう時、ぐいぐい行く系の困り者の基準が分からないで困る。

「そう言うな、目黒。ってか、あの人は中年で大塚さんは中年じゃないんだからね!」

「はいはい、分かってる。私だって中年相手にするほど年上婚に興味ないし」

「もう! めーちゃん!」

 久しぶりに文月は目黒のことを『めーちゃん』と呼んだ。

 いつ以来だろうか……。記憶を辿っているとふいに目黒が言った。

「あ、そうだ。ここ出たら図書館付いて来て」

「え、何で?」

「本、返すの明日までなの。明日はちょっと用事あって行けないから」

「一人で行けば良いじゃない」

「案外、いるかもよ? その本物の『大塚さん』だっけ?」

 そう言って目黒は笑った。

 嫌な笑いだ――。



 その喫茶店から図書館までは数分だった。出来れば図書館前で本当は別れたかったが、目黒は放してくれなかった。

 目黒が本を返すためにカウンターに行っている間、文月は何もすることがなかったので本を少々物色することにした。

 近くに雑誌コーナーがあった。

 でもな……。と思って通り過ぎようとした。

 その時だ、ふと目に入った。

(あの手!)

 覚えたいと思って覚えたわけではない『あの手』がすぐそこにあった。

 一瞬で手がヤバくなった。

 どうしてここに? と考えるのと同時にここに目黒を連れて来てはいけない! と激しく思った。

 早くカウンターに戻ろう。

 じゃないと、もうすぐ目黒がこっちにやって来てしまう。

 そしたら、あそこの席に座っている大塚さんにもしかしたら出会ってしまう可能性がある。

 たぶんまだ、大塚さんは私のことに気付いていない。

 これは好都合だ。

 そう思っていると一人の女の子が文月の目の前を走って行った。

 そして、その女の子は大塚の目の前で止まった。

(なぜ? 何故なにゆえ?)

 少し呆然とした。

 何かを話している。

 その女の子はいったい? と、訊きに行きたくても行けなかった。

 目黒がこっちに歩いて来るのが見えたからだ。

 文月は目黒の方を向いた。

「終わった?」

「うん。で、いた? 『大塚さん』」

 そんな大きな声で話さないで! と内心、ビクビクしながら文月は一応辺りを見回すことにした。

 目黒に気付かれないためだ。

「今日はいないのかもね」

「ふーん。残念」

 あっさりと目黒が認めてくれたことに感謝した。

 今までごめん! ぐいぐい行く系の困り者とかって思ってゴメン! と心の中で謝罪もした。だから――。

「あれ?」

 なんて言って欲しくなかった。

「こんにちは」

「……こ、こんちは!」

 大塚さんの普通な挨拶に微妙な挨拶を返してしまった。

 それも大声で言ってしまったものだから周りの人が白い目で見て来た。

(すみませんー!)

 状態だ。心の中は。

 それなのに大塚は平気で言う。

「珍しいよね? ここ、よく来るの?」

「いえ、今日は友達の付き添いです」

 嘘など言っていないので文月は堂々と大塚に言った。ちらっと横の目黒を見ると何故か他人の振りをして次なる本を探そうとしていた。

(何、やってんの! 目黒!)

 もう少しでそれが声に出そうだった。

 だが、それはやってはいけない! と慌てて言う。

「大塚さんこそここには……あ、本借りるんですか?」

 その手にあった本を見た。

 大塚が読むにしてはちょっとな……という物だった。

 それに気付いたのか大塚は言った。

「あ、これ? これは……あれ、いない。まあ、良いか。姪のきよはの借りる本。俺はその姪の母親の代わり」

「はあ……」

 微妙な反応になってしまった。

 じゃあ、あの女の子がその姪の『きよはちゃん』なのだろうか……。と考えていたからだ。

 そう思っていると大塚の近くにまたあの女の子がやって来て言った。

「早く帰ろうよ、駿ちゃん」

 おお! だ。

 確かにこの子は大塚さんの姪に違いない! と思った。

 少し安心だ。

「それじゃ、これ借りて来るから……」

 そう言った大塚に文月は思い出したように言った。

「あ、この間はさっさと帰ってすみませんでした!」

 それを聞いても大塚はあまり動じなかった。

「ああ、別に気にしてないよ。そのくらいあの本を早く読みたかったのかな? って思っただけで」

 うお……かなり思われていた。

 何だか恥ずかしくなって来た。

 そんな文月を察してか大塚は「ほんと、気にしてないから。それじゃあね」と言って姪のきよはと一緒にカウンターに行ってしまった。

 でも、文月はまだ帰るわけにはいかなかった。

 だって、この図書館にはまだ、目黒がいたからだ。

 目黒の方を見れば目黒はこっちを見ていた。

 何だかにやにやしている。嫌な感じだ。

 やっぱり、目黒はぐいぐい行く系の困り者だ! と文月は心底思った。

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