心の傷
それに気付いたのはいつだったろう――。
確かあれは小学校五年生の時、クラスの人達と手を繋いで遊ぶ『人間知恵の輪』をやった時だ。
皆、汗を掻いていた。それくらいの暑さの中でたまたま右隣になった男子に『手がベタベタしてる……』と言われた。繋いですぐにだ。左隣の女子はそんなこと一言も言ってこないのに……。友達だったからだろうか? ……。
少し傷付きならがらも私は言った。
「汗だよ」
と。
きっとそうに違いない。でも、よく感じれば他人の手には私のようなベタベタ感は一切なかった。
これか……。原因は。
何気ないその男子の一言で私の言動は少し戸惑い始めた――。
小学校六年生の時、学年だけの朝礼が毎週のようにあった頃、またしても『手を繋ぐ』というゲームが行われてしまった。
そのゲームは司会の人が『男子一人、女子二人』になって手を繋いでください。というものでそのお題によって仲間を作り変えて行き、時間内にそのお題が出来ない人は抜けて行く――というものだった気がした。たぶん、そこには先生達の何らかの意図があったに違いない。
さらにはそのゲーム、一度一緒になった人とは次のお題で一緒になれないというルールも加えられていた。
そして、絶対、手を繋がなければならない。一本、二本だけの指でもダメ。ちょん、と指先同士でもダメ。ちゃんとしっかり手と手で繋がなければならない。
そうしないとダメ。
ひどい話だ。
その説明を受けた時、「えー、男子なんかと手、繋ぎたくなーい!」なんて言う子達がいたせいでちゃんと繋ぎなさい。が先生の確認の的となったのだ。
あーあ、嫌だな……。
女子ならまだしも男子となんて……。
最初は友達頼れるけどその後は……。
知らない人と手を繋がないといけない。
それは文月にとってとても苦痛だった。
だって、また言われるかもしれない。
『ベタベタしてる』……と。
普通の人はそんなこと絶対ないのだと文月はもう知っていた。
間違ってもこんなに異常なほど汗は出て来ない。
だから、文月は大人しそうな人達を狙って行った。
その人達なら絶対あの男子のようには言わないはずだからだ。
それにそういう人は案外、人気がない。
(ってか、早く抜けたい……んだけど罰ゲームがな……)
そう思うとなかなか抜け出せなかった。
やっと抜け出せた時、もうこんなのない方が良い。と思った。
罰ゲームを取るか嫌な気持ちになるか……どちらを取るかは自分次第だ。
結局、文月は耐え切れなくなり、罰ゲームを取った。
その日の罰ゲームは選りにも選って『尻文字』だった。
こんな思いをしてまでやらないといけないのはどうしてだろう?
とても泣きたくなった。
その罰ゲームを監視する先生の目が厳し過ぎて微妙な感じになる。
それはそうだろう。
自分の学年の人達の前で何でこの女子が尻文字をやらないといけないのか……。
ますます泣きたくなる。
本当にこんなのなくなってしまえ! と心底思った。
中学生になると部活がある。
文月は吹奏楽部に入部した。それは父と母が『吹奏楽部』だったからだ。
楽器を吹いている時は全然気にならないが吹き終わると気付く。
自分の楽器だけ異常に濡れている所があると。それはやはり指を置いている所だ。
これはこっそり拭いておこう。
そのためのタオルだ。いや、本当は息として出した物が水分に変わり、楽器から出て来るのを取るためだ。他にも使い道があるが、それは今、関係ない。
楽譜を追いながら文月は両手を気にした。
また、出て来る。
ダメだ。集中しないと今、何小節目か分からなくなる。
それじゃなくてもよく分からなくなるのに……。
文月は吹奏楽部向きじゃなかった。
高校の頃になるとさらに手はヤバくなった。
これではいろいろ困る。
だからと言って病院には一度も行かなかった。
それは父もそうだったからだ。
この手の異常は絶対、父親譲りだ。
確信が持てる。
そう言うのも父が文月と同じ症状をしているからだ。
そんな父が言うには『大人になれば治る』だった。
それを鵜呑みにして今まで生きて来た。
他人と手を繋いだり、触れた時に感じるあの嫌な思いも大人になればなくなると信じて来た。
だが、実際問題全然そんなことはなかった。
もし、この手の異常が知られたら……。と考えると友達も思い切り作れなかった。
段々と女子は時間が経つに連れてグループが出来て来る。
そのどれかに入っていなければ自分は一人になってしまう。
そう思うと手がヤバくなった。
中学の時のように「友達になろう?」なんて言って来る子は一人もいない。
まずは近場から。
そして、段々と気の合う人へと流れて行く。
文月はそれに出遅れた。
行きたいけど行けなかった。
行って良いものかどうか分からなかった。迷った。
その結果、その前の休み時間までは自分と微妙ながらも話してくれた人はやっとのことで見つけたであろう他の人と親しげに話している。
その顔を見るともう行けなかった。
もうこうなったらこうするしかない。高校に入学して一週間足らずで文月は誓った。
『一人で頑張る』――それは間違った決意だった。
どんな時でも仲間はいないとダメだった。
そのせいで手はますますヤバくなり、体調もヤバくなった。
そんな時に救ってくれたのが『本』だった。
読書をしていれば全然何も言われない。
ああ、何てすてきな時間。
でも、本が終わってしまうと何をすれば良いのか? と思い知らされる。
本は文月にとってかけがえのない物となった。
たとえ、紙に受け入れてもらえなくてもだ。
この手の異常に対し、開き直った十九歳の頃からはこれが『汗だ。多汗症だ』と言うようになった。
確証はない。それはそういった病院に今となっても行っていないからだ。
けれどもそうするのはそうしなければ高校一年生の頃の二の舞になると思ったからだ。
だが、それを打ち明けるのは本当に友達になりたい。と思った人に限った。
それ以外の人には『汗』ということを伏せて、『水』だと思い込んでくれ! と心から願った。
そう思ったのは『汗』より『水』の方が少しは受けが良いかな……。という文月の独自の判断だ。まあ、水がいつも手から出ている。というのも変な話だが。その方が心も多少、楽でそんなに傷付かないで済むような気がした。
何より訊かれなければそれを言わなくて済むのだ。他人にそう訊かれる前に自分から言ってしまった方が傷付く割合が少ない。というのも経験上からの計算で出た文月の答えだった。
それでダメなら仕方ない。
が、ヤバイ方向に行く、というのもあんまりない気がする。
それは女子にしか言わないからだろうか? 皆が大人になっているからだろうか……。
友達でも触れ合うことはある。ねえねえ、と訊いたりする時だ。
そういった時、この手で触れた瞬間どう思われるか? と考えると怖かった。
だから、そうした時は絶対その子の服には申し訳ないが服のある部分しか触ろうとしなかった。
そんなやり方で友達と楽しく過ごすというのをようやくやっと、それなりに出来るようになったのだ。
他にもっと良い方法があったかもしれない。
けれど、その時の文月にはそれしか出来なかったのだ。考え付かなかったのだ。
友達付き合いでもこんなに苦労しているのに恋愛なんてとてもじゃないが無理だったというのは何とも言えない思い出だ。
社会人になると多少その手の異常も収まって来た。
これを父は言っていたのだろうか? と考える。
だが、しかし――この手からはまだ溢れ出す時は溢れ出すのだ。
時には本当に水となって……。自分が思ってもいない時に。
だから困るのだ。
これを気付かれてはならない。
どんなに親に言われても恋愛が出来ないのはこの事をずっと隠して生きて行こうと思っているからだろうか。病院にも未だ行かないのは行った所で……と思ってしまうからだろうか。自分が臆病だからだろうか。
好きな人にそれを指摘された時、どんなに傷付くか……予想が付くからだろうか……。
普通に何も考えずに手を繋げる男女を見ると良いなと思う。
それはこの悩みがないからだ。とさえ思ってしまう。
そんな手の異常を自分なりに調べてみたことがある。
こういった時に便利なのがインターネットだ。
それによると自分は多汗症の中でも手掌多汗症じゃないかと思われた。レベルは一から二の辺りだろうか?
そんなに気になるなら病院に早く行け。だが、行ってそうですね、と言われるとガックリ来るのはまず間違いない。
その後もずっと私はこんな手で……と思い悩み続けるに決まっている。
どちらが良いのか選ぶのは結局、自分なのだ。
だが、治療をする時間が文月にはない。
そんな時間はもうないのだ。社会人になってしまった今、休みたい時に休むというのは難題だった。そこまで優しい会社ではなかったし。
気付かれなければ良いだけのことと割り切ってしまえば良い事のようにも思えた。
そんな時に大塚と出会ったのだ。
こんなに紙に好かれる普通の手を持ったこの男の人はなんて幸せなんだろうと思った。
何故、大塚だけにそんなことを思ったのか? と訊かれればどうしてだろう? と答えてしまうが自分の思いとは裏腹に勝手に紙が溶け出すこともなく、濡れることもなく、紙のカバーでも破れることなく平気なんて素晴し過ぎると心から思ったのだ。
それをずっと実行出来るその手が豪く気になり、気に入るようになったのだ。
紙に好かれる者と紙に好かれたくても好かれられない者の差はどこにあるのだろうか?
まあ、間違いなくこの多汗症のせい。ということは明白だったが。
それでも格好良く言うならば、本当の『本好き』と『本を利用した』者の差だというのだろうか。とでも言っておこう。その根拠はどこにもないが。
大塚への憧れと同時に羨ましさもあったのは確かだ。
――そんな話を大塚さんにするのはとてもじゃないが無理であの本屋に行くのも遠のいた。
それでも行かなければならない時が来た。
また、あそこでなら売っているはずだと思う本が出てしまったからだ。
(日曜日だけど今日もいるかな? 大塚さん)
そんなことを思いながら文月は久しぶりにあの本屋へと自転車を走らせたのだった。




