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敵は水です  作者: 小長一音
1/8

その手に憧れる

 最近、気になる人を発見した。

 その人はいつも同じ所に立ってこの本を読んでいる。

 こんなに人がいる中で堂々とペラペラとページをめくり続ける。

(なんて……紙に好かれている手だろう)

 私はそう思って近付いた――わけではない。

 ただそこに欲しい本があっただけだ。

(すみませんねー……)

 と思いながら私はやっとのことでその本を取った。

 やっと買える! この数日間、ずっと探し続けて来たこの本の他に何かないか……と探し始める。

 その瞬間、その人は本を読むのを止めて言った。

「やっぱり、その本探すの苦労するよね。最近だとよく出てるけど」

 ぎょ! だ。

 無視をすれば良いのかどうか悩んでいるとまたその人はその本を読み始めた。

(うーん……なかなか変なひとだ……)

 そう思うほかなく私はレジに向かった。



 今日もここに仕事帰りに来てしまった。

 また、本を探さなければならない。

(何だって数日前に来たここにまた来なくちゃいけないんだろう……。私のばか、あの本を買い忘れてどうする!)

 そう思って探し続ける。

 なかなか見つからない。

 あまり店員とも話したくない私は自力で欲しい本を探す。

(確かあれは……あそこのだから……)

 と場所さえ変わってなければ大丈夫だ。

 何回ここにダメ元で来たと思っている。もう、何十回と来ているんだぞ! 高校生の時からだぞ……。などと思って私は探し続ける。

 時間も気にしないといけない。

(ありゃりゃ、もうこんな時間? 早く買わないと帰り遅くなっちゃう!)

 そしたら、一緒に住んでいる母に小言を言われるだろう。

 もうそんな歳でもないにしても。

 ようやく見つけれた時、その人をまたしても発見してしまった。

(あの人、またいる……)

 変なことを言われる前にずらかろう。とパッと本を取ってみる。

(案外、おもしろいんだよねー、この本)

 とルンルン気分でいたらその人と目が合った。

 にこっとしていた。

 だからって私がにこっとする理由もない。

(赤の他人に『にこっ』はないだろ、『にこ』は……)

 そう思いながらその人の後ろを通り過ぎてみた。

 何もない。

 それはその人と私が『赤の他人』だ。ということを示してくれたのである。

 そして、その人はまたあの本を読んでいた。

 いつもの如く、すらすらと読むスピードが速いのだろう。

 さっ、さっという音が聞こえる。

 明日にはその本も読み終わってしまうだろう。

 そして、その手はやはり……。

(紙に好かれてる手だな……)

 あんまり見るのも悪いと思って、レジに向かうことにした。



 楽しいのもそう長くは続かないもので……また、この本屋に来てしまった。

 実はあまり来ない本屋である。

 それは何となくだが他の所の本屋より値段が少々高い気がするからだ。

 それでも来るのは他の所で売ってない本を売っている確率が高いからだ。

 今日、その本の大人買いをしてみたところでその時だけだ。引かれるのは……そう意を決してこの本達を買おうとした。

 その時だ。

「君、何てすごいんだ」

 と言われた。

 びくっ! となった。

 今、この決心に邪魔するのは誰だ! と思って顔を上げると左隣にあの男の人がいた。

 いつもあの本を読んでいるあの人だ。

「本、好き?」

 急にそんなことを言われたら困る。

 それに今、私の周りには多少人がいる。

 何故、私はそんな中で選ばれてしまったんだろう。

 そう思う。激しくそう思う。そう思えば思うほどだんだんヤバくなる。

(く、やって来やがった。この水どもめ!)

 手がヤバくなる。

 もう、こっちいないで! 状態だ。

 恐る恐るその人の顔を見てみることにした。

 今までその人の『手』にしか注目して来なかったが、よく見ればその人は中の上、いや、ここに妹がいれば間違いなく上玉だよ! と言ってしまうに違いないくらいに好みの男性だった。

(こういう人でも本って読むのね……)

 と思って見ているとその人は言った。

「やっと見てくれた」

「へ?」

「いや、ずっと気になってたんだ。その……君の目が」

「え! 私の目ですか?」

 あの時よりもさらにぎょっとなった。

「そう。だってずっと見てたでしょ? この辺り」

 そう言うとその人は数日前と同じ格好をした。

 だが、その手にあの本はない。

「ほら、やっぱり。どうして見てたの?」

 ずいとその人は私の顔を覗き込んだ。

 どうしよう! こうなったら本当のことを言ってしまうしかないのか……。

 あまり考える時間もない。

「えっと……」

 その人はまだじっとその答えを待っていた。

「あの……手が、……気に入って……」

「手?」

 不可解な顔をされてしまった。

 これは当たり前だろう。

「はい、あの、手が本当すてきだなって。紙に好かれる手ってそんなに珍しくないと思うんですけど……。私から見たらその手が憧れのようで……」

 言ってることが微妙過ぎて上手く伝わっていない気がしてきた。

 とにかく今日はもう帰ろう。この大人買いもまた今度にしよう。いや、今月中には来るようにして帰ろう。

 そう思っているとその人は言ってくれた。

「もっと他の理由があるのかと思ったけどないみたいでほっとしたよ」

「すみません」

 都合上、謝るしかない。

「それ、買うの?」

「えっと……」

 唐突な質問にまたもや返答を躊躇した。この本の存在に気付いている? と思う前にいや、気付くだろう。になってしまう。この積み重ね方では。もう、バリバリ今から買いますよー。宣言をしているようなものだ。

「あの、買おうと思います」

「そう、それオレも読んだ」

「ここでですか?」

「いや、ちゃんと買ったよ。それはね」

「はあ……」

「あ、疑ってる? あの本は時間潰しの本だから」

「ああ」

 なるほど、この本屋は駅の一番近くにある本屋だ。と妙に納得した。

 だが、それが正解だとは限らない。

 もっと話したい。と思ったがそれはいけない気がして買ってきますね。と言うしかなく、レジに向かおうとした。

 すると男は何気なく言って来た。

「君、名前は?」

「え?」

「いや、何か気になるから」

「……」

 こ、これは! あの、あれですか! とジタバタしたくなった。

 だけどここは本屋で他のお客さんの目もある。

 教えて良いのかどうか迷っているとその人はポケットの中から何故か免許証を出して来た。

「ちょうど持ってたから」

 いや、持っていても普通は見せないだろう。赤の他人に。

 それでも見てしまうのはどうしてだろう。

 その免許証には『大塚駿おおつかしゅん』と書かれていた。

 そして、案の定、年上だった。

(三つ違いか……)

 あとは見てない。

 だって見る必要もない。

 見てしまったらそこまで言わないといけなくなる。

 それが嫌で見なかった。

 見てしまった後もああ、見なきゃ良かった……。と後悔した。

「で、君の名前は?」

 ここはもう名乗らなければ不公平という気がして、言った。

浜田文月はまだふづきです」

「そう。良い名前だね」

 まだ赤の他人にそんなことを言われるとは……。甚だだ。

「今、変な人って思ったでしょ? でも、ちゃんと見せれば分かってもらえることもあるし。得だと思わない?」

 そんなことを言ってその人、大塚さんは免許証をまたポケットに入れた。

「また会えると良いね」

 それじゃ、と大塚さんは帰って行った。

 その後の私の手は……尋常ではなかった。

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