傷心
「ただいま」
すっかり日が落ちた中、落ち込んだ武は暫く後に帰宅した。
「ワン!ワン、ワン!…ク〜ゥン」
玄関先で迎えてくれたのは武の愛犬、クゥーだった。
毛のフサフサした真っ白な中型の犬だ、武が子供の頃からの付き合いで武と武の家族には居なくてはならない存在になっていた。
クゥーが武にじゃれ、元気の無い武を心配したのか、何時もしないのだが武の顔中をなめ回す。
「お前、元気付けてくれるのか?」
クゥーは目を輝かせて吠え続け、軽くボディーアタックを決めてくる。
「アハハ!分かったよ、お前には降参だ。何時までもクヨクヨしないよ、それが俺の取り柄だからな」
元気になった武を見て犬小屋に戻るクゥー。
武もそのまま晩飯の用意が出来ているだろう居間へ向かうのだった。
「タケくん、今日は美雪ちゃんからまた義理チョコ貰ったの?」
晩御飯の家族の団らんの中、テレビで今日の出来事を報じているニュース。
武の母親が優しい微笑みで武に問いかける。
「貰わなかった。義理チョコってお返しめんどいからいいって。」
ブッキラボウに茶碗と箸を動かしながら話す武。
「そうか。幼馴染みだと気を遣わなくて良いから、お互いその方がいいんじゃないか?」
武の様子に何かを察したのか武の父親が武の代わりに母親に返事をする。
「ごちそうさま。」
武が早々晩飯を終え箸を置くと武の母親が心配そうに武に尋ねた。
「あら、今日は食べないのね。どこか調子悪いの?」
「別に、そんなこと無いよ」
片言を残して自室に向かう武だった。
「ちくしょう!どうしても吹っ切れねぇ」
自室に戻った武は美雪に振られた痛みを忘れようと必死だった。
忘れたくても忘れられない、しかし現実を受け入れ今は必死に耐えるしかなかった。
「フッ、強い男が好きか…全く、好かれる要素俺にはゼロだな」
自虐的な笑みを浮かべてベッドに横たわるとドアをノックする音が聞こえてくる。
「武、入っていいか?」
ドアをノックしたのは武の父親だった。
「ああ、いいよ。父さん珍しいね。なんの用?」
武が不思議そうにドアを開けると父親がにこやかに入ってくる。
「こうして男同士話せる時は中々無いからね。今日はお前が元気無いから心配になって話がしたかったのも有るし、改めて大切な話もしたくてね」
ベッドに座っていた武の横に父親も隣に一緒に座ると父親は少し真顔になって話を続ける。
「武。大方美雪ちゃんに振られたんだろう?お前の態度といつも団らんの時に美雪ちゃんの話をお前からしてくるのに今日は寧ろ避けてるように見えたからな」
武がバレていた気恥ずかしさと落ち込みで苦笑いをしている。
父親がなだめるように語りかけてくる。
「最初の勝負で負けたからって落ち込むな。美雪ちゃんも別に友達として遊んでいる分なら武の事認めてるんだろ?チャンスはまだあるさ。
とおさんも、母さんに何度振られたか分からない程振られてな。でも最後にはとおさんの熱意が伝わった。想いは報われたんだから」
優しい顔で微笑みながら父親は武の肩を叩き更に話を続ける。
「お前には何の贅沢もさせてやれずに済まなく思っている。だからと言ってでは無いけど、5月の連休に家族で旅行に行かないか?
たまには良いだろ?」
武にはこの血の繋がりが無いとは言え、幼い頃から自分自身を我が子の様に育ててくれた両親が本当に有りがたかった。勿論、武は実の親の顔すら知らない事もあるが、孤児とは言え本当の両親と思ってこれまで一緒に暮らしてきた。
「勿論行くよ!父さん、楽しみにしてるからね!」
武が目を輝かせて言う様を嬉しそうに微笑み返す父親だった。
「オーっす!タケ、今日も寒いな」
翌日、武は何時ものように学校に登校し、人も疎らな教室で鞄から教科書を出していると元気な声と共に肩に平手打ちをしてくる元気な少年が居た。
朝早いためか、朝練のブラスバンドの演奏が心地よく聞こえてくる。
「痛っ!なんだ、勝か。おはよう、今日は早いんだな」
平手打ちされた肩を擦りながら武が友人の勝に挨拶を返す。
二人は小学校時代からの親友で体の弱い武は勝に良くいじめられそうになった所を何度か助けて貰っていた。
勝はスポーツが好きで明るく、誰にでも好かれる性格で武とは反対の人物だが、何故か武には良く接してくる。
女子の間でも人気が高く、仲良さ気に遊んでいる武に嫉妬する者も多かった。
「勝、武と戯れるのは結構だが、僕の宿題の相談を先にしてくれよぉ。今回、赤点だと連休はなくなっちまうんだよぉ〜!」
武と勝の間に割って入って来る人物がいた。彼の名前は諭。クラスの面倒見は良いのだが勉強嫌いで良く武に宿題の相談に乗ってもらっていた。
「ったく!また宿題すっぽかしたのか?しゃーない奴だな。仕方ない、武!今日の夕方、新しく出来たラーメン屋の偵察宜しくな!」
そう言って武を後にし、自分の席に着く勝。諭が胸を撫で下ろして武に真っ白なノートを渡そうとした時、二人の背後から怒鳴り声が聞こえてくる。
「サトシ!また武くんに宿題見せてもらわなければならない程遊び歩いてたのね!?お姉さん、恥ずかしいわ!」
そう言って武と諭の机に向かって諭を哀れみの表情で見る少女がいた。彼女の名前は結。諭と二卵性の双子で珍しく同じクラスに配属されていた。
諭とは正反対に頭の良さそうな顔立ちに大人びた感じのする少女だ。
「ウゲッ!!姉さん、今日は友達の家に寄ってから来ると思ったのに何故に早いの!?」
諭が冷や汗をかいていると結がヤレヤレと言った感じで諭を睨む。
「何故にぢゃあ無いわよ!何時も朝寝坊なアンタがやけに早起きだから心配で真っ直ぐ学校に来たの!来たら思った通りじゃない?武くんにばかり迷惑かけられないでしょ!?
宿題、貸しなさい。私が見てあげるから」
そう言って真っ白なノートを諭から奪い、諭の腕を掴んで諭の席に向かう結。
「仲いーんだか悪いんだか」
ボソッと呟く武。その様を遠くから勝が物憂気に見つめるのだった。
「よっしゃ!着いたぜ!早く食べようぜ!?」
放課後、武と勝は学校近くのラーメン屋に来ていた。先週開店したらしく、佇まいが真新しい。
「勝、今月もうピンチなんだ。俺は一番安いラーメンにするよ。悪い、付き合えなくて」
武の少ない小遣いは日々のジュース代だけでも無くなりそうな金額だったが、勝の誘いに断り切れず渋々来ていた。
「そっか。俺こそ悪い、お前小遣い少なかったの知ってて誘っちまった。今日は俺が奢るから勘弁な」
勝がにこやかにそう言って武の首に腕を回し、ノレンを潜っていく。
「奢りは流石に悪い。帰りにジュースでも奢らせてくれ」
武が申し訳なさそうに勝を見て席に着く。
「つくづく武はいー奴だな。少ない小遣いで無理言っちゃって…じゃ、ジュースは飯後に有り難く頂くよ」
店のメニューを眺めながら勝が嬉しそうに話す。
ふと、勝が真面目な面持ちになり、武を真剣に見つめて話し出した。
「そういゃあ先週、俺、美雪に好きだと告白された」
ラーメン屋の賑やかな話し声が聞こえる中、勝がいつになくか細い声で武に話す。
「本当か!?って、勝は何て返事したんだよ!?」
驚きを隠せず聞き返す武。
「他に好きな子が居るから断った。ビックリしたよ、武と美雪が仲が良いからお前たちてっきり付き合ってるのかと思ってな」
武から視界を外し、ラーメンを茹でる湯気を眺めて呟く様に言う勝。
隣で武が何とも言えない顔で勝に話す。
「昨日俺は美雪にコクって振られた…皮肉な物だな。親友に好きな女が夢中だったなんて」
武も勝と一緒に湯気を見て呟く。
「なに!武ならきっと美雪を振り向かせられるって!気にするな!俺も頑張ってみようかな」
注文したラーメンが二人の元へ来て食べ始めた頃には二人とも何時ものように元気に成っていた。
武が麺を頬張りながら勝に問いかける。
「所でさ、勝の好きな奴って誰?」
隣で猛烈に麺を頬張っていた勝が目を丸くしてむせ返し、口から麺を吹き出してしまうのだった。