武
聖汝になって抱いてくれ!のサブストーリです。
「またまた私の勝ちぃ〜」
一人の少女が誇らしげにゲームセンターのゲーム機の前で向かいの少年にガッツポーズをする。
「どや顔すんな、アホ。こんな格ゲーよっか、リアルな勝負と行こうじゃないの?」
あからさまな挑発に少年が乗ってしまい、向こう隣のパンチングマシーンを指差す。
「アンタそれ、本気で言ってるの?」
半目で少年を見る少女。
「貴様が格闘家だとしても男の腕力に勝てまいて」
少し冷や汗を浮かべた少年は前言を後悔したが少女に良い所を見せたくて必死だった。
「その根性は認めるわ。でも、私がそんなナヨッチィ武に負ける訳無いじゃない」
勝負するまでもないと言う素振りで向かいの少年を他所にパンチングマシーンに歩いていく少女。それに続いて少年が続く。
「武道を甘く見ないことね!!」
コインを入れた少女が機械の稼働音と共に動くミットを睨み姿勢を整える。
「ケンコン一滴!オス!」
少女が軽々打ち出した拳から想像もつかない威力のパンチが空を切り裂きミットに当たるや否や、ミットが拳に弾かれ勢い良く吹き飛ぶ。
「まあ、こんなもんね」
パンチングマシーンの測定値はみるみる上がり歴代一位の数値を叩き出していた。
「タケちゃん?女の子の私に勝てるわよね?」
軽くウィンクする少女。向かいで顔を強ばらせた少年が捨て台詞を吐く。
「何度も言わせんな。男、武、オナゴごときに負ける訳にゆかぬ!」
…少年に勝算は少しは有ると思っていた。少女が幼少から通う武道の道場にタマに遊びに行っていた。見よう見まねで姿勢を整え、型をとる少年。
「ヘェー少しは様になってるじゃない」
少年の傍らで見守る少女が少し驚いていた。
「惚れるなよ」
少年は少女にどうしても格好良い所を見せたかった。
「インパクトの瞬間のみ拳に力を入れて、打つべし!」
そう叫んで少年がミットに拳を打ち込む。しかしミットは少し後ろに揺れ、先ほどとは雲泥の差の数値が表示される。
「歴代最下位」
ボソッと少女が口にして肩を落とす。パンチングマシーンの向かいでは更に肩を落とした少年がうなだれていた。
「うわっ、ダサ!あのヒョロヒョロの奴見た目通りのヘナチョコパンチだぜ」
「それに比べてあの娘、可愛くて強いなんて凄くね?」
「ヒョロイのも女みたいな顔てるからなどっちが男だか分かんないな」
辺りからそんな台詞が聞こえ、クスクスと笑い声が聞こえてきた。堪らず少年がゲームセンターから抜け出す。
「ちょっ、ちょっと待ってよぉ。武ったらすぐにヘコむんだから」
すっかり意気消沈した少年の後を追うように少女がゲームセンターを後にするのだった。
「武、元気出しなよ」
夕暮れ時の河川敷沿いを歩く少年と少女。
「元気出ねぇよ。今日は大事な日なのによ」
少年がうなだれたまま独り言の様に呟く。
「大事なひって何よ?…あっ!忘れてた!今日はバレンタインだったっけ。ゴメンゴメン、義理チョコ渡すの遅れて」
少女が鞄から小さな包みを少年に手渡そうとする。
「もう義理なんかじゃ要らねぇんだ」
拗ねた子供の様に少年は少女を見返す。その顔は少女を真っ直ぐ見ていた。
夕日が少年の顔を照り付けている。
中々居ない様な清らかで綺麗な瞳を少年はしていた。その瞳をみて少し驚く少女。
「なんでよ?そんな目で見ないでよ、調子狂うなぁ」
少女が少し顔を赤らめて少年から目を反らす。
「もう嫌なんだよ。美雪と幼馴染みで付き合って行くの、限界なんだ。オレ、美雪の事好きになっちまったんだ」
歩きを止めて少年は少女を見続ける。驚きを隠せずいた少女が暫くして口を開いた。
「タケちゃんとはこのまま、友達でいたいな。タケちゃんにそう言われてスッゴク嬉しいよ。ただ…」
そう喋り続けようとした少女の言葉を遮り少年が叫ぶ。
「ただ何だよ!?このままお前に彼氏とか出来たらこの関係は終わるんだぜ?少なくとも俺はそんなお人好しでも無ければ偽善者でもない。
美雪を独り占めにしたいしもっと傍に居たい!今のままじゃダメなんだ」
少年が少女に背を向ける。後ろからか細い声が聞こえた。
「私は強い人が好き。だから武ちゃんとはこれ以上の気持ちが無いの、ゴメンね」
少年を追い抜いて走り去っていく少女。少年は追うことなく帰宅するのだった。






