ローカル・ルール
俺の名前は塚本 亮。地元の県立高校に通うことになった高校1年生だ。入学式も無事に終わり、クラスの連中の中にも仲が良い友達ができてきて、受験生活中に先輩から聞いた高校生活というものの楽しさを少しずつ実感しているところ。
でももう一つ、高校生活を楽しむ上で大事なものが始まっていない。
そう、部活だ。で、今日は体験入部の日なわけだ。
いろいろのぞいてみて、思ったこと。やはり自分に運動は合わない。継続は力なり、というが人間にもそれぞれ継続できるものとできないものとがある。そう考えると、力がつくものって人によって限られているのかなとも感じる。それを乗り越えた人こそが、偉人と言われて今の世でも崇められている訳だが、別に俺は自己紹介の「尊敬する人」に書いて欲しいわけでも、宗教の教祖様になりたい訳でもない。だから文化系部活に入ることに決めた。
その中でも吹奏楽部、これね。何か楽器が吹けると大学のサークルだけじゃなく、人生のいろいろなところで楽しみが増えそうな気がする。クラリネット、フルート、トランペット。実際に体験した楽器の中でも迷ってしまう。まあ、迷うのは入ってからだ。そういうわけで、僕は入部調査で吹奏楽部を第一希望に入れた。
こういうものはよほど人気のある部で無い限り、たいてい第一で通る。そう思っていた通りに僕は吹奏楽部の部員の籍を手に入れた。
ますます何の楽器にしようか、悩むわけだが一つだけ気にかかる噂がある。
どうも「上下関係」が厳しいらしいのだ。少しくらいの上下関係、例えば敬語とかした働きとかくらいは誰でも覚悟して入るのだが、半分程度は文芸部へ転部して幽霊部員となるらしい。これは決して文芸部を貶めている訳ではなく、うちの高校における文芸部の存在がそうであるというだけだ。それでも文芸部の実際に活動している部員は各学年5人程度いるらしいし、部長もそれがちょうどいいっていうらしいけど。
少し話が反れたが、ちとくらいの鍛錬には俺も耐えるつもりである。こんなこと言っているやつが転部していき、実際「この頃の俺は甘かったー」と後悔するのかもしれないけど。
いよいよ第一回目の部活。
それ自体はつつがなく終わり、楽器も順調に決まった。俺はフルート。やっぱりフルート持って立ってると、人にはよれども様になるもんだね。
フルートで吹ける音が一つ、一つ、増えていく。すごい楽しい。もう夢中になっていく。朝練に毎日一番乗りで、職員室から部室の鍵を持っていって開ける。これくらい部にも貢献していたら先輩にも文句は言われまい。
それは甘かった、というのが現在の結論だが。この部における秩序は、演奏技術とは別次元で動いていた。
ついに、事件は起こった。
部活に慣れようとしているある日、高2の女の先輩からこんなことを言われた。
「2年と3年の分のジュース、買って来なさい」
「え?」
そりゃ、驚く。いきなりジュースですよ。
「お金は……?」
「そんなの自費に決まってるでしょ?とっとと買って来なさい」
「そんな……」
これに逆らっちゃいけないらしい。これが上下関係。
買ってきたわけだが、その時自分の分も1つ買ってきた。ところがそれも、
「1年の分際でなんだ。もう1杯飲んでやる」
なんて言われて、お陀仏である。先輩のゴキュゴキュ鳴っている喉が、実にうらやましい。
「金、貸してくれ」
ある日は、こんなことも言われた。
この頃には少しここにおける、上下関係の厳しさも分かっていたので文句も言わず、貸した。
でもいつまで経っても返ってこない。
先輩に聞いたら、平然とこう言われた。
「お前は、ケチなやつだな。貸すっていったら無期限なんだよ。俺だって1年の頃はそうされたもんさ。お前も2年になったらしてみたらどうだ? はっは」
ふ ざ け る な。そんなこと絶対するもんか。
こんなことが多発するうちに、親からも金銭のことで咎められることも時に起きるようになり、堪忍袋の尾が切れた。部長のところへ向かう。
「キャプテン」
「ん? どした」
「この上下関係はなんですか? 演奏技術と関係なく奴隷のように働かされる。それはまだいいとしても、お金を貸したらあげたも同然? お小遣いが足りなくなったなんていって、親に攻め立てられる僕も大変なんですよ?」
大声で、責め立てた。部室が静まり、部員全員がこちらを向く。
「……」
さすがに部長なら、いい答えを返してくれるだろうと希望を持っていた。ところが、期待した答えは返ってこなかった。
「こういう部なんだよ」
「キャプテンはこの姿勢を変えようとは思わないんですか! こんなことがはびこっていては、いずれ演奏技術にだって何らかの影響を及ぼします。吹奏楽部の基調はハーモニー、人間関係だって言ってたじゃないですか」
「じゃあ言わせてもらうと、これがこの部の人間関係の調和の仕方だ」
さすがにもう何も言えなくなった。部長は続ける。
「大富豪は知っているか」
「知ってますけど、何ですか」
「革命、都落ち、イレブンバック……いろいろあるな。僕の学年ではイレブンバックが認められていなくてね、なかなかチャンスが巡って来ない」
部長は微笑んだ。俺の怒りは増すばかり。
「でもね、それがローカル・ルールなんだ。特に大富豪とか部活とか。イレブン・バックがどうしても欲しかったら、そのゲームを抜けて一人でやればいい。でも一人で大富豪はできるか? そういう話だよ」
「納得できません」
俺は言った。
「絶対に、そんなこと認めません」
それから2年が経った。
俺は今部員から、「キャプテン」と呼ばれる職についちまった。
1年も部活になじみつつある頃、俺のところに後輩が憤然とした顔をしてきた。
「キャプテン」
「ん? どうした」
「このひどい上下関係は何ですか? こんな、互いの信頼が崩れるような関係なんか必要ないと思います」
「そうか」
俺はじっくり、そいつを見た。
「俺も2年前もそう思っていたし、今もそう思うよ」
「だったら、」
「大富豪は知っているか」
2年後の今、俺も微笑んだ。
ちょっと不安定ながら、短編3つ目。
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