第3話 ウサギとの面倒な約束
瓦礫の中から現れたのは、綺麗なグレー色の毛並みをしたウサギだった。片側の耳には、レースのりぼんを着けている。彼女は土埃を振り払うように頭を軽く振った。それを眺めて、ずっと呆けていたサクラはやっと我に返る。
(ヤッべ―――・・・いたよ被害者・・・・どうしよ・・・・やっぱ謝っといたほうがいいよな。でも、もし許してもらえず訴えられたら、そん時は逃げる)
逃亡計画を立てつつ、サクラは被害者ウサギに近づいき話しかけた。
「あの・・・えと、大丈夫?」
ウサギはサクラの方を向き、笑顔で答える。
「ええ、大丈夫です」
ウサギの穏やかな口調に少しホッとしたサクラは、早いこと謝って退散しようと思った。
「あぁ・・・と、この爆発、俺のせい・・・たぶん。とりあえず、危ない目に合わせて悪かった。・・・それじゃッ」
そう言って、頭を下げたサクラは直ぐに顔を上げ、回れ右をし走り去ろうとした。が、失敗。なぜかサクラの鼻先には鈍く光る剣先が迫っていた。サクラに刃を向けているのは、これまたウサギだった。焦げ茶の毛色をしており、片目には傷がある。
「貴様、ラピス様に何をした」
傷ウサギは、サクラを睨みつけながら低い声で問うた。彼の威圧に少々ビビりながらも、どう説明していいのやらと考えあぐねるサクラ。
「何を・・・と訊かれても、俺だってよく分かんないんだけど。なんか、俺の中から出てきた光の球が爆発して、彼女を巻き込んじゃったとしか・・・」
サクラ自身何が起こったのかさっぱりなのだ。訊かれてもまともな答えなど答えられるわけがない。傷ウサギは、剣をそのままサクラに突き付け、ジロジロと見てきた。
「・・・・貴様は何者だ。なぜ貴様のような者がこの世に存在している」
続けざまに質問してくる傷ウサギに、サクラは嫌気が差してきた。答えてやるもんかよッ!!と、心の中では強気な事を言ってみるが、実際には鼻先の刃が恐ろしく、素直に答えちゃったりする。
「何者って・・・見ての通り猫ですが」
「・・・・・」
傷ウサギは片目を細くし、沈黙した。
おいッ!そこでだんまりかよッ!!こちとら嫌々ながらも答えてやったってのによ。
「とりあえず剣を収めて」
今まで静かに事の成行きを見ていた”ラピス様”と呼ばれていたウサギが、傷ウサギに注意をした。傷ウサギは大人しく言葉に従い、無言で剣を収める。サクラは、とりあえず今死ぬことはないと分かり、小さく息を吐く。
「突然の無礼な行為、お許しください」
ラピス様は丁寧な口調でサクラに非礼を詫びた。
「いや、こっちこそ。危ない目に合わせたし・・・・」
そう、危うく殺してしまうところだった。本当だったら俺が謝られることなどあり得ないのだが。なんだか罪悪感を感じつつ、へらへらと苦笑いしていると、突然ラピス様が変な質問をしてくる。
「大変失礼なことをお聞きしますが、貴方様は今までどのように生きてこられたのですか?」
「・・・・・は?どのようにって、普通にのんびりと生きてきたけど。猫だから」
事実をそのまんま答えただけなのに、何故かラピス様は怪訝な表情をする。
「・・・・猫なのに、ですか?」
いや、猫だからだろ?何でそんな当たり前のこと訊くんだよ。
「さっきから何がそんなに不思議なんだ?俺を見物してた奴らもそうだったが、猫はそんなに珍しいのか?俺のいた世界じゃ、猫なんて腐るほどいたけどな・・・・」
「いた世界?貴方様は異世界から来られたのですか?」
「んんー・・・多分ね。俺、この世界の事全く知らんし」
ここが、俺にとって異世界なのは確実だ。人間がいなくて、動物だけなんてあり得ないし。よく経済成り立ってるな・・・。
思考が逸れて、変なことを考え始めたサクラに、ラピス様は話を続けた。
「・・・・・そうですか、少々信じ難いですが、それなら貴方様が今、ここにおられること自体は納得がいきます」
「納得って、なんで?」
「貴方様はこの世界に来てから、自分と同じ者を見ましたか?」
「いや?見てないけど」
「貴方様と同じネコ族の方々は100年前に滅んだのです」
「滅んだって・・・・戦争か何かで?」
「はい、ネズミ族との戦いに敗れ、ネコ族は全員皆殺しにされました」
へー・・・だからこの世界には猫がいないのか。そうかそうか、戦争で負けたのか。ネズミに。・・・ネズミに?
「え・・・はッ?ちょ・・・ちょちょちょッ!ネズミッ!!ネズミに負けたの?猫が?こんな小っさなネズミにかッ?」
サクラは両手で、蜜柑の大きさくらいの形を作った。
「・・・・?そちらの世界ではネズミ族はそんなに小さいのですか?こちらのネズミ族は貴方様と同じ位の大きさです」
ええ~~・・・ネズミが俺と同じ大きさって、キモッ・・・・。
「・・・マジかよ。何?これってもしかして、あれか?下剋上とかいうやつ?」
「ゲコクジョウ?」
ラピス様が俺の意味不明な言葉を聞いて首を傾げた。
「あ、いや。こっちの話」
気にしないでくれ、俺も最近知ったんだこの言葉。次男椿が歴史の勉強をしてた時、傍でたまたま聞いてたから、なんか使ってみただけ。よくあるよね、覚えたての言葉を言ってみたくなる時って。
「今の話で分かってもらえたと思いますが、貴方様はこの世界に存在する筈の無い方です。ですからあのように捕えられ、見世物にされてしまったのです」
「うん、まあそこんとこは理解したけど。で?俺は元の世界に帰れると思う?」
彼女に訊いたところで分かるはずもないと分かってはいるが、訊いてみたくもなる。他に何も方法がないのだから。
「いえ、残念ながら正しいご返答はお答えできません」
いや、別にいいんだよ。そんな真面目に答えようとしなくて。訊いてみたかっただけだから。と、そう言おうとしたサクラよりも早く、傷ウサギがズバンと言い放つ。
「ラピス様は何も悪くありません。そんなこと、こいつが自分で考えればいいだけの事」
いちいちムカつく奴だな。こいつ。
「はいはい。あんたの言うとおりだよ。んじゃ、俺は行くから。さいなら」
片手をひらひらと振りながらその場を去ろうとするサクラをラピス様が引きとめた。
「あのッ、お待ちください」
「まだ何か?」
「貴方様の帰る方法、私も一緒に探させてください」
「はい?」
何言ってんだ?このウサギさん。まあ、手伝ってくれた方がこっちとしては有難いが・・・。
呑気なサクラとは裏腹に、傷ウサギは慌てた様子。
「ラピス様ッ!何を考えてッ」
しかし、ラピス様は傷ウサギの問い詰めをスルーした。
「その代わり、貴方様にも手伝って貰いたいことがあります」
なんだ、条件付きかよ。ま、ただで上手い話なんて転がってこないよな。
「で?何手伝えばいいわけ?」
「はい。私どもと共に、救って頂きたい人物がいます」
「救ってほしい?誰を」
「ノースウサギ国の王族です」
はー・・・・何かいろいろ突っ込みたいけど、王族のところだけ突っ込むことにした。
「何でいきなり王族?あんたの知り合い?」
サクラはあまり興味な下げに訊く。
「はい。私の家族です。私はノースウサギ国第三王女です」
「へー。あんたお姫さんなんだ」
サクラの態度に傷ウサギがキレる。
「無礼者ッ!!貴様この方のご身分を知ってなお、その態度をとるとはッ許さん!!」
大声で怒鳴り散らす傷ウサギにサクラは片耳を手で押さえ、気だるげに返す。
「知るか。俺の世界じゃ、んな動物に王族なんてものねぇし」
サクラの更なるいい加減な態度に、傷ウサギは身を乗り出す寸前だった。
「―――ッ貴様」
「止めなさい。ウォーレン」
お姫様の一喝。傷ウサギことウォーレンは、一度サクラを激しく睨んだ後、渋々黙った。
「申し訳ありません。この者は直ぐに頭に血が上ってしまうのです」
従者の無礼を詫びるお姫様。あんたも苦労するね。お姫様。そう思いつつ、ウォーレンにあっかんべぇーをするサクラ。ウォーレンは眉間に深く皺を刻んだ。
「で?なんで余所者の俺にそんな大事なこと頼むわけ?王様助けるなら、やっぱちゃんとした奴の方がいいでしょ。兵士さんとかさ」
サクラの言葉を聞いて、ラピス様は一度苦笑した。
「貴方様のおっしゃる通りです。しかし、私どもの国はもはや敵の支配下となり、兵士たちも囚われてしまいました。兵士たちや兵士たちの家族はお互いに身の安全を考え、敵に反抗意識を見せません。そうなると、国の民は私の行動に賛同して下さらないでしょう。ですから、どなたか・・・お強い方を探しておりました」
ラピス様の説明にサクラはうんうんと頷く。
「んで、何かよく分からんけど、すごい魔力を発揮してしまった俺に頼むと?」
「はい、私たちには貴方のような強力な魔力を持った方が必要なのです。無茶を承知で・・・どうか、お願いします」
切切と首を垂れるお姫様を見て、サクラは溜息を吐いた。
「・・・・・俺が王族を助けたらさ、本当に帰る手伝いしてくれる?」
「勿論です。一生を賭けてでも、必ず貴方様が元の世界へとお戻りになれますよう、お手伝い致します」
「・・・分かった。契約成立」
サクラの了承をラピス様は心の底から喜んでいる様子の笑みを見せた。しかし、サクラの心境は複雑だった。
正直、そんな嬉しそうな顔されても困るんだよね。本当に助けられるか分かんないし。てか、魔法の使い方てんで分かんねえし。あまり過度な期待はご遠慮したいものだ。
「んで?これからどうすんの?」
あまり乗り気ではないため、適当に訊いてみた。
「・・・とりあえず、マントを購入しましょう」
「は?何でいきなりマントが出てくるわけ?」
「・・・お前の脳みそは飾りか」
今まで黙っていた傷野郎がいきなり出しゃばって来た。
「あ゛ッ?」
サクラは傷野郎を睨んだ。ラピス様はそんなサクラ達を見てため息を吐く。
「貴方様のお姿は、とても目立ちますから」
「あ、そゆこと」
サクラは納得した。
俺、この世界じゃ珍しいんだったな。でも、何だ?てことは、これからずっと姿さらしちゃダメってことか?・・・・面倒くせ――・・・。
「ところで、まだ自己紹介をしていませんでしたね。私はラピスと申します。こちらは私の従者、ウォーレンです」
あれ、まだ自己紹介してなかったっけ?話長すぎて気づかなかった。
「俺はサクラ」
「サクラ様ですね」
サクラは鳥肌が立った。なんじゃ”様”って・・・。
「あー、様は無し。なんか固っ苦しくて面倒。サクラでいいよ」
「・・・・分かりました。では、サクラ」
「はいはい?」
「改めて、これからよろしくお願いします」
ラピスは深々とお辞儀をした。
「こちらこそよろしく~」
そう言って、次にサクラはウォーレンの方を向いた。
「君もよろしく」
「・・・・」
ウォーレンは渋い顔をしただけだった。
「無視かよ。ま、いいけど。逆にお前に仲良くされてもキモいだけだし」
サクラはウォーレンに悪態をついて視線を外した。
あーあ・・・・・俺が王様を助ける?何だ、このヒーロー的な展開。似合わなすぎて笑えてきた。俺は面倒事は嫌いなんだ。誰かを助けるなんて、一番面倒なことじゃねえか。さっさと帰る手掛かり見つけておさらばしよ・・・。
サクラは溜息を吐きながら、瓦礫の上を気だるげに歩いて行った。
前作から結構日数が経ってしまいました。申し訳ない。次話からはやっとサクラの異世界での旅が始まります。お楽しみに。