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一話:ドレッド君

五月晴れというには、太陽がよく仕事をしていた。

それでも風は、緑の匂いを運んでくる。

せっかくの風流を台無しにしてやろう。


ポケットからセブンスターを取り出す。

ポンポンと叩くと、一本だけ頭を出したそれを口に運ぶ。

僕は百円の安いライターしか使わない。


ネットでうちの大学名を検索して欲しい。

大学名の後の予測がヤバいと出てくる。

そんな学校の喫煙スペース。

キャンパスの近くにもっと利便性の良い喫煙所がある。

そんな青春に染まった場所、僕には似合わない。

 

事務棟を通り抜けた先。

ガラス張りの開き戸を開いたベランダに設置された灰皿には吸殻が数本しか溜まっていない。

 

二人も入れば窮屈になるその空間。

ここから街を見下ろすのは気持ちがいい。


僕が煙草を吸うのは、ニコチン中毒だからではない。


一本目を吸い終わる頃に扉が開いた。

少しだけ右側に詰めるのがここのマナーだ。


お互い軽く会釈だけした。


髪の毛はグルグルと巻いたロン毛。

ドレッドヘアってやつだろうか。

男物の香水が鼻につく。

それよりも、頭から漂う異臭。

僕の鼻はそれをダイレクトに食らった。

風呂キャンセル界隈の方がまだマシだろう。

更に一歩右に寄る。


煙草の銘柄はパーラメントのロング。

僕には高くて手が出せない銘柄だ。

シルバーの黒い石のついたZIPPO。

火の付け方は手で覆うタイプか。


対戦よろしくお願いします。

 

二本目を取り出し口に咥える。

カシュ、カシュとライターが点かない演技。

我ながら慣れたもんだ。


「あれ…すいません、ライターお借りできますか」

片手を拝み手にしてドレッド君にジャブを打つ。

何も言わずにライターに火を点け、手で囲う。

そのまま僕の顔に差し出してくる。

人の火をつける仕草も手馴れたもんだ。

昔は悪かった…いや、今も悪い可能性はある。

「ありがとうございます、助かりました」

ドレッド君は「うす」と小さく顎を下げた。

僕はそんな小さな言葉も聞き逃さない。


二人の煙が混ざりあって街の方に流れていく。


さて、追撃のタイミングか。

「なんか元気なさそうですね、大丈夫ですか」

灰皿に灰を落としながらさりげなく伝えた。

心配そうな顔も鏡の前で何回も練習済みだ。

「いや、別に、なんもっす」

一瞬だけこちらを見て視線を街に向ける。

寂しそうな横顔だった。

今までの経験から、この顔は女絡みだ。


「いや、僕も落ち込んでたんで」

すかさず自己開示に切り替える。

「へー、なんかあったんすか」

「この前の講義で失敗しちゃってね」

「なんすか?」と言いながら右へ一歩寄ってくる。

 

「プロジェクター使ってたんだけどさ」

「女からのメッセージが表示されちゃって」

「しかも内容が、今日の夜も頑張ろうねって」

大学生なんて下ネタ大好きだろ。

 

「おもろいっすね!」

彫りの深い顔がくしゃっとした。

相変わらず異臭のする頭をこちらに寄せてくる。

 

「だから落ち込んでて、人の話も聞きたくてね」

「あー、でも面白くないっすよ」

ボリボリと頭を搔くその指はどんな匂いなんだろう。

それより、どんな話が飛び出してくるのか。


ドレッド君は遠くの街に視線を向ける。

それは、出会ってから一番悲しい顔。

 

「いや、実は母ちゃんが病気なんすよ」

「大学辞めて働こうかなって、そんだけっす」

 

ドレッド君から異臭が消えた。

 

「…」


落とし忘れた灰が僕の革靴を汚した。

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