心恋
うらごい【心恋】心の中で恋しく思うこと
「三貴……父さんな、お母さんを殺そうと思うんだ」
父にそう言われて、僕の手は止まった。
僕の実家は、そこそこ古い歴史のそこそこ有名な霊媒師の家系だった。
人と妖が共存するようになった今では霊能力者なんて鼻で笑われる事が多いけれど、未だにうちに相談に来る人は後を絶たない。
たまに、政治家とか『先生』と呼ばれるような偉い人も来たりしている。
僕は恥かきっ子の三男坊で、霊力的な物は殆ど無い出涸らしなのだけれど。
高校を卒業した現在、父の助手として家業を手伝っているのは僕だけだ。
(兄さん達がアレじゃあなぁ……)
うちの兄二人は、一言でいうならば『ロクデナシ』だ。
上の兄は家業の手伝いなんてした事もないのに、自分でやっている会社を大きくする為にご贔屓の政治家に取り入ろうと定期的に我が家の仕事に口を挟んで引っ掻き回してくる。
下の兄は女好きで、何度女性問題で揉めたか……と言うか今も揉めている。
そして、そんな二人の元凶が……。
「母さん、どこへ行くの?」
玄関の姿見で、身嗜みを整えていた母に声をかける。
きつい香水の匂いが鼻についた。
「……何よ、私が出かける度に声をかけないでちょうだい。どこに行こうと私の勝手でしょう?」
そう言いこちらを睨み付け、これ以上は問答無用とばかりに飛び出して行った母に溜息をついた。
(どうせ、男のところだろうな……)
母は、世が世ならな名家のお嬢様だったそうだ。
我が家と縁を結びたい母方の実家からの、断ると多方面に角が立つ為に渋々受け入れた縁談だったと亡き祖父母が言っていた。
母は実家で甘やかされて育ったらしくとにかく我儘で癇癪持ちで、辞めたり辞めさせられた使用人は数知れず。
贅沢も酷かったが、幸い我が家の稼ぎでなんとか出来る程度だったから家は傾く事はなかったけれど。
兄達が生まれてからは、堂々と浮気をするようになったそうで。
僕が出来た時は浮気相手の子じゃないかと言われていたけれど、産まれてみれば少ないながらも霊力の波長がちゃんと我が家のもので。
何より、僕が一番父に似ていたらしい。
浮気で妊娠したかもしれないのを誤魔化す為に父を誘った時に出来たかもとの事で、まぁ正直あんまり聞きたくはなかったよね。
母さんがそんな調子だから、兄達もすっかり悪い方に感化されてしまって。
みんな勝手ばかりして、尻拭いはいつも僕と父さん。
何の能力もない僕が、親族や同業の人達から一番まともって言われてちょっと複雑なんだけど。
そんな風に苦労してきた父さんが、母さんを殺すそうで。
多分、今付き合っている男があまり良くない噂のある奴だから、父さんもついに重い腰を上げたのかな。等と思う。
「止めた方がいいのかなー。でも、その方が良いような気がしてきたなー」
しかし本当に殺したら、いくらコネのある我が家でも流石にアウトだろう。
ブツブツ言いながらグラスの中のアイスコーヒーをストローでクルクルと回していると、向かいに座っていた勝敵君が「先輩……?」と心配そうにこちらを伺ってきた。
彼は、高校時代の部活の後輩で。
今でも空いた時間にこうしてお茶に付き合ってくれて、僕のダル絡みの相手をしてくれる良い子だ。
「先輩、凄い眉間のシワですけど……大丈夫ですか?」
そう言いながら、自分の手元のプリン・ア・ラ・モードを差し出してきた。
彼は、今いる喫茶店に来るといつもコレを頼んでいる。
きっと凄く美味しいのだろう。
「一口食べますか?」
その可愛らしい問いに、僕はなんだか自分が悩んでいるのがバカバカしくなって、彼のフルーツとクリームたっぷりのそのプリン・ア・ラ・モードから少しだけプリンとクリームを掬うと口に入れた。
固めで卵の風味がしっかりするプリンと、クドくない甘さのクリームの絶妙なバランスがとても美味しかった。
「……美味しい。僕も次に来た時は、それにするよ」
僕がそう返すと、勝敵君は嬉しそうに笑った。
その口に、僕が食べていたかき氷を突っ込むと、驚いて真っ赤になっていたけれど。
うーん、勝敵君を見ていると、癒やされるけど何かに目覚めそう。
結局、僕がどれだけ悩んでも、僕に出来るのは父さんを止める事くらいで。
端からそんなつもりはなかったのに、こうして悩む事で自分の罪悪感から逃げていたのだろう。
それから一度も、父さんの口からその話は出なくて。
僕もまるで何事もなかったかのように、いつもの日常へ戻った。
そしてアイスコーヒーの美味しい季節から、そろそろ温かい飲み物が恋しくなる頃に、母さんは死んだ。
死因は心筋梗塞らしいけれど、本当かは分からない。
母さんの部屋は、丁度引っ越しでもしようとしていたかのようにキレイにまとめられていたから、片付けも楽だった。
どんな方法を使ったのかなんて知らないし、知りたくもない。
でも、僕だけは何があっても、父さんの味方でいよう。
そう思っていたのだけどね。
「あぁ、華恵。やっと帰ってきてくれたんだね。これからは、ずっと一緒だよ」
そう呟きながら母さんの遺骨の入った骨壷を抱き締める父を見て、人生って本当にままならないんだなぁ。って思った僕は、また後輩君に会いたくなるのだった。




