公爵令嬢なのに武装メイドとして姫をお守りします。礼儀作法も完璧で最強無双です
■第1話 公爵令嬢のメイド
私はカーラ・ドレスティア。
マーカル王国でも指折りの公爵家、ドレスティア公爵家の長女である。
普通なら、こんな場所にいるはずのない身分だ。
華やかな舞踏会でドレスを翻し、貴族の令嬢たちと優雅に談笑するか、あるいは政略結婚の話で両親に頭を悩ませているのが、私のような立場の少女の日常のはずだった。
なのに今、私は黒と白のフリルが重なるクラシックなメイド服に身を包み、長い銀髪をきっちりとまとめ、リボンで飾ったヘッドドレスを被っている。
腰には小さなエプロンを結び、胸元にはドレスティア家の紋章を象ったブローチが控えめに光っている。
そして――太ももの内側、ガーターベルトの下に隠された細長いタクトが、いつでも私の意志に応じて魔力を放てるよう、静かに息を潜めている。
ここは王宮の後宮。
マーカル王国の第三王女、ハミーラ・レオノーラ・マーカル様の私室に続く廊下だ。
「カーラ、お茶の準備はできましたか?」
柔らかな声が扉の向こうから響く。
聞き慣れた、でもどこか甘えるような響き。
私はすぐに姿勢を正し、完璧なメイドの微笑みを浮かべた。
「はい、姫様。ただいまお持ちいたします」
扉を開けると、そこには薄桃色のドレスに身を包んだハミーラ姫が、窓辺のソファに腰掛けていた。
十七歳。
私より一つ年下だが、王女としての気品はすでに完成されている。
長い金髪が陽光に透けて、まるで光の糸のようだ。
私は銀のトレイを両手で持ち、静かに歩を進める。
トレイの上には、香り高い紅茶のポットと、カップ二つ。
ソーサーには小さなクッキーが並んでいる。
すべて私が今朝、厨房で焼かせたものだ。
「いつもありがとう、カーラ。あなたがいると、本当に助かるわ」
姫はにっこりと笑う。
その笑顔があまりに無邪気で、私は一瞬だけ護衛の仮面が緩みそうになる。
だが、すぐに意識を戻した。
私はメイドとしてではなく、護衛としてここにいるのだから。
「恐縮でございます、姫様。お口に合えば幸いです」
カップに紅茶を注ぎながら、私は視線を部屋の隅々に走らせる。
窓の外、カーテンの陰、扉の隙間、天井の梁。
異常はない。
今日も、後宮特有の甘い花の香りとともに、静寂が満ちている。
ハミーラ姫はカップを受け取り、そっと口をつける。
ふう、と小さく息を吐いてから、悪戯っぽく目を細めた。
「ねえ、カーラ。あなたって本当に不思議よね。公爵令嬢なのに、こんなにメイドが板についているなんて」
私はトレイを脇のテーブルに置き、自分の分もカップに注ぐ。
姫の隣に腰掛けるのは、メイドとしては失礼かもしれないけれど、姫が許してくださっている。
むしろ、強制的に「座りなさい」と言われることが多い。
「公爵令嬢だからこそ、礼儀作法は完璧に身につけております。メイドの所作も、その一部に過ぎません」
「ふふ、そうやってさらっとかわすのね。でも、本当は嫌々やってるんじゃないかって、時々思うのよ?」
「滅相もございません。姫様にお仕えできることは、私にとって光栄でございます」
本当は、半分本音で半分建前だ。
私はドレスティア家に生まれた瞬間から、魔法の才能を認められ、厳しい訓練を積んできた。
父上は「我が娘は王家を守る剣となれ」と言い、私はそれを受け入れた。
護衛という任務は、拒否する選択肢など最初からなかった。
けれど――。
「カーラのメイド姿、すごく可愛いと思うわ。私、毎日見ていても飽きないのよね。このフリルとか、エプロンのリボンとか……あ、太ももも綺麗」
「姫、姫様!」
思わず声が裏返った。
ハミーラ姫はくすくすと笑いながら、私のスカートを指でつまんで持ち上げようとする。
私は慌てて手を押さえた。
「だ、駄目です! そんなことをなさらないでくださいませ!」
「えー、いいじゃない。少しだけ見せてよ。武装メイドのカーラの秘密兵器、隠してるんでしょう?」
「……姫様は本当に意地悪でいらっしゃいますね」
私はため息をつきながらも、口元が緩むのを止められなかった。
姫はいつもこうだ。
私の正体を知りながら、わざとからかってくる。
まるで、私がただのメイドではなく、もっと近い存在であるかのように。
実際、私たちは歳が近い。
姫は十七、私は十八。
後宮という閉ざされた世界で、唯一と言っていいほど「対等」に話せる相手が、私しかいないのかもしれない。
「ねえ、カーラ。今日の午後は何も予定がないのよね?」
「はい。謁見も、茶会も、舞踏会の準備もございません」
「じゃあ、一緒に庭を散歩しない? 薔薇がすごく綺麗に咲いてるのよ」
私は一瞬、考える。
庭は開けた場所だ。
狙撃の危険、隠密の接近、毒矢、魔法の遠距離攻撃……リスクはゼロではない。
だが、姫の瞳があまりに期待に輝いている。
「……かしこまりました。ですが、私が常に一歩後ろをお供いたします」
「やった! じゃあ、準備してくるね!」
姫はぴょんと立ち上がり、部屋の奥の衣装部屋へと駆けていく。
私はその背中を見送りながら、そっと息をついた。
――可愛らしい方だ。
護衛対象であるはずなのに、こうして心が揺れる自分が、少しだけ不思議だった。
私は立ち上がり、トレイを片付けながら、もう一度部屋を見回す。
異常なし。
窓の外も、廊下の気配も、すべて平穏だ。
それでも、私は知っている。
この平和は、いつ崩れるかわからない。
だからこそ、私はここにいる。
公爵令嬢の顔を隠し、メイドの仮面をかぶり、完璧な礼儀作法で振る舞いながら――。
最強の武装メイドとして、ハミーラ姫をお守りするために。
私はもう一度、太もものタクトにそっと指を這わせた。
冷たい金属の感触が、私の決意を静かに確かめる。
今日も、私は笑顔で姫のお傍に控える。
そして、誰にも気づかれぬまま、世界の裏側で戦い続ける。
それが、私、カーラ・ドレスティアの日常なのだ。
■第2話 本業の片鱗
私はカーラ・ドレスティア。
今日も黒と白のメイド服に身を包み、ハミーラ姫の私室へと続く長い回廊を歩いている。
午後の陽光がステンドグラスを通り抜け、床に色とりどりの光の欠片を散らしている。
後宮はいつも静かだ。
貴族の令嬢たちがひそひそと噂話を交わす声すら、ここでは遠く霞むように聞こえる。
しかし、私の耳はその静けさの中に、わずかな違和感を捉えていた。
――誰かがいる。
足音ではない。息遣いでもない。
もっと微細なもの。
布が擦れる音、金属の留め具がわずかに鳴る音、そして、微かに漂う、甘ったるい香水の残り香。
私は歩調を変えず、表情も崩さない。
トレイに載せた銀のティーポットとカップが、かすかに揺れるだけだ。
回廊の突き当たり、姫の私室の手前にある小さな中庭に面したアーチ。
その陰に、男が立っていた。
バラン男爵。
三十路を少し過ぎた、脂ぎった顔の貴族。
金糸の刺繍が派手に入った上着を着込み、腰には飾り剣を下げている。
後宮に男が立ち入ること自体が異例だが、彼は「王女殿下への贈り物の届け出」という名目で、今日もここに忍び込んでいた。
私は静かに近づき、男爵の背後に立つ。
「男爵閣下」
声をかけた瞬間、バラン男爵の肩がびくりと跳ねた。
彼は慌てて振り返り、私の姿を見て一瞬安堵したような顔をしたあと、すぐに警戒に変わった。
「……ドレスティア公爵家の、お嬢様……でしたか。いや、メイドの姿で?」
「どちらでも結構です。ここは後宮。男性の立ち入りは、特別な許可がなければ禁止されております」
私はトレイを片手で持ち、もう片方の手でスカートの裾を軽く持ち上げ、優雅に一礼する。
完璧なメイドの所作だ。
男爵は口の端を歪めて笑った。
「特別な許可? 私は王太子殿下からの伝言を――」
「その言い訳は、三日前にもお使いになりましたね」
私の言葉に、男爵の目が細くなる。
「……随分と物知りなメイドさんだ」
「姫様のお傍に控える身として、当然のことです」
私は一歩踏み出し、距離を詰める。
男爵は後ずさりながら、腰の飾り剣に手をやる。
だが、その動きはあまりに遅い。
「さて。そろそろお帰りいただきましょうか」
「ふん……小娘が」
男爵が剣を抜きかけたその瞬間――私は右足をわずかに上げ、太ももの内側に隠していたタクトを指先で弾いた。
シュッ、という空気を切る音。
次の瞬間、男爵の足元から透明な水の渦が巻き上がり、彼の両足首を絡め取った。
水は瞬時に硬質化し、氷の鎖と化す。
「なっ――!?」
男爵がバランスを崩して膝をつく。
私はさらに左手を軽く振る。
水魔法が再び奔り、今度は男爵の両腕を背中で交差させるように拘束した。
すべて、3秒もかかっていない。
「っ……ぐっ……!」
男爵は顔を真っ赤にして唸るが、身動き一つ取れない。
私はトレイをそっと床の縁に置き、ゆっくりと近づいた。
「バラン男爵。あなたがここに来る理由は、贈り物でも伝言でもありませんね」
「……何を……」
「リーザン帝国からの密書を、ハミーラ姫に渡そうとしていたのでしょう? あるいは、姫の動向を探るための工作か。どちらにしても――許されません」
男爵の顔から血の気が引いた。
私は男爵の懐から、薄い羊皮紙の封書を抜き取る。
封蝋には、リーザン帝国の双頭の鷲が刻まれていた。
「これで、四度目です。次は、もっと厳しく対応させていただきます」
私はタクトをもう一度軽く振る。
今度は氷の鎖が男爵の口元まで這い上がり、言葉を封じた。
「――っ!」
「静かに。姫様のお休みの時間です」
私は男爵の襟首を掴み、まるで荷物でも運ぶように引きずって中庭の外へ出る。
そこにはすでに、後宮の衛兵たちが待機していた。
私が事前に合図を送っておいたのだ。
「こちらをお預かりください。尋問は、いつもの部屋でお願いします」
衛兵の一人が頭を下げ、男爵を引き継いでいく。
私は何事もなかったかのようにトレイを拾い上げ、髪を整えた。
そして、姫の私室の扉をノックする。
「姫様、カーラでございます。お茶をお持ちいたしました」
扉が開き、ハミーラ姫が顔を覗かせる。
いつもの薄桃色の室内着姿で、髪をゆるく結んでいる。
「カーラ! 遅かったわね。何かあったの?」
私は微笑んで首を振る。
「少々、廊下の掃除に手間取ってしまいまして。申し訳ございません」
「ふーん……」
姫は疑うような目で私を見るが、すぐに笑顔に戻った。
「まあいいわ。入って入って。今日はレモンクッキーがあるんでしょ?」
「はい。焼きたてです」
私は部屋に入り、テーブルにティーセットを並べる。
姫はソファに腰を下ろし、膝の上で手を組んで待っている。
紅茶を注ぎながら、私はさりげなく尋ねた。
「姫様。バラン男爵がまた来ていたようですが……ご存知でしたか?」
姫はカップを受け取りながら、くすくすと笑い出した。
「知ってるわよ。あの人、毎回毎回同じ言い訳してくるもの。面白いわよね」
「……面白い、ですか?」
「だって、カーラがいる限り、あの人なんてどうにもならないじゃない。氷漬けにされちゃうんだから」
私は思わずカップを持つ手を止めた。
「……姫様、まさか」
「見てたのよ。窓から。すごかったわ、カーラ。あの速さ、綺麗だった」
姫は目を輝かせて、私を見つめる。
「公爵令嬢なのに、メイドなのに、護衛なのに……全部完璧で、本当に頼もしい。ありがとう、カーラ」
その言葉に、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「恐縮です、姫様。ただ、私の務めを果たしたまでで」
「ううん。違うわ」
姫はカップを置いて、私の手をそっと握った。
「カーラがいてくれるから、私は笑っていられるの。怖くないのよ」
一瞬、言葉に詰まる。
私は、護衛としてここにいる。
任務として、命を預かっている。
それなのに、こんなにも素直に感謝されると――心が揺れてしまう。
「……姫様」
「ねえ、カーラ」
姫は悪戯っぽく笑って、私の頬を指でつついた。
「これからも、ずっとそばにいてね。最強の武装メイドさん」
私は小さく息を吐き、微笑みを返す。
「もちろんでございます。どこまでも、お供いたします」
外では、衛兵たちがバラン男爵を連行していく足音が遠ざかっていく。
私はもう一度、太もものタクトに指を這わせた。
冷たい感触が、私の決意を再確認させる。
今日も、私は笑顔で姫のお茶を淹れる。
そして、誰にも気づかれぬまま、影で戦い続ける。
それが、私の――本業なのだ。
■第3話 お茶会の日
私はカーラ・ドレスティア。
今日も完璧に仕上げたメイド服の裾を軽く払い、ハミーラ姫の私室の扉を静かにノックした。
「姫様、カーラでございます。お茶の時間でございます」
「はーい、入って入って!」
扉の向こうから、弾むような声が返ってくる。
私は微笑みを浮かべ、銀のトレイを両手で持ち直して部屋に入った。
室内はいつものように、柔らかな陽光と花の香りに満ちている。
窓辺には白いレースのカーテンが揺れ、テーブルの上にはすでに小さな花瓶に活けられたスズランが置かれていた。
姫が自分で摘んできたのだろう。
ハミーラ姫は、淡い水色のサマードレスに着替え、ソファに浅く腰掛けて待っていた。
金髪をゆるく三つ編みにまとめ、耳元に小さな白い花を挿している。
まるで絵本から抜け出してきたような可憐さだ。
「今日は特別に、苺のタルトを用意してもらいましたのよ。厨房のシェフに直々に頼んだの」
「それは楽しみでございますね。姫様のお好みに合わせて、甘さは控えめに仕上げてあると伺っております」
私はトレイをテーブルに置き、ティーポットを手に取る。
今日はダージリンのファーストフラッシュ。
香りが部屋に広がるのを待って、ゆっくりとカップに注いだ。
「いつもありがとう、カーラ。あなたがいると、本当に贅沢なお茶会になるわ」
姫はカップを受け取り、ふうっと息を吐いてから、にっこりと笑う。
私は自分の分も注ぎ、姫の向かいに腰を下ろした。
メイドとしては本来、立ったままで控えるべきだが、姫が「座らないと私も座れないわよ」と毎回強制してくるので、もう諦めている。
「それにしても……」
姫は私の姿を上から下まで、じっくりと眺めた。
「今日のメイド服も完璧ね。フリルの段が綺麗に揃ってるし、エプロンのリボンも蝶結びが左右対称。髪のリボンも、角度が絶妙。どうやったらそんなにぴしっとできるのかしら」
「公爵令嬢として、幼い頃から礼儀作法と所作を叩き込まれておりますので」
私は控えめに微笑む。
実際、ドレスティア家では七歳の頃から、鏡の前で何時間も立ち居振る舞いの練習をさせられた。
メイド服を着るのは初めてだったが、所作自体はほとんど変わらない。
「でも、カーラがメイド服を着てるってだけで、なんだか特別感があるのよね。普通のメイドさんとは全然違うわ。……あ、太ももも今日も綺麗」
「姫様、またその話ですか」
私は思わず頰を押さえた。
姫はくすくすと笑いながら、クッキーの皿に手を伸ばす。
「だって本当だもの。ガーターベルトのラインがちらっと見えるたびに、ドキッとするのよ。武装メイドの秘密がそこに隠れてるって思うと、余計に」
「……お茶を召し上がってくださいませ。冷めてしまいます」
私は話題を逸らそうと、苺のタルトを切り分けて皿に載せた。
姫はフォークを手に取り、一口頰張って目を細める。
「ん~! 美味しい! カーラも食べて食べて」
「では、遠慮なく」
私も一口。
甘酸っぱい苺と、サクサクのタルト生地、そしてカスタードのまろやかさが絶妙に絡み合う。
厨房の腕は確かだ。
お茶をすすりながら、姫がふと口を開いた。
「ねえ、カーラ。最近、貴族の間で新しいドレスの流行が始まってるって聞いたわ。夏になると、ビキニドレスが流行るらしいのよ」
「ビキニ……ドレス、ですか?」
私は少し眉を寄せた。
ビキニといえば、水着の類いだ。
貴族の令嬢が公の場でそんなものを着るなど、想像もつかない。
「ええ。海岸の別荘で開かれるパーティー用だって。布面積が少なくて、動きやすいし、日焼けも綺麗にできるんですって。……カーラ、似合いそう」
「私には到底、お似合いになりません」
「えー、絶対似合うわよ! 想像してみて? 銀髪をポニーテールにして、白いビキニにドレスティア家のサファイアブルーのパレオを巻いて……きっと、後宮中の視線を独り占めよ」
「姫様の想像力には、いつも感服いたします」
私は苦笑しながら紅茶を飲む。
姫は楽しそうに笑い、話題を次々と変えていく。
「それからね、最近ロゼッタ伯爵夫人が新しい香水を出したの。ローズとバニラに、少しだけスパイシーな胡椒が入ってるんですって。官能的だって評判よ」
「香水は、姫様のお好みで選ばせていただきますが……胡椒は、少し刺激が強すぎるのでは?」
「だからこそ、面白いんじゃない。カーラも一度嗅いでみてよ。きっと、護衛の仕事中にドキドキしちゃうかも」
「……姫様は本当に、私をからかうのがお好きですね」
「だって、カーラが照れる顔が可愛いんだもの」
姫はそう言って、悪戯っぽく舌を出した。
私は小さくため息をつきながらも、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
こうして、何気ないおしゃべりをしている間も、私の視線は部屋の隅々を、窓の外を、廊下の気配を、絶えず捉えている。
カーテンの揺れ方、床のきしみ、遠くの足音――すべてに神経を尖らせている。
護衛の仕事は、決して休まない。
それでも、今この瞬間だけは、ほんの少しだけ、肩の力が抜けていく。
「カーラ」
姫が突然、真剣な声で私の名前を呼んだ。
「ん?」
「いつもありがとう。こうして、普通の女の子みたいにお茶を飲めるのって、カーラがいてくれるからなのよ」
私はカップを持つ手を止め、姫の瞳を見つめた。
そこには、いつもの悪戯っぽさとは違う、柔らかな光があった。
「……姫様」
「私、時々思うの。王女だからって、ずっと閉じ込められてるみたいで寂しいなって。でも、カーラがメイドのふりしてそばにいてくれるから、笑っていられるの」
その言葉に、私は静かに息を吐いた。
「私の方こそ、光栄でございます。姫様のお傍にいられることが、私の誇りです」
姫はにっこりと笑って、私の手をそっと握った。
「これからも、ずっと一緒にいてね。最強の武装メイドさん」
私は小さく頷き、握り返した。
「もちろんでございます。どこまでも」
外では、庭の木々が風に揺れている。
穏やかな午後。
私はもう一度、太もものタクトに指を這わせた。
冷たい感触が、私の役割を思い出させる。
でも今は――。
今だけは、この温かな時間が、少しだけ長く続いてほしいと思った。
私は微笑みを深くし、姫に新しいクッキーを勧めた。
「もう一つ、いかがでしょう?」
「うん! いただくわ」
姫の笑顔が、部屋いっぱいに広がる。
今日も、私は完璧なメイドとして、完璧な護衛として、ここにいる。
それが、私の――日常なのだ。
■第4話 敵国の刺客
私はカーラ・ドレスティア。
今日も変わらぬメイド服に身を包み、ハミーラ姫の私室の傍らに控えている。
午後の後宮は、いつもより少しだけ重い空気に包まれていた。
遠くの回廊から聞こえる足音が、普段より速く、慌ただしい。
侍女たちのささやき声も、どこか緊張を帯びている。
私はそれを敏感に感じ取りながらも、表情一つ変えずに紅茶のポットを磨いていた。
姫はソファに座り、刺繍の本を広げている。
表面上は穏やかな午後だ。
――来る。
直感が、背筋を冷たく撫でた。
次の瞬間、扉の外で短い悲鳴が上がった。
「きゃあっ!」
侍女の一人が倒れる音。
続いて、金属がぶつかり合う鋭い響き。
私は即座にトレイを置き、太もものタクトを指先で引き抜いた。
銀色の細長い杖が、手の中で瞬時に魔力を帯びて淡く光る。
「姫様、窓際へ!」
私は低く、しかしはっきりと指示を出す。
ハミーラ姫は本を落とし、慌てて立ち上がったが、すでに遅かった。
扉が勢いよく蹴破られ、三人の黒装束の男が飛び込んできた。
顔を布で覆い、両手に短剣。
リーザン帝国の刺客――間違いない。
双頭の鷲を模した小さな徽章が、胸元で鈍く光っている。
「王女を殺せ!」
先頭の男が叫び、短剣を振りかざして突進してきた。
私は一歩前に出る。
メイド服の裾が翻り、銀髪が風を切る。
「――させません」
左手で水魔法を放つ。
シュワァッ!
床から瞬時に水の壁が立ち上がり、突進してきた刺客の身体を弾き返した。
水はすぐに渦を巻き、男の足を絡め取って転倒させる。
二番目の刺客が横から飛びかかってきた。
短剣が私の喉元を狙う。
私は右足を軽く踏み、氷魔法を発動。
カチッ、カチカチッ!
足元から氷の棘が無数に伸び、刺客の両足を貫いた。
男は悲鳴を上げて膝をつく。
痛みで動きが止まった瞬間、私はタクトを振り下ろし、氷の鎖で両腕を背中で縛り上げた。
三番目――最後の一人が、姫の方へ走る。
「姫様!」
私は即座に跳んだ。
メイド服のスカートが大きく広がり、まるで翼のように見えたかもしれない。
空中で体を捻り、水の鞭を放つ。
ビュンッ!
鞭は刺客の首元に巻きつき、引き戻した。
男はバランスを崩し、床に叩きつけられる。
私は着地と同時に、氷の檻を生成。
透明な氷の壁が刺客を四方から囲み、完全に封じた。
すべて、十数秒の出来事だった。
部屋の中は、静寂に包まれた。
水の残響と、氷がきしむ微かな音だけが響く。
倒れた侍女が、震えながら顔を上げた。
「……カ、カーラ様……」
「大丈夫です。軽傷ですわ。すぐに手当てを」
私はタクトを太ももに戻し、素早く侍女の肩を支えて起こす。
傷は浅い切り傷。
出血は止まっている。
ハミーラ姫が、ゆっくりと近づいてきた。
顔は青ざめているが、瞳はしっかりと私を捉えている。
「……カーラ」
「姫様、ご無事で何よりです」
私は一礼し、倒れている刺客たちを見下ろした。
三人とも、完全に拘束されている。
尋問官が来るまで、逃げることは不可能だ。
「三人……全部、カーラが……」
姫の声が、少し震えていた。
私はそっと姫の前に跪き、両手で姫の手を包んだ。
「申し訳ございません。警護の網に穴を開けてしまいました。私の不手際です」
「違うわ……!」
姫は首を振り、私の頰に触れた。
冷たい指先が、わずかに震えている。
「カーラが無事でよかった……本当に、よかった……」
その言葉に、私は一瞬、息を止めた。
護衛対象であるはずの姫が、私の無事を心配してくれている。
任務としてではなく、心から。
「……姫様」
私は立ち上がり、姫を抱き寄せた。
メイド服のフリルが、姫のドレスに触れる。
「私は、絶対に姫様をお守りします。どんな敵が来ようとも」
姫は私の胸に顔を埋め、小さく頷いた。
「うん……信じてる。カーラがいるから、私、怖くないの」
その時、廊下から複数の足音が近づいてきた。
後宮の衛兵隊と、尋問官の一団だ。
私は姫をそっと離し、姿勢を正した。
「尋問は、私の仕事ではございません。こちらをお引き取りください」
衛兵の一人が頭を下げ、三人の刺客を運び出していく。
氷の拘束は、私が解除するまで解けない。
完璧な仕事だ。
部屋に静けさが戻った。
私はテーブルに残っていたティーポットを片付けながら、姫に微笑みかけた。
「姫様、もう一度お茶を淹れ直しましょうか。少し、冷めてしまいましたね」
姫は涙を拭い、くすっと笑った。
「ううん……今は、ただ、カーラと一緒にいたい」
私は頷き、姫の隣に腰を下ろした。
姫は私の肩に頭を預け、静かに目を閉じる。
私はそっと、姫の髪を撫でた。
外では、夕陽が後宮の庭を赤く染めている。
今日も、私は最強の武装メイドとして、ここにいる。
誰にも気づかれぬまま、姫の命を守り続ける。
それが、私の――使命なのだ。
■第5話 平和と闘争
私はカーラ・ドレスティア。
今日も変わらぬ黒と白のメイド服に身を包み、ハミーラ姫の私室の窓辺に立っている。
外は穏やかな秋の陽射し。
後宮の庭では、遅咲きの薔薇が赤と白に色づき、風に揺れている。
侍女たちが落ち葉を掃く音が、遠くから優しく聞こえてくる。
けれど、その静けさの裏で、王宮全体がざわついていることを、私は知っていた。
「カーラ」
姫の声に、私は振り返る。
ハミーラ姫はソファに座り、膝の上に広げた手紙を眺めていた。
封蝋はすでに切られている。
王太子からの私信らしい。
「どうかなさいましたか?」
私は静かに近づき、姫の隣に膝をついた。
姫は手紙を軽く折り畳み、私に差し出す。
「読んでみて」
私は受け取り、目を通した。
――マーナル大臣派閥の動きが、日に日に活発化している。
証拠はまだ掴めていないが、王政転覆を企てているとの確かな情報が入った。
後宮の警備を一層厳重にせよ。
特にハミーラの身辺に注意を。
短い文面だったが、そこに込められた重みは計り知れない。
「……姫様」
「怖い?」
姫は私の顔を覗き込むようにして尋ねた。
私は首を振る。
「怖くなどありません。ただ、油断は禁物です」
姫は小さく笑った。
でも、その笑顔はいつもより少しだけ脆い。
「私も、怖くないって言いたいんだけど……正直、少しだけ不安なの。父上も、兄上も、みんな忙しくて、後宮にまで手が回らないみたいだし」
私は姫の手をそっと握った。
冷たい指先が、私の掌に触れる。
「私がいます。姫様の傍に、ずっと」
「……うん。カーラがいるから、大丈夫だって思うの」
姫は私の肩に頭を預け、静かに息をついた。
私はそのまま、姫の髪を優しく撫でる。
金色の髪が、陽光に透けて輝いている。
「ねえ、カーラ。最近、変な噂を聞いたの」
「どのような?」
「マーナル派の者たちが、後宮にスパイを潜り込ませようとしているって。女官の中に、裏切り者がいるかもしれないって」
私は一瞬、視線を鋭くした。
「……それは、初めて聞きました」
「本当かどうかはわからないけど……もしそうなら、カーラも危ないんじゃないかって」
「私は大丈夫です。誰が何を企てようと、姫様をお守りする。それだけです」
姫は私の胸に顔を埋め、小さく頷いた。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
その時、扉が軽くノックされた。
「姫様、カーラでございます。お茶の時間でございます」
私は立ち上がり、いつものようにトレイを手に取る。
今日はアッサムと、シナモンクッキー。
厨房に特別に頼んでおいたものだ。
姫は姿勢を正し、にっこりと笑顔を作った。
「入って、カーラ」
私は部屋に入り、テーブルにティーセットを並べる。
姫はカップを受け取り、香りを楽しむように鼻を近づけた。
「いい香り……カーラが淹れてくれるお茶は、いつも特別な味がするのよね」
「恐縮です」
私は自分の分も注ぎ、姫の向かいに座る。
今日は、姫が「今日はメイドらしく立ってて」と言わなかった。
むしろ、隣に座ることを促された。
「最近、ドレスの新作が届いたのよ。見てくれる?」
姫は立ち上がり、衣装部屋の扉を開けた。
そこには、淡いラベンダー色のドレスが掛けられている。
肩が少し落ちたデザインで、裾に細かな刺繍が施されている。
「夏の終わりに着るつもりだったんだけど、もう秋ね。来年までお預けかしら」
「とてもお似合いになると思います。姫様の金髪に、この色は映えます」
「ふふ、カーラに褒められると嬉しいわ。……ねえ、カーラも着てみない?」
「私はメイド服で十分でございます」
「えー、たまにはいいじゃない。私服のカーラも見てみたい」
姫は悪戯っぽく笑い、私のエプロンのリボンを指でつまんだ。
「それとも、このメイド服のまま、ちょっとだけドレスを重ねてみたりして……」
「姫様、またからかっていらっしゃる」
私は苦笑しながら、姫の手をそっと払う。
姫はくすくすと笑い、ソファに戻った。
お茶を飲みながら、姫は他愛もない話を続けた。
新しい香水のこと、庭の花のこと、来月の舞踏会のドレスコードのこと。
私は相槌を打ちながら、耳を澄ませる。
廊下の気配、窓の外の風の動き、遠くの話し声――すべてに神経を尖らせている。
平和な日常の裏で、闘争は静かに進行している。
マーナル派の陰謀、リーザン帝国の工作、王宮内の裏切り者……。
どれもが、いつ爆発してもおかしくない火種だ。
それでも、私はここにいる。
メイドとして、姫のお茶を淹れ、ドレスの相談に乗り、笑顔で応じる。
そして、護衛として、誰にも気づかれぬまま、目を光らせ続ける。
「カーラ」
姫が突然、私の名前を呼んだ。
「はい」
「もし……もしものことがあったら」
姫の声が、少し震えた。
「私がカーラを守るわ。絶対に」
私は一瞬、言葉を失った。
護衛されるべき姫が、私を守ると言う。
その言葉が、胸の奥に深く刺さる。
「……姫様」
私は立ち上がり、姫の前に跪いた。
「そのようなことは、絶対に起こしません。私が、必ずお守りします」
姫は私の頰に手を置き、優しく微笑んだ。
「うん……信じてる。カーラがいる限り、私は大丈夫」
私は立ち上がり、姫を抱きしめた。
メイド服のフリルが、姫のドレスに触れる。
「どこまでも、お傍に」
姫は私の背中に腕を回し、強く抱き返した。
外では、秋の風が庭の木々を揺らしている。
今日も、私は最強の武装メイドとして、ここにいる。
平和を装いながら、闘争の影を睨み続ける。
それが、私の――生き方なのだ。
(完)




