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第13話 狼③

……来た。


嫌でも分かる。空気が変わった。

さっきまでとは比べ物にならない圧が、一直線にこちらへ向けられている。

対象が——僕に切り替わった。


なら、やることは一つだ。

守る。時間を稼ぐ。


土人形の再召喚が、奴の能力の“再抽選”の契機になっているなら

——まだ、可能性はある。


召喚(サモン)!」


土人形が崩れ、同時に再構築される。だが——その瞬間だった。


「なっ」


動きが、視線が、追えない。


さっきまで“見えていた”はずの動きが、完全に消える。

線ですら捉えられない。

ただ結果だけが残る。


「あ゛」


衝撃。


体が、弾けるように吹き飛ぶ。


視界がぐるりと回転し、次の瞬間には壁に叩きつけられていた。

鈍い破砕音と共に、自分の体が砕けたことを理解する。

関節も、構造も、原形を留めていない。バラバラに砕け飛ぶ。


「あーあーあー…、かわいちょうにねえ」


ぬっと視界を覆う影。

ヴォルフが僕の顔を覗き込み、奴の顔が僕の視界を埋め尽くす。


「スピード×パワーは破壊力!ってなぁ!」


次の瞬間、視界の端に映った自分の足が蹴り飛ばされる。

壁に叩きつけられ、形を保てず砂に崩れる。


「なあ、なんで俺に勝てると思っちゃった?なぁなぁなぁ!?」


顔が鷲掴みにされ、持ち上げられているのだろう。

視界が固定され、逃げ場がない。

奴の目が、歪んだ愉悦で濁っているのがよく見える。


「今謝ったら楽に殺してやってもいいぜぇ?なぁ、命乞いしてみてくれよ。

殺すけど。

頼むよ。聞きてえんだよ。お前の命乞いが。

殺すんだけどサァ!」

「さ…」

「あ?」

召喚(サモン)…」


3体の土人形が現れる。


「アヒャ…アヒャヒャ…フヘヘヘアヘヘヘ、アーーーーッヒャッヒャッヒャ!!」


嗤いながら、ヴォルフが腕を振るう。

一瞬で、裂ける。

何の抵抗もなく。


「満足したか?」

「足りない…」

「あ?」

召喚(サモン)…!」


魔力不足か、朦朧とする意識からか、土人形がうまく作れない。


***


「社長はまだゴーレムとしては駆け出しだから、固有魔法もそんなにかぁ☆」

「固有魔法?」


聞き返すと、彼女は指を立ててくるくる回した。


「その種族なら必ず使える、“標準装備”みたいな魔法っすよ☆ ゴーレムなら――トラップの生成、土人形の生成、あとは土の性質を変える、とかっすかねぇ」

「ああ、コピーとか土人形生成って固有魔法と言うんですね」

「おや、やったことはあるんすね☆」


少しだけ感心したように、リンリンが肩をすくめる。


「トラップ、いいじゃないですか。相手を即死させられる物なんて作れれば最強のダンジョンが完成しますよ」

「草wそんなん作れるわけ無いっしょ!」


即座に否定が飛んできた。


「まぁ、今の社長のレベルだと~……せいぜい浅めの落とし穴とか、滑る床とかっすかね~☆」

「落とし穴を甘く見るなよ。死ねるんだぞ、アレ」

「や、そりゃパンピーの話っしょ~?」


リンリンはけらけら笑う。


「駆け出し冒険者でもフツーに警戒するし、落ちたところで防御魔法の付与された鎧で軽傷ですむし~☆」

「なるほど…」


現実は、甘くない、か。


「ちょちょちょ、イジけないでよぉ~☆

でも、無いでは無いっすよ♡強~い罠を作る方法♡」

「というと…」

「”条件”をつけるんす♡」

「条件?」

「そっす。たとえば――」


わざと間を溜めてから、楽しそうに言う。


「”30秒間攻撃されない”って条件と引き換えに、達成すれば発動する罠が作れたりするんすよ。床全体がローションになる!とか。やん♡エロゴーレム♡」

「なるほど…」

「なるほど!?」


***


リンリンから大枚はたいて手に入れたのは、()()()()の魔石。

本来ならば、大量の魔力を流し込み、大地の神へ長い祈祷を捧げて初めて顕現する代物だ。

通常、戦闘の最中にそんな工程を踏めるはずがない。

冒険者には無用の長物。大規模な戦闘で後方支援が使う兵器。

だからこそ、仕込んだ。


「百の生贄を捧げることで、魔力と祈祷を代替する罠」

——このダンジョンそのものに。


だが、その作戦は今、潰えようとしている。


——

————

——————声?


地鳴りが走る。

遅れて、無数の足音。

まさか——


「突っ込めーーー!!」


怒号と共に雪崩れ込んできたのは、ゴブリンの群れだった。

先頭を走るのは、あのヒゲ爺。


「なん…で」

「ボスを放っておく魔物が、いるわけないじゃろ?」


その言葉は短く、だが迷いがなかった。


「あぁ……………最高だお前ら!!」


ヴォルフが嗤う。心底楽しそうに。

次の瞬間、地獄が始まった。

腕が裂け、腹が引き千切られ、肉が噛み砕かれる。

血と断末魔が飛び散る中で、ヴォルフは笑いながら蹂躙していく。


「同族殺しが出来る機会なんて!次はいつになるかわかんねえんだ!」

「ぬンおおおおおお!!!」


ヒゲ爺が突進する。

だが——


「待っ…!」


その体は、途中で止まった。

胸が、深々と裂かれていた。

勢いのまま数歩進み、力尽きるように崩れ落ちる。


「お笑いだぜ!魔王様にタテついた雑魚ダンジョンが、のうのうと生きていけると思ってたのか?」


踏みつける。

頭を。

容赦なく。


「魔王様からの伝言だぁ——お前らはもう完全に用済みだとよ!ヒャハハハ!」


乾いた破壊音が響く。

その時だった。


――バリバリバリッ!


轟音と共に、ヴォルフの影を何かが打つ。


「キヒッ……見た顔じゃねえか、いつぞやの殺し損ねたガキィ」


そこに立っていたのは、セシリーだった。

震える足で、それでも逃げずに、ヴォルフを睨み据えている。


だが次の瞬間、彼女の体が弾かれるように転がり、

——僕の目の前に投げ出される。


「なぁ、どんな気分だ?」


ヴォルフが笑う。


「全部上手くいかなくてよぉ、気づけば全員敵。残った味方も俺に惨殺……どんな気持ちなんだ?なぁ」

「やめろ…!」

「嫌に決まってんだろバ~~~カ!これが魔王軍の総意だ!後悔しながら仲良く死んどけや!!」

「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」


セシリーの胸をヴォルフの爪が切り裂く。

叫びは、間に合わない。

黒い血が、ただただ溢れる。


それでも彼女は——笑った。


「セシリー、セシリー…!」

「しょちょー……ごめん……いいつけ。守らなくて…戻ってきちゃった」


呼吸が浅い。

視線が、揺れている。


「たのしかった……から」

「だめだ。ヒゲ爺、セシリー、皆…!」

「また…」


セシリーの喉を割く音。


「ハイ、終了~」


軽い声。

あまりにも軽い声。


……終わった。

全部。

何もかも。


何もかも失敗した。

僕の選択は、この世界に来てから、間違い続けてきた。

理屈を並べて、正しさを気取って、結局は何一つ守れない。


その結果がこれだ。


()()()


この世界で結果を残すには、今までの僕を捨てなければ。

優しさも。

躊躇も。

「皆の幸せ」なんて綺麗事も。

圧倒的な暴力の前では、何の意味も持たない。


――今までの“僕”を、捨てる。


ああ……。


こんな形で、条件を満たすつもりはなかった。


「馬鹿が…」

「あ?」

「お前はもう、()の罠に堕ちてるんだよ」


一瞬の沈黙。


「今更何言って…」


その言葉は、途中で途切れた。

ダンジョンの地面が、赤く光り始める。


「百の贄を捧げ」


声が響く。

低く、重く、地の底から這い上がるように。


「怒りと嘆きが、大地の王を呼ぶ」


地面が震える。空気が軋む。


「我ら南の祠の怒りを受けるがいい!」

「——お゛お゛!?」


土が裂ける。

巨大な腕が伸び、ヴォルフの下半身を掴む。


「我が呼びかけに応じよ!大地の王(タイタン)!!」


大地そのものが立ち上がったような、巨大な影。


「擂り潰してやる」


怒りか、無力さか、後悔か、ぐちゃぐちゃに混ざった感情のまま、

タイタンを動かす。


目の前の敵を——ただ、壊すために。


気が付いていた。自分の矛盾に。


雁字搦めに絡まる自分の中の『倫理』という鎖を引きちぎっていく。

『倫理』に従う事の気持ちよさで、『良心』というまやかしで、

自己満足のツケを、皆の命で払わせた。


奴を壁に何度も何度も打ち付け、握り潰すように、締め上げる。


「死ね」


地に打ち付けてヴォルフを終わらせる―—!

地面へと、叩き落とす——

その瞬間。


タイタンの手が、内側から弾け飛んだ。


「止めだ…!加減は…!」


***


想定外だ。

あの土くれ風情が——ここまで食い下がるとはな。


ただの使い捨ての雑魚。

そう見積もっていたはずの相手が、ここまで盤面をひっくり返してくる。


不愉快だ。


手段は選ばない。

固有技能(ユニークスキル)の解放——リミッターを外す。

発動には代償がある。反動もデカい。


だが、そんなもの知ったことか。こちとら、完全にブチ切れてんだよ。


―—チリリリ


鈴の音———!?


「……は?」


一瞬、思考が止まる。


つーことは魔物以外の何か…!

続いて聞こえてきたのは、軽い足音と、無防備な声。


「ねぇ!見たことない魔物がいるよ!」


その一言で、頭が一気に冷える。


冒険者だぁ?

”商会”によればこのダンジョンに冒険者がクエストに来るには、

少なくとも、あと二日は猶予があったはずだ。


「チッ!!」


これ以上の不確定要素は承知できねえ。


「割に合わねえ―—―今日は引く。次は殺す」


***


遠くから冒険者の声。

それと共に気配を消したヴォルフ。


「社長、お疲れさまっす☆」


背後から、聞き慣れた声。

振り返る余力もないまま、かろうじて言葉を絞り出す。


「今から冒険者を殺さなくちゃいけないんだ…仲間だと思われるぞ」

「…随分と()()()()()()になったっすね♡社長♡」


くすり、と笑う気配。

そのまま、何かを頭から被せられる。視界が、暗く落ちる。


「でも、お疲れでしょう。」


やけに優しい声だった。


「今回は特別サービス♡『冒険者の手配』の注文に加えて、『お帰りいただく』ところまでやっときますね♡」


いつも通りの、軽さ。

足に、力が入らない。そのまま、崩れ落ちる。

遠くで、声がする。


「魔物~☆?どこっすか~☆」

「あれ?リンリンさん?なんでいるの!?さっき狼みたいな魔物が!」

「見てないっすよぉ☆」


意識が…遠のいていく…。

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