8. 初心者講習?
周囲の視線が突き刺さる。
足元に落ちた首輪と、視界の隅にポップアップする告知に、私は声にならない叫びをあげた。
「……どうやら、不良品が混ざっていたようだな」
ギルドの職員が、落ちた首輪を拾い上げてアイザックに手渡す。
「勘違いしないで欲しいんだが──」
怯える受講生──特に私──に鋭い眼光を飛ばす。
「──別に、諸君らをどこかへ売り払おうとして、この首輪をつけたわけではない。
私の訓練は、初心者には少々厳しいようでな。
度々、脱走者が出るのだよ」
職員が新しい首輪を手渡すと、アイザックはそれをしげしげと注意深く眺めて──かと思えば、首輪があやしい輝きを湛えた。
『スキル『魔力感知』を獲得しました』
ざわめく受講者たち。
いったい脱走者が出るような初心者講習ってなんなんだ? と口々に相談するのが嫌なほどに鼓膜を刺激する。
「だから、諸君らにつけた首輪はそこまで強力な効果を持っていないんだ。
せいぜい、命令に違反すれば軽い雷撃を受ける程度でな。
だから安心して、君もこの首輪をつけて欲しい」
ニコリ、と笑みを浮かべて、彼から受け取った首輪を差し出してくる職員さん。
(え、笑顔が怖い……ッ!!)
しかし臆病な私には抵抗する手段もない。
されるがままに首輪がつけられ──しかしまたもや、それは重い音を立てて地面に落下した。
『スキル〈隷属耐性〉により、呪詛スキル〈隷属の首輪〉の妨害に成功しました』
『スキル〈隷属耐性〉がレベル2に上がりました』
『呪詛スキル〈隷属の首輪〉の解析に成功しました』
『スキル〈呪詛〉、および関連アーツ〈隷属の首輪〉〈契約の呪詛〉〈制限の呪詛〉を獲得しました』
(な、なんかまた変なの増えたんだけど!?)
はたして、こんなにポンポンスキルをもらえていいのだろうか?
この世界が仮に、本当にゲームの世界だったとしたならバランスブレイカーもいいところだよ、いや本当に……!
周囲の視線が再び集中する。
アイザックは外れた首輪をしばらく見つめると、にやりと口の端を持ち上げた。
「なるほど、不良品だったわけではなかったか。
たまにいるのだよ、生まれつき呪詛に耐性のある人間がね。
いやしかし、困ったな。これでは訓練にならない……」
考え込むアイザック。
そこで私はふと、嫌な予感を覚えた。
もしかして、このままだと試験を受講できないからと冒険者の身分を取り上げられてしまうのではないか。
そうなっては稼ぎ口が危うくなる。
何より異世界の醍醐味の9割を失ってしまうことになってしまう。
それだけは阻止しなければ!
私はステータスウィンドウを開いて、〈隷属耐性〉をイナクティベートしようとした──その時だった。
職員の一人が挙手して、次のような提案を出した。
「ならば、彼女だけもう少し強めの呪具を使えばよろしいのでは?」
「む、それだと違反した時の衝撃がかなり強くなってしまうが、耐えられるか?」
「冒険者を続けるうえでは、どうせもっと強い痛みに耐えなければならないのです。少し早めに経験できるなら、それに越したことは無いかと」
「それも一理あるか」
……あれ?
今なんか不穏なこと言わなかった?
おどおどしていると、アイザックは再び首輪に呪詛を込めて私の首に装着した。
「今度は中級呪詛に等しい力を込めた。
そこらの兵士でも簡単に屈服させられる首輪だ」
にやりと笑みを籠め、起動される──が。
『スキル〈呪詛耐性〉がレベル2に上がりました』
『スキル〈隷属耐性〉がレベル3に上がりました』
『スキル〈隷属耐性〉により、呪詛スキル〈隷属の首輪〉の妨害に成功しました』
『呪詛スキル関連アーツ〈洗脳〉〈幻惑〉〈認識阻害〉を獲得しました』
やはり、首輪は地面に落下してしまった。
「おもしろい……!
ならば今度は上級呪詛に匹敵する首輪で……!」
『スキル〈呪詛耐性〉がレベル3に上がりました』
『スキル〈隷属耐性〉がレベル4に上がりました』
『スキル〈隷属耐性〉により、呪詛スキル〈隷属の首輪〉の妨害に成功しました』
『呪詛スキル関連アーツ〈夢の檻〉〈金縛り〉〈蝕む痣〉を獲得しました』
「これもダメか!
ハハハ、規格外だな! ならば私の本気の呪詛を込めてやろう!」
『スキル〈呪詛耐性〉がレベル4に上がりました』
『スキル〈隷属耐性〉がレベル5に上がりました』
『スキル〈隷属耐性〉が〈隷属無効〉に進化しました』
『スキル〈隷属無効〉により、呪詛スキル〈隷属の首輪〉の妨害に成功しました』
『呪詛スキル関連アーツ〈服従の呪詛〉を獲得しました』
『称号〈何にも束縛されない〉を獲得しました』
「馬鹿な!?
そんなことがありうるのか!?
レッサーとはいえ、ワイバーンでさえ従えられるほどの呪詛だぞ!?
貴様はいったい何者なんだ!?」
「な、何者と言われましても……」
外れた首輪を持ってクワッ! と詰め寄るアイザックに、私は目を右往左往させる。
周囲のざわめきに、私の頭は高速で次の一手を考える。
しかし最適な答えなど見つからず、私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
『スキル〈高速思考〉を獲得しました』
「……まあ良い。
言いたくないこともあるだろう。
冒険者というものは、皆何か心のうちに事情を抱えているものだからな」
心なしか、悔しそうな顔でため息を吐くアイザック。
「しかし、こうなっては首輪で縛ることなどできん。
特例として貴様には、首輪なしで受講してもらうことにしよう。
……首輪があった方が、まだマシだったのにな、可哀そうに」
あの、アイザックさん?
最後何か不穏なこと言いませんでしたか?
しかしそんなことを口にできる余裕など私にはなく、彼はとぼとぼと受講生たちの正面に戻っていった。
「それでは、これから初心者講習会を始めよう」
アイザックがこちらに向き直り、宣言する。
「とはいえ、座学や持久走筋トレ素振りなどといったことでは諸君らもつまらなかろう。
そこで私は昨日近くの森であるものを捕まえてきた。
諸君らには協力して、こいつを討伐してもらう」
彼が懐から取り出したのは、一つの大きな水晶だった。
野球ボールくらいの、粗削りな水晶玉。
その内側には何か魔力らしきものがどくどくと脈打っている。
「おい、嘘だろ」
「あんなでかい魔石って……」
「下手したらDクラスはあるんじゃねぇか?」
「馬鹿言え、Dつったら単体で村を滅ぼせるレベルじゃねぇか!」
「だよな、さすがにそんな危険な奴を、たかが初心者講習で使うはずが……」
ざわめく受講生たち。
どうやら彼らはその正体を知っているらしい。
逃げられるものなら今すぐ逃げ出したい。
そんな受講生たちの感情が手に取るように伝わってくる中、アイザックは魔石に魔力を籠める。
怪しい輝きが魔石の中に湛え、内側の脈拍が力強く空気を叩く。
「いでよ、オーガ!」
その脈動が臨界に達しようとした時だった。
彼はそれを、あろうことか受講生たちの上空に投げて──魔石が中空で光を発し、膨大な魔力の奔流とともに、その光は1体の巨大な鬼の姿へと成長した。
建物の3階分くらいはあろうかという、白い体毛に覆われた巨躯。
むき出しの黒い皮膚は筋肉の鎧で盛り上がり、まるで牛か山羊の角が生えた巨大なゴリラのようである。
「わあああああ!?」
「きゃああああ!?」
受講生が悲鳴を上げて散っていく。
──が、アイザックはそれを許さなかった。
「“逃げるな!!”」
直後、受講生たちの首輪から鋭い電撃が走り、何人かの受講生が倒れた。
「何を──!?」
オーガから怯えて逃げようとしていた受講生の一人──あの金髪の子のメイドが、怒ってアイザックを睨みつけた。
「言ったはずだ。
逃げることは許さん」
「っく……!」
メイドが庇うように金髪の子とオーガの間に割って入り、剣を抜く。
「お嬢様、下がっていてください。
ここは私たちが──!」
「そうです、生来商会を背負って立つお方を、こんなところで死なせるわけには──!」
「──黙りなさい」
しかし、そんな彼女たちを金髪の少女は、ゆっくりと立ち上がりながらぴしゃりと跳ね除けた。
「私はジュン!
アラストール商会会頭の一人娘にして、いずれはパパの仕入れた最強の装備でSランク冒険者になる女よ!
たかが初心者講習──こんなところで守られていては、アラストール家の名折れだわ!」
腰の剣を抜き、その切っ先を低く唸るオーガの喉元に突き付ける。
私はその鋭い眼光に、これまでビビっていた自分が少し恥ずかしくなった。
そうだ。
この異世界で生きていくならどちらにせよ魔物とは戦わなくちゃいけないんだ。
こんなところでぐずついていたら、いつまでたっても変わらない──!
「お嬢様!」
「さすがお嬢様でございます!」
口々に金髪の少女──ジュンを湛えるメイドたち。
私はそんな彼女たちの前に出ると、自分も腰のショートソードを抜いた。
別に、彼女の隣で戦えるだなんて傲慢なことは考えていない。
ただ、少しでも力になれたならと、そう思っただけ。
(剣なんて握ったことないけど、多分何とかなる……よね)
グリップを握り締め、剣道の構えで切っ先を向ける。
「ふん、なかなか骨のあるやつもいるみたいだな」
ぞろぞろと、背後で受講生たちが武器を構える気配がする。
どうやら彼らも彼女に当てられてやる気を出したようだ。
アイザックはにやりと笑みを浮かべると小さく一言、オーガに命令を下した。
「“やれ”」
「グォォオオオオオオオオオ!!!!!!」
「「おおぉぉおおおおおおお!!!!!!」」
咆哮を上げるオーガに、対抗するように受講生たちが雄たけびを上げる。
こうして、初心者講習は幕を開けた。
『スキル〈恐怖耐性〉を獲得しました』




