5. お助け?
足早にギルドを離れた私は、しばらく路地裏の階段に座ってどうするかを考えていた。
頭から被った血が、生臭い臭いを鼻に掠める。
表通りをいく人たちがたまにこちらへ視線を向けては、妙な表情で立ち去っていった。
私だって、好きでこんな格好をしているわけじゃない。
せめて、お風呂の場所がわかればいいのに。
せめて、人に場所をかける勇気があればいいのに。
「何か方法はないかな……」
ステータスを開いて、使えそうなスキルがないか調べてみるが、マップを開く、なんてスキルは持っていない。
これがゲームなら、マップ画面を呼び出すことができたんだけど……。
なんて、そこまで考えて、私はハッと顔を持ち上げた。
『ステータス』という合言葉でステータス画面を開けたのなら、別の合言葉でマップ画面やアイテム画面を呼び出せるのでは?
「……マップ」
試しに、小さく呟いてみる。
するとどうだろう。
私の予想は正しかったようで、目の前に半透明の地図が展開されたではないか。
「……はは、なんかゲームみたい」
スキルといいウィンドウといい。
なんで私にこんなものが開けるんだろうなぁ。
掠れた笑い声を漏らしながら、マップを操作する。
笑い声が掠れているのは、今まで一滴も水を口に含んでいないからだ。
ここにきて、あのうさぎの群れに追いかけられたのが効いてきたか。
コーラを呷りたいのは山々だが、ビニール袋の中でこうもパンパンに膨れ上がっているのを見ると開ける勇気が出ない。
「ストレージに何か入ってないかな……」
試しに開いてみると、中に入っていたのは着替えが一式とショートソードのみだった。
こうなると、魔法でも試してみるくらいしかなくなる。
(MPは10しかないし、一口飲む分の水でどれくらい魔力を使うかわからないからなぁ……)
使い切って気絶とかしたらまずい。
私は脱水症状と熱中症でガンガンしてきた頭を無理やり働かせながらマップをスクロールして──ここから近いところに銭湯を見つけた。
(あった……!)
銭湯になら、何か飲み物が売ってるはず……!
私は最後の気力を振り絞って階段から立ちあがろうとして──ふらっ、と視界が揺れるのを感じた。
(あ、倒れる──)
〈転倒耐性〉のスキルが自動的にバランスを取ろうとタタラを踏む。しかしその動きのせいで、私は階段に踵を引っ掛け、後ろに倒れ──ると覚悟を決めた時だった。
「お姉さん、大丈夫?」
「ふぇ?」
なにか、モフッとした感触と共に、私の体が何者かに受け止められたのである。
驚いて振り返ってみると、どうやら1人の獣人の少年が心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
黒髪の、犬……いや猫? 狐? わかんないな。
三角の大きな垂れ耳に、毛量の多いもふもふしたしっぽ。
肩口までの柔らかな頭髪に、真っ黒で優しそうな垂れ目。
「わ、すごい熱だね。
待ってて、僕のお水分けてあげるから」
少年は肩から下げた大きな鞄から水袋を引っ張り出すと、私の口に当てがった。
わずかな獣臭の中に、甘いフルーティな香りが紛れている。
「んく……んく……んく……っぷは!」
「よくできました」
遠慮もなくごくごくと飲んでしまった。
少し恥じらいが足りなかったか。
こんな子供に助けられてしまうなんて。
と、思っていると、しかし一方で少年の方は慈愛に満ちた笑みで私の頭を撫でた。
……なんだろう、この子。
バブみがすごいんですけど……。
与えられたのが水袋じゃなくて哺乳瓶だったらやばかった。
『スキル〈脱水症耐性〉を獲得しました』
『スキル〈熱中症耐性〉を獲得しました』
視界の左下の隅にログが流れ、少しだけ体調が良くなる。
うぅん、もっと早くこのスキル欲しかったけど、なかったからこのバブみにありつけたわけだからなぁ……。
頭の中で天使と悪魔が言い争いするのを一旦脇に置き、私は少年から離れて頭を下げた。
「あ、ありがとう。その、すごくた、助かりました……。
あ、あの、これいくら包めばいいですかね?
お金あんまり持ってないですけど、その、お、おおお礼とか……っ!」
現代日本じゃこんなプレイ、頼んだってできるものではない。
私は今、きっと世界中のお姉様方から羨望の眼差しで睨まれているだろう。
そう思うと、助けてくれた以上にお礼をしなければ、こちら側の精神衛生上少し危うい気がしてならなかった。
「大丈夫ですよ。
ただの人助けですし、それに──」
「──おい、こんなとこで何してんだリュー?」
不意に、リューと呼ばれた少年の背後から、1人の少年が姿を現した。
赤茶色の髪に、緑の瞳。
細くて長い耳。
半袖の、どこかエキゾチックなデザインのシャツを身につけていて、腰には細長いワンドが差さっていた。
「カシュー!
今、ちょっとお姉さんを介抱してて──」
「お前はまた首を突っ込んだのか……。
困ってる奴を見捨てられないのは勇者のサガだってのはわかるが、少しは自重しろ。
そんなんだからつけ込まれるんだぞ?」
「えへへ、ごめんって。
でも見捨てられないよ。目の前に助けられる命があるのに……」
ふと、聞き捨てならない単語が鼓膜を掠めた。
(勇者……?)
「でももへちまもあるか!
まったく、礼金もらったらとっととずらかるぞ」
言って、カシューと呼ばれた赤髪のエルフがツカツカとこちらに歩み寄った。
「いくら出せる?」
「え、あ、えっと今あんまり手持ちがなくて、銀貨一枚なら……」
「上等だ」
ストレージから引っ張り出したお金を、さっとひったくるカシュー。
「んじゃ、気ぃつけなよおばさん。
そんなナリでも一応女なんだから、こんなとこで倒れたらマジヤバいから」
「おば……!?」
初めて言われた単語に、私は驚きのあまり固まってしまった。
しかしカシューの方はというとそんなことに対していちいち気にする様子もなく、キツイ口調のまま続けた。
『スキル〈精神攻撃耐性〉を獲得しました』
「──あと、この水袋はやるよ。
女が口つけたものなんてこいつに飲ませたくねぇ」
リューが持っていた水袋を引っ掴んでこちらへと投げ渡す。
両手にたぷん、とそれなりの水が入っているらしい重さを感じて、私は彼が相当嫌がっているらしいことを察した。
顔を見てもわかる。
どうやら、本気でそう思っているらしい。
リューの肩に手を回し、路地の奥へと歩いていくのを眺めながら、私はショックでしばらく動けなかった。
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