2. うさぎ?
森を歩き始めて、どれくらい経っただろうか。
最初のうちは「異世界だ!」なんて浮かれていた私も、30分も歩けば現実に引き戻される。
暑い。
虫が多い。
そして何より、道がない。
「……これ、遭難って言うんじゃ……?」
独り言を呟きながら、私は周囲を見回す。
どこもかしこも木、木、木。
人の手が入った形跡はなく、もちろん街道らしきものも見当たらない。
もしマップ画面なんて見れたら、こんな森どうにでもなったのに──なんて考えていた時だった。
薮の奥で何かが動いて、私は思わず視線を向けた。
『スキル〈気配察知〉を獲得しました』
「……ん?」
白い影が、ぴょこんと跳ねる。
それは一見すると、うさぎのように見えた。
ただし普通のうさぎとは決定的に違う点がある。
額に、一本の角が生えているのだ。
螺旋状に渦巻く白くて細長い、鋭利な角。
その赤い瞳には殺意がこもっていて、まるで私のことを肉としか見ていないようだった。
「……い、1匹くらいなら私でも倒せるかな」
アルミラージといえば、ラノベではかなり序盤のモンスター。
子供でも倒せるという設定が多いし、チュートリアルの相手としては十分だろう。
そう思い、ファイティングポーズをとった次の瞬間だった。
もう一匹。
さらにもう一匹。
薮の奥から、次々と同じ生き物が姿を現す。
「うぇ!? 待って待って、何匹いるの?
え、えっと、ひーふーみーよー──」
数えてみる。
1匹。
2匹。
3匹。
──10匹。
「流石にそれは多すぎるよ!?」
そんな私の意見など知ったことか。
アルミラージは一斉にこちらに角を向けると、その両足に力を込めてこちらへ向かって突っ込んできた。
「うわああああああ!?」
『スキル〈咆哮〉を獲得しました』
慌ててその場を飛び退いて、一目散に駆け出す。
『スキル〈疾走〉を獲得しました』
「助かる!」
森を走りながらステータスを開き、スキルをアクティベートさせる。
すると、体がなんだかふわりと軽くなって、少し足が速くなった気がした──が、そんなものは誤差である。
視界の隅に小さくポップアップするログ通知を手動で削除しながら、地面から飛び出した根っこに足を引っ掛けないように森を駆け抜け、倒木を飛び越えて行く。
『スキル〈パルクール〉を獲得しました』
さらに体が軽くなる。
障害物をどのように避け、どのように体を動かせばいいかが直感でわかる──が、体がついてくるかは別の問題だった。
(スタミナが──ッ!)
背後から追いかけてくる、ドドドド、といううさぎにしては可愛らしくない足音が迫ってくる。
「増えてる!?」
気になって振り返ってみると、そこにはさっきの倍近くに膨れ上がったアルミラージの群が、殺意剥き出しで駆け抜けてきていた。
「なんで!? なんでそんなに群れてるの!?」
私の知ってるアルミラージはもっとこう、単体で出てくる序盤モンスターだったはずだ。
こんな集団でハンティングしてくるなんて聞いてない。
その時だった。
「痛っっっっっったぁ!?」
背後から飛びかかってきた一匹が、私の脚に角を突き立てたのである。
鋭い痛みが走り、思わずバランスを崩しかける。
『スキル〈痛覚耐性〉を獲得しました』
『スキル〈負傷耐性〉を獲得しました』
『スキル〈転倒耐性〉を獲得しました』
(掠っただけ、掠っただけ……ッ!)
太い木の根を飛び越え、歯を食いしばって足を前に出す。
そうやって無我夢中で走っていると、次第に木々はまばらになり、遠く、平原の向こうに人工物が姿を現した。
低い木の柵と、物見櫓らしきものが構えられた、簡素な門。
そこに、鎧を身につけた二人の衛兵らしき人影を確認して、私は思わず涙がこぼれるのを堪えきれなかった。
「ま、街だぁぁぁぁ!」
私は叫びながら、全力でその方向へ走った。
「た、助けてください!!」
門の前に立っていた二人の男が、こちらを見る。
「なんだ!?」
「おい後ろ!」
衛兵の一人が槍を構える。
同時に、私のすぐ後ろまで迫っていたアルミラージが跳びかかった。
「ヒェッ!?」
反射的にしゃがむ。
次の瞬間、白い塊が頭の上を飛び越えていって──その魔物は空中で真っ二つに切り裂かれた。
ビチャッ! と血飛沫が降りかかる。
「アルミラージの群れか。森の外まで出てくるとは珍しいな」
先頭の1匹が狩られたことに驚いたのか、残りが散り散りになって逃げて行く。
私はその様子に安堵すると、そのまま地面にへたり込んでしまった。
「だ、だずがっだぁ……」
心臓がバクバクと鳴り響く。
こんなに長い間走り続けたのは、高校の持久走以来だ……。
『称号〈臆病者〉を獲得しました』
私は、視界左下の隅にポップアップされた表示にぐぬぬと唸ると、やがて力尽きたように倒れ伏した。
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